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変わっていく未来と、過去を繋いで

「EC事業部への異動……ですか」

「大森くんが奥さんが大変みたいで、早期退職希望届けを出したんだ」


 突然人事部長に呼び出されたので、なんだろうと思ったが……これは仕方がない。

 奥さまがかなり大変そうだとは聞いていたけどケアに集中すると決めたんだろう。

 人事部長は、


「そうなるとEC事業部が完全に孤立してしまうんだ」


 うちは基本的に店舗からはじまった会社で、ネットの店舗はあとから始まった。

 「今さら自社サイトなんて……」という空気の中、大森部長が先頭に立って進めてきた。

 だから大森部長が早期退職となると、EC事業部はかなり孤立した部署になってしまう。

 営業からも数人がEC事業部に行っていて、俺も顔を出している。

 だから適任なのは間違いない。

 人事部長は、


「待遇はEC事業部の課長になる。給料もこうなるが……どうだろう」


 提示された金額は役職手当が付き、今よりかなり高くなっていた。

 人事部長はそれを見せながら、


「大森くんの推薦なんだけど、どうだろう。前にECサイトだけで取り扱える商品の企画出してただろ」

「そうですね、やると良いと思います」

「だったら検討してもらえるかな」

「わかりました」


 俺は頷いて人事部長の部屋を出た。

 大森部長が退職すると、自動的に佐藤課長が部長になる。

 でも佐藤課長はEC事業部と一度問題をおこしてる。

 そこで俺をEC事業部に異動させて、その他営業との箸繋ぎを……という考えだと思う。

 なによりEC事業部に異動すると、遠方の店舗へ行く必要がなくなる。

 正直家族や海野との時間をもっと取りたいと思っている俺には良い提案に見える。

 何か面倒があって押しつけるつもりじゃないだろうな……と俺は今EC事業部にいる元営業の久賀に電話をかけた。

 久賀は「来いよ、ていうか大森さんがいなくなったら、マジでやべぇって」と半泣きだった。

 うちのEC事業部は若い社員が多く活気があり、良い部署だと聞いている。

 佐藤課長が部長になるなら、石津が課長になる。

 俺がEC事業部の課長になるなら、店舗の要望を聞きつつ、新しいECサイトを作っていける気がする。





「12月からEC事業部に異動ですか? えっ、急すぎる」

「まだオフレコだが、受けようと思ってる」


 新宿で待ち合わせて一緒に帰ることにした電車の中、俺は異動の話をすることにした。

 菜穂は唇に手を添えて、


「え……もう新宿を出てますがちょっと仕事モードになりますね。大森部長の事情なら仕方ない……佐藤さんが部長……トラブルの匂いしかしない……確かに広瀬さんが行ったほうが良いですね。久賀さんがもういらっしゃいますよね。結構苦労してるって聞きました」

「泣き言言ってた。商品のラインナップの決定権持ってる人間が複数いて、それを大森さんが一本化するために動いてたみたいだけど」

「なるほど。それは広瀬さんが出来ますね」

「そうだな。元営業が多いし、サイト運営関係もそれなりに分かる」

「適任じゃないですか。でも……新宿過ぎてますし、ただの菜穂になりますね。ちょっと淋しいです。振り向いたら広瀬さんがいなくなる……あの席に広瀬さんがいなくなるのは……ちょっとかなり淋しいですね……」


 そして「うーん……なるほど-」と言いながら俺の手を握った。

 俺は菜穂の手を握り返しながら、


「俺も淋しいけど、遠方店舗にいく必要がなくなるのはありがたいと思う」

「そうですね、それは楽になりますね。でも広瀬さんがいると安心感が桁違いなだけに……ううー……こっちも打撃がデカいです……」


 菜穂は電車の中で「えーやだー」「でも適任ですね」「奥さま大変ですもんね……そっか」「えー困る-」「適任ですね」をループしていて面白い。

 俺は手を握り、


「フロアは一階下になるだけだし、通勤も一緒にできる」

「分かってます。でも振り向いたら広瀬さんがいるのが好きなんです」

「俺が持ってる店舗の引き継ぎもあるから、頻繁に顔を出す」

「そうだ、広瀬さんが持ってるの面倒な所ばかり。えーやだー。……昇進おめでとうございますー」

「あははは」


 俺は菜穂が可愛くて笑ってしまう。

 給料もかなり上がるし、結婚したい俺には良い追い風に感じる。




「とーるくんと、菜穂ちゃんが、いっしょにきたーーーー!」


 こども園に迎えにいくと、リュウが走って出て来た。

 ふたりでお迎えに来るのは月に一度程度しかないので、ふたりは嬉しくて仕方がないようだ。

 後ろから仁菜ちゃんも出てきて、


「ママと透くんが、いっしょにきたーーーー!」

「うおおおおーーー!!」


 ふたりはすぐに靴を履いて先生たちに挨拶もそこそこにこども園から飛び出して行くので菜穂と止める。


「あぶない!!」


 俺と菜穂の声が全く同じタイミングで笑ってしまう。

 こども園の前はそれなりに車も自転車も通るので、この速度で走られると厳しい。

 俺と菜穂はふたりをそれぞれの自転車にねじこんだ。

 リュウは自転車に乗りながら、


「ふたりで来たってことは、すべり台公園に行けるってことだよね?」

「いや、そんなつもりは全くないが」


 横で菜穂の自転車に乗り込もうとしていた仁菜ちゃんは、


「嘘つきいいいいい!!」

「そんな約束してないし! 帰る! まだ水曜日だし体力温存しないと」

「ちょっとだけ、ちょっと滑り台すべるだけ、二回だけ」

「絶対二回じゃ終わらないーーー!!」


 菜穂は叫んだけど、ふたりは「絶対二回」と叫び続けて、自転車に乗せても座らない。

 ふたりして後部座席でエビのように体を反らして立っている。あまりの煩さに俺たちは折れて「じゃあ30分だけ」と時間で区切っていくことにした。

 朝から仕事に行って帰ってきたら公園、しかもこれから家事がある。正直一日が長すぎる。

 到着した大きな滑り台がある公園で、菜穂は俺のほうにしょんぼりとした顔で来て、


「……一緒に迎えにくるの好きなのにダメみたいです。少しずらすようにしましょう。こんなの無理です」


 俺はそのしょんぼりとした表情が可愛くて、


「そうだな。でも一緒の電車で帰るのはしたいな」

「! そうですね。話せて嬉しいです」


 と笑った。

 俺は菜穂と付き合うにあたり、少し本を読んだ。

 仁菜ちゃんは正式に菜穂の子になり、世間でいうところの『子連れ』で恋と結婚をすることになる。

 その場合、こどもの前ではあまりイチャイチャしないほうが良い……とあった。

 こどもは敏感で、親が自分のほうを向かなくなるのが悲しいから……と。

 でも仁菜ちゃん曰く「今、菜穂ちゃんと透くんは好きをためていて、たまったらパパに変身する」と思っているようで、俺と菜穂が仲良くしているのを見るのが嬉しいようだ。

 一般論に振り回されず、俺たちだけの距離感で好きを貯めたいと思う。


「ねえ、透くん! 一緒にながーーーーい滑り台しよ!」


 仁菜ちゃんが俺を誘いにきた。

 菜穂を見ると、菜穂は静かに首をふった。

 どうやらこの公園は、とにかく長い滑り台が特徴なんだけど、長い滑り台があるということは、長い坂道を登るということだ。

 この前の運動会で少し動いた程度で筋肉痛になったし……俺は決心して階段を登る。

 登り始めると……、


「……キツいな」

「透くん、運動がんばるんでしょ!」


 仁菜ちゃんは俺に向かって親指を立てた。

 この前の運動会で、たかが40m両足ジャンプしただけで俺の身体はボロボロになった。

 さすがに情けなくてあれから一週間は歩くことを意識したが、もう何もしていない。

 そうだ、こういう時に一緒に動くべきだと仁菜ちゃんと一緒に階段を上る。

 仁菜ちゃんは歩きながら、


「ねえ、透くんはいつ菜穂ちゃんを好きになったの? だって同じ会社なんでしょ?」


 仁菜ちゃんはニコニコしながら俺に聞いた。

 さすが女の子、こういう話が好きなのかと思いながら言葉を選ぶ。


「菜穂に秘密にできる?」

「仁菜ちゃん秘密得意だよ!!」


 ……本当だろうかと思いながら、別に知られても良いと話し始める。


「会社の人たちと旅行に行って。その時に菜穂がみんなの分の茶碗買っててね。仁菜ちゃんを産んでくれたママのも買ってた」

「あ~、あれだ。仏だんにあるやつだ。そう、ママは仏だんに色々買うの。そっかあ、すてきって思っちゃったの?」

「そうだな。俺はあまりそういう風に考えられないから」

「じゃあ次お出かけしたら、仁菜は透くんにもお土産買ってくるね。前に高尾山でどんぐりのキーフォルダー作ったんだけど、こんど透くんにも作ってあげる。あ、一緒に行けばいいかあ。あそこのソフトクリーム美味しかったから。ソフトクリーム」


 仁菜ちゃんは最後には「ソフトクリームが食べたいな」しか言わなくなったのが面白すぎる。

 でもお土産を俺の分も……と言ってくれるだけで嬉しかったりする。

 頭がクラクラするほど階段を上って、頂上にたどり着いた。息が苦しい、体が重たい、もう二度とやりたくない。

 仁菜ちゃんはお尻にゴムのシートを敷いて、


「いっくぞーーー!」


 と滑り降りて行った。

 菜穂に聞いていたが、このシートを敷かないと「お尻が激痛」らしいので、俺も敷いて滑るが……あっという間にシートだけ先に行ってしまった。

 そしてローラーにお尻のマッサージをされながらゴールにたどり着いた。痛すぎる。

 それを見ていた菜穂が爆笑しながら近づいて来て、


「大丈夫ですか、透さん」

 仁菜ちゃんはゴムのシートを俺の所に持って来て、

「まーた置いてけぼりにされてるじゃん~~」

 と言った。

 予想以上に高い場所にあるし、ゴムのシートのコントロールが難しすぎる。

 それにスーツで滑るものでは絶対にない。

 菜穂は俺のスーツが破れてないか心配してお尻を確認してくれる。

 それを見ていた仁菜ちゃんが、


「ねえねえ、透くん、すーーーーーっごく前から菜穂ちゃんのこと好きだったんだって」

 菜穂は驚いて俺を見る。

「えっ」

 俺はあまりの速度のばらしに驚いて、

「……仁菜ちゃん?」

 仁菜ちゃんは、

「ロマンチック~~~~!!」


 そう言ってリュウと一緒に再び階段を上っていった。

 俺のお尻を確認していた菜穂は、俺のほうを見て、


「……それは……どういう……」


 秘密もなんもあったもんじゃない。

 俺は社員旅行の時の話をした。菜穂は俺の横で「そんなの覚えてたんですか」と恥ずかしそうに俯いた。

 俺は菜穂の隣に立ち、


「愛が深くていいな……って思ったんだ」

 菜穂は俺の方を見て、

「今なら透さんの分も買います。でもおじいちゃんのも、リュウくんのも彩音さんのも買っちゃうかも」


 と微笑んだ。

 あのお茶碗の仲間に入れてもらえたのが、とても嬉しい。

 しかし仁菜ちゃんに秘密は存在しない。それは学んだ。

 


ここから火、木、土曜日の週三回更新にします。

よろしくお願いします。

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 子供の内緒はねぇ…(^^;)
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