一緒にごろんして、午後
「じゃあ仁菜行こっか」
「うおお、さくら組がんばるぞー!」
「おーー!」
今日は仁菜が通うこども園の運動会だ。
私は運動会に来る自転車の誘導係なので、仁菜と一緒に朝早くからこども園に行く。
こども園にはたくさん係の仕事があるけど、私は当日お手伝いすればよい係を何個か引き受けている。
子どもたちの体力が持たないので、午前中だけで終わって自宅でご飯の気楽さが嬉しい。
自転車に乗ってこども園に到着すると、もうたくさんの人が並んでいるのが見えた。
「わあ、今年もすごい」
こども園の運動会を良い席でみるために、みんなが早い時間から並ぶ。
ご近所に迷惑なので……と少し離れた場所に列を形成してるけど毎年すごい。
仁菜と横を歩いて行くと、前から8番目におばあちゃんが居た。
私はおばあちゃんに駆け寄る。
「おばあちゃん! すごい」
おばあちゃんは首を振り、
「おはよう菜穂ちゃん。あかん、去年は2番目やったのに、今年は激戦やった。今年が最後なのに……ばあちゃん悔しいわ」
「ううん。皆さんがすごすぎるんだよ。おばあちゃん飲み物とか大丈夫? 疲れてない?」
「椅子あるし大丈夫。仁菜ちゃん頑張ってね」
そう言っておばあちゃんは笑顔を見せた。
おばあちゃんはずっと「どうせ早くから起きてる」と言って家族のための場所取りをしてくれてる。
他に並んでいるのもご高齢の方が多い。みなさん気合いがすごい!
私は仁菜を連れてこども園に入り、係の人たちが集まる体育館に向かった。
そして腕章を受け取り、外の自転車誘導に向かう。
とにかく自転車の量がすごいことになるので、いつもは駐車場の所を自転車置き場にして対応する。
来た自転車を奥に誘導して……と作業をしていたら、
「菜穂」
「透さん。おはようございます」
そこに透さんが来た。
Tシャツにパンツ、それに野球帽を被っている。
完全にオフっぽくってカッコイイ。自転車の後座席からリュウくんが飛び降りて、
「菜穂ちゃんおはよう! 今日はひまわり組が勝たせてもらいます!!」
「仁菜は絶対さくら組が勝つって言ってたよー! リレーのアンカー頑張って!」
「絶対勝つーー!」
そう言ってリュウくんは走り出した。
透さんと話したいけど、走り出したリュウくんは暴走機関車だ。
透さんは私に手を振ってリュウくんを追っかけて走って行った。
「それでは双葉こども園、運動会をはじめますーー!」
気持ち良く晴れ渡った青空の下、園長先生が挨拶をして運動会が始まった。
私は係の仕事を終えて、おばあちゃんが取ってくれたシートに来た。
事前に自分の子がどこで踊るのか、どこでゴールするか……は細かく書かれたものがこども園から渡される。
それを見て保護者は位置を決めてシートをひくのだ。
ここは目の前で仁菜がダンスするし、リレーでリュウくんが走る所なので完璧だ。
私はおばあちゃんの手を握って、
「さすがだね!」
「なんとかなったわ。ダンスもリレーも楽しみやね。スマホも新しくしたからね、容量も完璧や」
と最新型のスマホを撫でた。おばあちゃんはずっと「電話を持ち歩く? 必要ないわ」と言っていたけど仁菜が生まれてスマホで撮影する楽しさを知り、今では家族で一番良い機種を持っていて少し面白い。どうやらデイサービスで一番盛り上がるのは「高画質のひ孫の動画」らしい。なるほど。
同じシートの上にはお母さんとお父さん、そして広瀬さんのおじいさんと彩音さん、透さんもいる。
透さんはおばあちゃんのスマホを見て、
「すごいですね、先週出た最新機種だ」
「予約して渋谷まで買いに行ったんよ。遺産残しても最高画質のひ孫は残らんからね。あははは!」
「やっぱり良いですか? 俺もリュウや仁菜ちゃんを良い画質で撮りたくて」
「見てみい、ズームが違うよ、ズームが」
おばあちゃんは最新機種でグラウンドをズームで撮影した。
スマホ用の三脚を持ってきているおばあちゃんは、その場でかなり遠くにいる子どもたちを大きく写した。
透さんは「やばい、これはほしくなる」とその画面を見て言った。
去年は居なかった透さんが私の横にいて、こんなふうにおばあちゃんと話している現実が嬉しくて幸せ。
おばあちゃんがスマホを撮影モードにして、
「ほれ、赤ちゃんのはいはい祭りが始まったよ!」
と撮影を始めた。
今始まったのは0才児の「はいはい競争」だ。
グラウンドの真ん中にマットが引かれて、そこを赤ちゃんがはいはいする競争なんだけど、9割の子が泣いて終わってしまって可愛すぎる。
透さんは、
「突然グラウンドの真ん中に置かれたら俺も泣く」
と真顔で言っていて彩音さんと笑ってしまった。なんで赤ちゃん視点?
1才児、2才児と発表があり、年長さんのリレーの時間になった。
「きたぞおおお!!」
腰がまだ辛くてシートに座るのが辛いおじいさんは、横に椅子を置いてそこに座って見ていた。
でもリレーが始まるとなると、手を叩いて興奮して声を上げた。
リュウくんは毎日走り回っているのが良いのか、こども園で一番足が速く、サッカーチームに誘われるほどの運動神経の良さだ。
私の横でお母さんが、大きなため息をついて、
「仁菜大丈夫かなあ」
「ね、怖いね。でも仁菜は自信満々だったよ」
「え~? なんでそんなに自信があるの~?」
お母さんは悲鳴を上げた。
仁菜もかなり足が速く、なんとさくら組の一番目を任された。
見てるほうは「こわい」と思ってしまうけど、仁菜は「まあ見てなって」と笑顔だった。
一番手が呼ばれて仁菜がスタートラインに向かう。すごく小さかったのにハチマキをしてバトンを持っている姿がかっこよくて感動してしまう。
仁菜は背筋をまっすぐに伸ばしてスタートラインに立った。
そして、鳴り響いた号令と共に走り出した。
「仁菜、頑張れーー!」
私はありったけの大声を出す。
仁菜は身長が結構大きい。一歩が大きくて鹿みたいに綺麗に走る。
前を真っ直ぐ見てぶれない姿勢で、大きく手を振って走る。
カッコイイ仁菜に私も皆も声を張り上げて応援をした。
そして仁菜は一番早く二番手にバトンを渡した。
透さんが横で、
「仁菜ちゃんすごい!」
と大きく声をかける。
そのままさくら組が1位でリレーを進める。そのまま順調に2位との距離を広げていくが、順位はすぐに入れ替わる。
この年齢だと、みんなに見られた状態で走れるだけで偉い!
そしてさくら組が1位、2位が青空組、3位がリュウくんのいるひまわり組でアンカーにバトンが回った。
「リュウ、がんばれー!」
隣に座っている透さんが声を張り上げる。
リュウくんは「前を走る子と毎日秘密練習をしてる」と言っていたけど、なんと加速しながら振り向かずにバトンを受け取って、一気に2位を抜いた。
猛然と1位のさくら組を追いかけるけど、抜いた頃にはさくら組はゴールしていて2位で終わった。
みんな頑張った!
リュウくんはゴールしたけど、そのまま列の最後には向かわず、青空組の子を迎えに行った。
実はリュウくんに抜かれた青空組の子はそのタイミングで転んでしまい、座り込んでいた。
それを迎えに行ったのだ。それを見た他の子たちも青空組の子を迎えに行って、みんなでゴールした。
おじいさんは目をハンカチで押さえて、
「なんや、かっこ付けて」
と言っていた。私はおじいさんの横に移動して、
「リュウくんカッコイイですね」
「……なあ、偉いなあ」
とおじいさんは目を細めた。
リュウくんと他のクラスの子たちも来て、みんなでゴール。
会場の皆は大きな拍手を送った。私は涙をハンカチで押さえた。
子どもが頑張っているのはどれを見ても最近泣けてしまう。
「……果たして大丈夫だろうか」
「足を入れてジャンプするんです、ジャンプだけですよ」
「両足でジャンプして前に進んだ事がここ数年ないが……」
「透くん、ちょっとそれ運動不足ってやつじゃない~?」
仁菜の言い方に笑ってしまう。
これから行われるのはデカパン競争という保護者競技だ。
デカパンと言われる巨大なパンツに、右側に子ども、左側に保護者が入り、一緒に両足ジャンプで走る。
私は仁菜と。透さんはリュウくんと出ることになった。
リュウくんは、
「せっかく居るならとーるくんと……ってママが言ったけどさあ。とーるくん、大丈夫? リュウ足速いよ?」
「驚いた。本当にリュウは足が速いな。リレーカッコ良かったぞ」
「でしょお? だからすっごい速度でぴょんぴょんしてほしいんだけど、できる?」
「……努力はするが……」
透さんは仕事みたいな表情で真顔で言うので、笑ってしまう。
係の人に誘導されてグラウンドの真ん中に行き、仁菜と並ぶ。
仁菜は私の手を握って、
「ママ大丈夫? 仁菜ゆっくりぴょんぴょんしてあげるからね。ママの足が千切れちゃうから」
「なにそれ、怖いこと言わないで。さすがに大丈夫だよ。ママ仕事でたくさん歩いてるんだから」
「ほんとに~~?」
「でも仁菜すっごくリレーで早かったからなあ。ママ置いていかないでね?」
「でしょうでしょう」
仁菜はドヤ顔で胸を張った。
可愛すぎて思わず抱きしめる。
「では、始めます。よーいスタート!」
デカパン競争が始まった。
まずは1番手の人たちがピョンピョンしながら進んでくる。
親子競技は練習が出来ないので、みんなはじめてで、子どもに親が怒られているのが新鮮だ。
仁菜も横で大爆笑している。そして私たちの順番になった。
目の前に運ばれてきたデカパンを両手で持って中に入る。
そして仁菜のほうを見て、
「じゃあ行くよ、せーの!」
声をかけて一緒にジャンプするけど、仁菜が小さくジャンプしすぎて、それに合わせると走ってるみたいになって困ってしまう。
声をかけあってなんとかゴールまでデカパンを運んだ。
思ったより汗だくになって、グラウンドにに座り込む。疲れたあ……。
見ていると次は透さんの番だった。
リュウくんと一緒にデカパンの中に入ったけど、リュウくんのジャンプが速すぎて透さんは付いていけず、デカパンが最大限に伸びている。
仁菜は爆笑して、
「透くん、頑張って!」
私も横で笑ってしまう。
なんとかゴールした透さんはそのままグラウンドに転がり、横に座ったリュウくんに「遅いよお」と怒られている。
透さんは「ごめん思ったより飛べない」と言い訳していて面白すぎる。
その後行われたダンスでは仁菜もリュウくんも元気に踊って、私たちはたくさん写真を撮った。
そして運動会は終わり、私たちは家に帰ってお昼を食べて、子どもたちと透さんも一緒に昼寝をした。
のんびりとした午後の日差し、畳の部屋に大胆に広げた布団の上に皆に転がって。
「……嘘みたいに酷いことになっている」
「透さん、ちょっとあの……動きが変すぎて」
「菜穂、ちょっとまってくれ。太ももがめちゃくちゃ痛い。あと裏側全面が痛いんだ」
次の日の通勤列車。
自転車で移動してる時から透さんの動きが変だな……と思っていたけど、電車に乗り込んでから、いつものように私の前に立たず、壁に背を付けて立った透さんは、どうやら運動会で動いたので全身筋肉痛になったようだ。
私は透さんの横に立ち、
「大丈夫ですか?」
「菜穂、なんで楽しそうなんだ」
「だって……透さんヨボヨボですよ?」
「びっくりした。たかが40m両足でジャンプしただけなのに、太ももふくらはぎも、なぜか背中まで痛い。菜穂は大丈夫なのか?」
「少し痛い程度で、平気ですね」
「俺だけかー」
その言い方が可愛くて笑ってしまう。
いつも私を守ってくれるように立ってくれる透さんを、今日は私が支えているのが新鮮だ。
透さんは会社でもヨタヨタと移動して「ちょっと慣れないことをして……」と言い訳していて、私はずっとクスクスと笑ってしまった。