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ママとパパになるの?

 日曜日の朝。

 私は仁菜と一緒に、少し離れた場所にあるパン屋さんに行くことにした。

 

「じゃあ仁菜行こっか」

「わーーーい! アンパンマンパンあるかな!」

「まだあるよ、きっと」


 私と仁菜はパン屋さんに向かって歩き出した。

 リュウくんも誘おうかと思ったけど、リュウくんは朝が苦手だ。

 それにあのパン屋さんは大人気で、午前中で売り切れてしまう。

 それなら朝強い仁菜と買いに行って、お昼にみんなで一緒に食べようと決めた。

 仁菜と話したいし、のんびりと……とはいかない。

 仁菜は私の手を振り払って側溝に向かい、


「菜穂ちゃん、いい木が落ちてるよ!!」

「仁菜。木は要らないの」

「これぜったいリュウくん気に入るよ。帰ってきてから使うから、ここに置こう」

「要らないって!」


 仁菜は私が止めるのも聞かず、少し長い棒を家の敷地内に移動させた。

 仁菜もリュウくんも木の棒が好きすぎる。

 私は歩きながら話す覚悟を決める。

 今日これを話すために、ちゃんと話す筋も考えてきた。

 私は仁菜の手を握り、


「あのね仁菜。お話があるの」

「うん?」

「菜穂ちゃんね、仁菜ちゃんのママになってもいいかな?」

「……? でも仁菜のママは、仏だんにある写真の人だよって、ずっと菜穂ちゃん言ってたじゃん。菜穂ちゃんは妹ちゃんで、菜穂ちゃんだって」


 私はずっとそう仁菜に伝え続けていた。

 お姉ちゃんという存在を仁菜にも覚えていてほしくて。

 でも……。私は仁菜の手を握り、


「ひかるママは仁菜を産んでくれた大切なママ。でもね、これからもずっと仁菜を育てるママに、私がなるって決めたの」

「え。じゃあ菜穂ちゃんはどこにいくの?」


 菜穂ちゃんはどこにいく……?

 こう言ったら仁菜がこういうだろう……となんとなく思っていた言葉と、全然違うものが出てきて驚く。

 菜穂はどこにいく……?

 今まで私のことを仁菜は「菜穂ちゃん」と呼んでいて、それが消えてしまうような気持ちになったのだろうか。

 どう答えるのが良いのか分からずに黙る。

 するとパチンと仁菜が手を叩いて、


「透くんか! 透くんが、菜穂ちゃんを菜穂ちゃんって呼ぶんだね」

「?!?!」

「菜穂ちゃん、だってこの前、透くんとデートしたって言ってた。デートするとお名前で呼ぶんでしょ? だから透くんが菜穂ちゃんって呼ぶんだ」

「……そう、だね、そう……かも……そうだね」


 あまりに私にない発想に頭がついていかない。

 それでも昨日透さんに「菜穂」と呼ばれたのは本当で……。

 その鋭さに驚いてしまう。

 でもひょっとして……仁菜だけが菜穂と呼んでいたのに、透さんに取られたように感じているのでは……と思ってしまう。

 私は少し不安になって、


「透さんと私が仲良くするの……イヤ?」


 仁菜はそれを聞いて「はあ?」と首を傾げて、


「なんでそんなこと言うの? こども園のミカちゃんみたい。すぐに『私のことキライ?』って聞く子」

「ごめん、そんなつもりは無かったんだけど」

「仁菜は透くんと菜穂ちゃんが仲良しなの、全然イヤじゃないよ。透くんが来て菜穂ちゃんが仁菜ちゃんと遊んでくれないならイヤだけど! 菜穂ちゃん前と何にも変わって無いよ。お弁当箱出せってうるさいし、靴片付けろって怒るし、でも発表会の時にくれたお花大きくて可愛かったなあ~。そのあとのパーティーで菜穂ちゃんが作ってくれたちらし寿司、すっごくおいしかったの、仁菜あれまた食べたい~。あのピンクのふわふわ、可愛かったあ~。菜穂ちゃんはなーーんも変わってないよ。だからイヤじゃない」

「仁菜……」


 そう私は変わって無い。それは断言できる。

 仁菜は私のほうを見て、


「菜穂ちゃんは仁菜のことも、透くんのことも大好き。それでいいじゃん! それに、好きって減るの?」


 私はその言葉にはっとする。

 思わず仁菜の真横に座って、


「……減らない。増えたの」

「え~~最高じゃん~~~どれくらい増えたの?」

「……たくさん。四倍くらい」

「え~~~アンパンマンパンが四個かあ~~~~」


 楽しそうに歩く仁菜を私は横から抱きしめた。

 そう。ずっと仁菜だけが大切だった。 

 でも透さんを好きになって、そしたら仁菜の事を自分の子どもにしたいくらい好きだって気がついた。

 透さんを好きになったから、もっと仁菜のことをちゃんと大切にしたいと思った。


 私の好きは、透さんを好きになって、仁菜を抱え込むほど大きくなったんだ。


「……すごく好きが増えたの」

「じゃあいいじゃん! 仕方ないなあ、今日からママって呼んであげるよ~。仁菜もママって呼ぶの、ちょっと憧れてたし~~」

「仁菜……」


 私は嬉しくて、仁菜を抱きしめた。

 仁菜は反り返りながら、


「ママ、ちょっと仁菜ちゃん転んじゃうよ!」

「仁菜大好き」

「ママ危ないよ。こんなことしたら菜穂ちゃんいつも怒るのに」

「菜穂ちゃんだからいいの」

「ママなんでしょおお?? どっちなのおおお??」

「菜穂ちゃんで、ママだよ」

「そっかあ、じゃあいっかあ」


 仁菜はケラケラと笑って歩き始めた。

 私と仁菜は手を繋いで秋の道を歩いた。

 そのパン屋さんは歩いている時から、甘いパンの匂いがして、私と仁菜は「いい香りが近づいてくるね」と歩いた。

 到着したパン屋さんには、焼きそばパン、クリームパン、栗あんパン……美味しそうなパンがたくさんあって、思わずあれもこれも手に取ってしまう。

 仁菜は大好きなアンパンマンパンを四つトレイに取った。

 そしてそれをレジに運び、


「ねえねえ、今日から菜穂ちゃんが、仁菜のママになったんだよ!」


 とパン屋さんのオーナーに伝えた。

 ここのパン屋さんは古くから営業していて、うちのこともお姉ちゃんのことも知っている。

 パン屋さんは私のほうを見て、


「えっ……前からママだと思ってましたけど……おめでとうございます!」

「ママがそう呼んでほしいって言うから~~。ほらパン屋さんも菜穂ちゃんのことママって呼んであげて?」

「仁菜ちゃんママ! メロンパンテストで作ってるの、プレゼントします!」

「えっ……いえいえ、そんな、買わせてください!」


 私が慌てていたら、奥からオーナーも出てきて、


「食パン持って行って。みんなで食べて。だってほら……ママだから」

「ちょっとあの、買いますから!」


 私はあれもこれも持たせようとするのを断り、むしろ予定よりも多くパンを購入して店を出た。

 ちょっとさすがに買い過ぎな気がするけど、うちと透さんの家で分けたら良いだけのことだ。

 仁菜は最初自分で買ったパンを持っていたけど、すぐにイヤになったようで、私に渡して、棒を振り回しながら家に帰った。

 もう相変わらずなんだから……と思いながら、ちゃんと仁菜と話せて良かった。



「透くーーーん、パン買ってきたよーーー!」


 家で少し休憩した午後、私と仁菜はパンを持って透さんの家に向かった。

 朝に弱いのはリュウくんだけじゃない、実は彩音さんもそうで、ふたりしてまだ起きたばかりのようでリビングに転がっていた。

 透さんには、朝からパンを買いに行くと話してたので、コーヒーを入れて待っていてくれた。

 そこに仁菜がパンを持って近づく。


「ねえねえ、菜穂ちゃんがママになって、透くんがデートするってことは、透くんは仁菜のパパになるの?」

「!」


 私は仁菜があまりにまっすぐに聞くので驚く。

 透さんは仁菜の横に座り、


「仁菜ちゃんのパパは別にいるよ。でもね、最初仁菜ちゃんのママは、違う人だったでしょ?」

「うん」

「菜穂が仁菜ちゃんのママになるみたいに……そうだな、大好きがたくさんになって変身したみたいに、俺も大好きがたくさんになったら、パパに変身したいな」

「いいよ! だって菜穂ちゃんも変身したからね! へ~~んしん! って言ってからしてね。リュウくん変身ベルト持ってるから。壊れちゃったけど。ねえリュウくん、壊れちゃった変身ベルトどこー?」


 仁菜がリビングで転がっているリュウくんの所に行った。

 起こされたリュウくんは壊れた変身ベルトを透さんの所に持って来て、


「はい、とーるくん、どうぞ。壊れてるけど」

 透さんはそれを受け取って、

「……直しとく」


 と目に涙を浮かべて言った。

 本当にその変身ベルトは、なんだか回すレバーみたいな所があり、そこが引っかかって「ガ、ガガガ」と変な音しか出ない。

 私と透さんはそれに触れて笑いながら、


「……修理に出しましょうか」


 と話した。

 仁菜とリュウくんがアンパンマンパンを食べながら走り回る午後。

 私たちはコーヒーを飲みながら、試作だというメロンパンを食べた。

 サクサクしていて甘くてバターが濃くて。私はきっとこの味を一生忘れない……と思いながら壊れたライダーベルトのレバーを回した。

 変な音を立てる壊れたベルトと、騒がしい今日が、とても幸せだ。




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― 新着の感想 ―
 パパとママがいないこと、仁菜は本当は寂しかったんでしょうね。  仁菜にとって好きな人がパパとママになってくれるのは、多分とっても嬉しいこと。  実は、リュウくんといとこになるんだけど^ ^  ライ…
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