発表会と告白、そして……
「さて、行こうか」
じいさんは少し綺麗なシャツにパンツを履いて笑顔を見せた。
今日は彩音が働いているダンス教室の発表会だ。
じいさんは結局衣装を10着も作った。「やりたいことに過集中」するの……俺も同じで笑ってしまう。
じいさんは弱い自分を見せるのを嫌い、頻繁に顔を出していた海野の家にも行ってなかった。
でも今日発表会を見に行くために頑張ってリハビリをして、今日は駐車場側から海野の家に顔を出してから行くことに決めた。
じいさんは足首まで固定された靴を履いて、両手に杖をつき、器用に歩き始めた。
家の外に出ると、
「きゃああああ~~~」
と仁菜ちゃんとリュウの叫び声が道路まで聞こえてくる。
今日は発表会当日で、朝起きた瞬間からリュウは「仁菜ちゃんの所にいく!!」と出て行ってしまった。
道路まで聞こえる大騒ぎ……海野は疲れ果てているだろうな……と思ってしまうが、じいさんを安全に連れて行くのが大切だ。
うちから海野家への最短は道路から階段を登る方法だが、今日は裏にある駐車場から土の道を歩いて行く。
ポストにマントを入れていた経験から海野が気がつき、裏に置きっぱなしだった古い三輪車とかを移動させてくれて、杖をついて余裕で歩ける道幅になっている。
じいさんは杖をついて、ゆっくりとそこを進む。
「……すまないな。お前だけなら階段ですぐに行けるのに」
「前はこんなに歩けなかったのに、それだけですごいだろ」
俺がそう言うと、じいさんは俺のほうをチラリと見て、
「……実はな、ここを介護士さんに付き添ってもらって練習したんだ。練習したこと、菜穂ちゃんに言うなよ? 不法侵入だ」
「机のうえにじいさんのネームプレート付きの酒が置いてあった。あれ居酒屋のだろ。家に持って来て待ってるみたいだ」
「……そりゃ飲まんとあかんなあ」
そう言ってじいさんはゆっくり歩みを進めた。
どうやらじいさんは怪我する前は、海野の駅前の居酒屋の常連さんで、ボトルを入れていたが、怪我して行けなくなった。
だから海野のお父さんはそれを自宅に移動させて「家に飲みにくればいい」と言ってくれた。
じいさんは「正さんの焼き鳥食いてえなあ」と言いながら歩いた。
片付けたと言っても木の根はあるし、舗装されてるわけじゃないからそれなりに歩きにくい。
でもじいさんは、ゆっくりと一歩一歩歩いて行く。
そしてついに海野の家に到着した。
じいさんは久しぶりに自力で来られた場所を味わうように、正面玄関前でずっと立っていた。
春に倒れて四ヶ月。やっとここまで来た。
その喜びを味わいたいのに……中からリュウと仁菜ちゃんの悲鳴が聞こえてくる。
「……中で何をしてたらこんなにうるさいんだ」
「じいさんが作った衣装、リュウも仁菜ちゃんもメチャクチャ気に入って、朝から着てるみたいだな。ほら、じいさん開けなよ」
「そうだな。……いや、前は当たり前に来てたこの家に、やっと来れて嬉しいな」
そう言って玄関を見上げて、ゆっくりと扉に手をかけて開いた。
すると玄関の目の前に涙ぐんだ海野がいて、
「おじいさん、おはようございます」
「おはよう菜穂ちゃん。すまないね、リュウがバカみたいにうるさくて」
「ええ、本当に。もう何度言ってもふたりはおじいさんの衣装を着て走り回るんです。おじいさんが止めてくれないと困ります」
「そうか。おいリュウと仁菜ちゃん。じいさんが折角その服作ったのに、本番前に破かれたら悲しいぞ」
「じいちゃん、じいちゃんだ。じいちゃん見て、俺のマント!」
「ええな」
「おじいちゃん見て、仁菜のスカートふわふわ!」
「可愛いな」
そう言ってじいさんは海野が玄関に準備していてくれた椅子に座った。
そして部屋で相変わらず走り回るふたりを目を細めてみた。
俺は靴を脱いで部屋に入る。すると海野は目を真っ赤にして、
「……良かったですね。ここまで来られて。ご飯食べに来られますね。お父さん張り切っちゃう」
「そうだな。良かった」
俺は目をティッシュで押さえている海野の横に立って、騒ぐふたりと見ているじいさんを見ていた。
海野は少し落ち着いたのか俺のほうを見て、
「……あの、おじいさんもとってもステキなんですけど、やっぱりそのパンツ、似合ってます。良いと思います」
「そうか? だったら良いけど……俺最近太ったみたいだ。このパンツ、彩音に貰った時は余裕があったのに、今は丁度良い。海野の家でご飯食べるようになったからだと思う。健康だが……」
「そうですよ、広瀬さん痩せ過ぎです。いいです、すごく似合ってます」
そう言って海野は何度も頷いた。
今日はこの前家から持って来た彩音がくれた濃いチェックパンツに白いTシャツ、紺のカーディガンにした。
ずっとスーツか、部屋着姿しか見せてなかったから落ち着かないが……似合うと言われると単純に嬉しい。
俺は海野の方をみて、
「海野も、今日は会社と全然違って良いな。……うん、いや、いい」
「私が髪の毛下ろすのが珍しいみたいで、ふたりは朝から大興奮でした」
そう言って海野は髪の毛を耳にかけた。
海野は肩より少し下くらいの髪の毛の長さだが、常に縛っている。
でも今日はその髪の毛が解かれていて、サラサラと美しい。
時間になり、俺たちはまた時間をかけて駐車場にいき、車に乗り、発表会の会場へ向かった。
「結構大きな会場なんだな」
会場に到着した。リュウと仁菜ちゃんは出番が近いのですぐに裏のほうに向かう。
もっと小さな舞台かと思ったら、それなりにちゃんとしたホールで、椅子もあり中も暗い。
俺たちは観客席のほうに来た。6割の席が埋まっていて、中では子ども達がダンスを発表している。
じいさんを見やすい席に座らせて、俺たちはじいさんの左右に座った。
じいさんは前を見て、
「おお。俺が作ったスカートを着てるな」
「あれ、おじいさんが新しくした緑のスカートですね。ほら、舞台の光でキラキラが綺麗」
「いいな。あれは何歳だ、可愛いな。ダンスというか……移動か?」
「二歳とかですかね。可愛い。もう泣いて」
海野はそう言って笑った。
今舞台に上がっているのはかなり小さい子で、舞台に上がるのが精一杯なようで、走り回って泣いている。
でもスカートは気に入っているようで、泣きながらクルクルとその場で回っていて、会場が爆笑している。
そしてリュウと仁菜ちゃんが出てくる順番になった。
じいさんは姿勢を正して、
「……なんだ、俺が緊張するな」
「わかります。これあれなんですよ、親のほうが緊張するんです。自分のが気が楽です」
そう言って2人は身体を近づけて発表を見守った。
ふたりの番になり、音楽が響いた。右側からふわふわなドレスを着た仁菜ちゃんたち女の子が出て来て、左側からマントを羽織ったリュウが出てくる。
じいさんは、
「おおお! すごい、みんな着てるな」
「わあ。マントの素材、軽くしたから、ほら綺麗にヒラヒラしてますよ。おじいさんすごく色んな布試してましたよね」
「そう。四枚くらい作ってな。あれが一番良かった。おお、いいな、カッコイイじゃないか」
リュウは真ん中で胸を張ってマントを翻して踊っていた。
すごいな。そして横からふわふわなドレスを着た仁菜ちゃんが来てリュウの隣に立った。
そしてクルクル回って可愛くダンスする。じいさんは目を細めて、
「仁菜ちゃんが一番上手じゃないか」
「いえ……見ててください……ほら目が回って……自動的に舞台から出て行きます」
「あははは! 回りたいだけか」
「そうなんです、とにかく回りたくて」
そう言って海野は楽しそうに笑った。
ふたりはじいさんが作った衣装を着て、しっかりと踊りきった。
会場に大きな拍手が広がる。
俺と海野も拍手をしていると、俺たちの真横で、じいさんはその場で杖も使わず立ち上がった。
「!」
俺と海野はその姿から目が離せない。
杖なしで立ち上がったじいさんは手を叩いて、
「良かったぞ!」
と大声を上げた。
俺はその姿を見て泣けてきてしまって、拍手をして、ダンスに感動しているフリをした。
「広瀬さん、怪我したって聞いたけど」
「佐藤さん、久しぶりだね~。そうだよ、落ちちゃって。庭大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ~~。はやく何とかして貰わないと~~~」
発表会が終わりロビーに出ると、じいさんに親しげに話しかけてくる人が何人か寄ってきた。
どうやらじいさんの顧客のようだ。
ゆっくり話せるように、俺と海野はじいさんが見える少し隠れた場所に移動した。
海野はハンカチで目を押さえて、
「……発表会も良かったんですけど、おじいさん、本当に良かった。見ました? 立ち上がって拍手したの。もう私泣けて泣けて」
「俺もだ。正直そっちに感動してしまって、じいさんのほうを見て拍手してしまった」
「わかります、私もです。私たちもう、何を見に来たんでしょうか」
そう言って海野はハンカチでもう一度目を押さえた。
海野は話しているじいさんのほうを見て笑顔になり、
「実はお話するのも大切だと思って、私何人かおじいさんの顧客さんにハガキを送ったんです。来てくれて良かった」
それであんなに何人も。
俺はどうしようもなく嬉しくなり、海野に近づき、手を握った。
「……ありがとう」
「いいえ。本当に良かったです。全部嬉しい」
そう言って海野は目を細めて微笑んだ。
海野がいなかったら、じいさんはこんな順調に元気になれなかった。
今も俺は、どうしたらいいのか分からず家で困っていたはずだ。
海野がいなかったら、俺は……。
もう我慢できない、気持ちを伝えたい。
俺は海野の手を握った。
そして染み出すように気持ちを吐いた。
「海野。俺は海野が好きなんだ」
「?!」
「上司だし、一緒に子どもを見ている。だからどうしようと思った。でももう無理だ。海野が好きだ。そう伝えたい。俺のことも家族のことも大切にしてくれる海野が好きだ」
「広瀬さん……」
「海野はずっとただの部下だった。でも仁菜ちゃんを大切にしている姿を見て、好きになった。海野が好きだ」
そう言って海野の手を握ると、海野は目に涙をにじませて、
「……私も……広瀬さんが好きです」
「!」
「だけど上司だし……私は仁菜が大切で……でも……その姿を好きと言ってもらえると……すごく嬉しいです」
「海野」
俺が海野の手を引くと、海野はぎこちなく俺の胸に入ってきた。
ふわりと香る電車の中でいつもしている海野のシャンプーの香りがする。
それだけで心臓が痛いほど、緊張してしまう。
背中から腕を回してゆっくりと抱きしめると、嬉しそうにギュ……としがみ付いてくる。
ずっと抱きしめたかった海野が俺の胸の中にいる。
……気持ちが通じた。嬉しい。
それが嬉しくて柔らかく、それでいて強く抱きしめた。
海野の顔が見たくてのぞき込むと、海野も俺のほうを見ていて、恥ずかしそうに胸元にも潜り込んできた。
どうしようもなく可愛い。
優しく抱きしめていると、海野が少しずつモゾ……と逃げ始めた。
そして俺のほうをチラとみて、
「……あの、すごく……嬉しいんですけど……よく考えたらここ……すごく見えちゃいます……」
その恥ずかしそうな表情が可愛くて、誰にも見せたくないと思った。
だから手を引いて通路に移動した。そして再び抱きしめて、
「ここなら?」
「! ……そんな変わって無いですけど……もお……いいです……」
そう言って再び海野は俺に抱きついてくれた。
そして抱きついた状態でチラリと俺の方を見て、笑顔で頭をぐりぐりと押しつけてくる。
可愛くてずっとこの笑顔を見ていたいと思う。
手を指同士が絡むように繋ぐと、海野は嬉しそうに、でも少し淋しそうな表情になり、
「……もう行かないと。発表会終わりましたし」
「じゃあこのまま」
俺はどうしても離れがたくて、指を絡めた手のまま歩き始めた。
指を絡ませているから歩きにくいほど距離が近いが、その距離感が嬉しくて仕方が無い。
さっきまで隣で歩いていた場所を、手を繋いで歩けるふたりになれていることが嬉しい。
ふたりで向かった出口の方には、たくさんの人がいた。
海野はその人の流れを見て、一瞬足を止めた。
「え……?」
「どうした」
「あの……広瀬さん……ちょっと付いてきてください」
そう言って海野は突然走り出した。
俺は慌ててその後ろ姿を追う。海野は人混みをかき分けて前に走っていく。
ヒールが高い音を響かせる。海野はそのまま駅に向かう通路が見える所まで出た。
そして震える声で、
「……あれ、仁菜の父親です」
視線の先に、駅に向かってひとりで歩く年配の男性の姿が見えた。
海野は俺の腕をギュ……と握り、
「間違いないです。葬式以降見てなかったのに……来てる……なんで……?」
と不安そうな表情で呟いた。
さっきまであんなに幸せそうな笑顔をしていたのに……俺は海野を抱き寄せる。
決めた。
「俺に対応させてくれないか」
「広瀬さん……」
「海野と一生一緒に生きていきたいと思ってる男として一緒に対応させてくれ」
俺はそう言って海野を強く抱きしめた。
海野は無言でコクリと頷いてくれた。
俺は海野に救われた。
だから今度は俺が海野を守る。
海野の笑顔を奪うやつを許さない。
ここまでが一章。
この問題はそうかからず解決します。




