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デキる上司と秘密の子育て ~気づいたらめためた甘々家族になってました~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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広瀬の覚悟と自覚

「すまないが、俺はインテックの案件から降ろさせてくれ。嫁が来月手術なんだ」


 会議室で大森部長は頭を下げた。

 俺と石津は「いえいえ、頭を上げてください」と慌てて声をかける。

 営業一課の部長、大森さんの奥さまが肝臓がんだと分かった。

 豪快、豪傑で有名な大森さんだが、この一ヶ月顔色も悪く覇気が全くない。

 石津は、


「大丈夫ですか? 大森さんのほうが参っちゃってるじゃないですか」

「俺が落ち込んでるわけにいかねーのにな。嫁の手術に有休全部ぶち込んで一ヶ月開ける。すまないが頼む」

「わかりました。AIカメラのテストは規模を縮小する方向で動いてます」

 

 石津はリスケしたスケジュールをモニターに出した。

 数年前から大森さんのメインで動いていたのが、店舗にAIカメラを設置することだ。

 AIカメラとは、今までのカメラとは違い、AIを利用して、映像や画像、人の動きを自動的に分析・解析するカメラだ。

 インテックさんは骨格の検知が優れたAIカメラを導入していて、店舗に入店してから数秒でトラッキングを開始する。

 骨格だけで性別や年齢をデータ化する。解析力の高さと、それに付随するデータが魅力で、数年前から動いていた。

 東京、大阪、福岡の店舗にAIカメラを大規模に導入し、地域における客の動線、行動パターンの収集など、多方面において運用を検討していた。

 しかし今回は新宿店のみでの導入とすることにした。

 大森部長とインテックの平林さんは同郷で、いつも仕事も関係なく飲んでいるような関係だったからこそ、オーダーメイドのシステム発注が出来ていたが、こうなると難しい。

 俺と石津は、現時点での進行と、どう削っていくかを話し合った。

 俺はSlackからファイルを開き、


「そういえば最上ですが、AIカメラに強い関心を持っているようでした」

「おお。なんか出社してないって聞いてたけど、大丈夫なのか」

「どうやらぎっくり腰がクセになってるみたいで、重たいものを運べないようで」

「それで営業は厳しいだろう」

「ですが、最近、教育係の海野が石神井店の解析を頼んだ結果、AIカメラと同じようなことを手動でしてまして。こちらです」


 俺はそう言ってさっき海野から貰ったデータを大森さんに見せた。

 それは防犯カメラから割り出した年齢と性別、そして店内の移動ルート、購入品一覧だった。

 最上は一年間の防犯カメラ映像をランダムに抽出、多岐に渡るデータを引っ張り出して、


「どうやら石神井店は一年前から客層がガラリと変わったようです。一年前は圧倒的に女性客、それに40代のお客さまが多かったのですが、ここ半年は二十代男性が多く来店しています。そしてこの客はほぼすべて同じ店内の移動ルートを取っています」

「……日本酒か」

「そうです。石神井店はもともと酒屋だった店舗をうちが買い取り営業しているので、店主も日本酒が好きで、冷蔵庫も従来の店舗の二倍サイズ。この日本酒を求めて来店しているようです。調べた所、ここなんですけど……その場所は第一種低層住居専用地域で12mの斜線制限もあり、以前はずっと公園でした。でも最近デザイナーズマンションが建ったんです。全て二階建てで、全ての部屋内に駐車場があり、部屋の中から車が見られるんです」

「おおお、カッコイイ。すごいな、車を見ながら日本酒を飲むような層が入ったのか」

「そのようです。ただ駅を挟んで向こう側の物件なので、そのような客が来店していることにデータを見るまで気がつきませんでした。そしてこれは、現在ではほぼAIカメラで即日分析できることです。大森部長がメインで回している案件だと説明すると、興味を持ったようです」

「腰が悪いならこっちに入れるか。これだけ自力でできるならたいしたもんだ。AIに強い営業もこれからは必要だろう」


 そう大森部長は言った。

 そして次からの打ち合わせは俺と最上で行くことに決めた。

 俺は大森部長に、


「俺の家もじいさんが脚立から落ちまして、骨盤を骨折して、今入院中なんですよ」

「聞いたよ。大丈夫か? 80才で現役庭師だったのか?」

「そうです。なんと歯周病が原因で転落して」

「え、なんだそれ。そんなことあるのか」

「あるんですよ」

 石津が身を乗り出して、

「え、菌が脳までいくやつ?」

「そうだ」

 大森部長は椅子にひっくり返って、

「歯医者か~~、行って無いな~~」

 石津は首を振って、

「神経直結してるんですよ、そりゃ菌もいきますよ」

「こええ」

 

 奥さまががんと診断されたことで、今まで全く健康トークなどしなかった大森さんだが、ここに来て興味が出てきたようで、三人で健康トークを広げてしまった。

 でも大森さんがやっと笑顔を見せてくれて、少し安心する。

 現在一課で対応可能なレベルで、新人でもAIカメラに興味がある人間を積極的にこっちに入れようという話でSlackに情報を流した。

 大森さんが退出して、俺と石津は作業を始める。

 石津は大阪店と福岡店に行くスケジュールを立てながら、


「じゃあ大阪は私のほうで話を通しておく。今回は諦めよう」

「そうだな。悪いが任せる」

「……広瀬くん、大阪店は思い入れがあるから、絶対やるって言うと思った。キツくない? 自分が立ち上げた店を人に任せるの」


 石津は俺のほうを見て言った。

 実は大阪店は、俺の営業の同期……押井がはじめた店だ。

 一緒に営業として仕事して、二年前に押井は大阪へ。

 はじめての大阪店、同期の押井。俺たちは二人三脚で店を作り、今では80店舗内でも常にトップ10にはいる店へと成長した。

 ずっとやりたかったLINEとの連結も押井とだからテスト的にはじめられた。

 AIカメラの話をしたら、誰よりも乗り気で……。だから本当は俺が行きたいが、静かに首を振った。


「今は大阪に行くだけで一日潰れてしまう。大阪店は石津と上村に頼むよ。上村、あっちが地元で三年以内に戻りたいみたいだから」

「そうなんだよね。大阪支店に異動したいみたい。だからそれもあって、上村メインで動かそうと思って相談したかったの」

「それでいいと思う。大阪店の店長と上村、気があうと思う」

「オッケー」


 石津はその場で上村にSlackを打ち、打ち合わせをすべく会議室を出て行った。

 確かにじいさんが倒れる前の俺なら、上村に任せたりしない。

 親友の押井が店長で、大切にしてるからこそ、俺が絶対に行きたいと思った。

 でも現時点は無理だし、やったとしたら他が中途半端になる。

 くそ……と心のどこかで思う時、海野を思い出す。

 海野がこの仕事を抱えていて、無理してでも大阪と東京両方動いていたら「無理だ」と話す。

 それにAIカメラの本格導入は先送りになったんだ。だから今無理して動く必要はない。

 そう海野に話すと思う。大切な人を思いやるように、自分も思いやる。そうすれは「無理すればできるのに、悔しい」と思わなくなると気がついた。

 俺はまだまだ自分を大切にできないけど、海野なら大切にできる。

 作業していると海野が会議室の扉をノックして入ってきた。


「失礼します。最上くんのデータ、見て貰えたようで良かったです」

「……助かった。あれを見せたことで、石神井店の話も、最上をAIカメラ側の班に異動させる話もスムーズに決まった」

「喜びます。さっき一緒に石神井店行ってきたんですけど、データがあれば自信を持って話せるみたいで、提案書を今書いてます」


 そう言って海野は笑顔を見せた。

 俺は海野に向かって、


「……大阪店は上村に任せることにした」


 それを聞いた海野は立っていたが俺の横に座り、


「……上村くん、大阪に帰ったときに店を覗いたりしてたみたいなので、喜ぶと思います」

「そうか」

「あの、上村くん、この前広瀬さんとご飯行きたいけど、タイミングが掴めない……って言ってました。ぜひ声かけてあげてください。あの、角のそば屋さんのてんぷらそばが好きです。広瀬さんもあそこの天丼お好きですよね」


 海野は俺が大阪店に思い入れがあることも知っている。

 それでいて状況から上村に頼むことをも分かっている。

 その上で、必死に上村と俺を繋ごうとしているのだろう。

 俺は静かに、


「……ありがとう、助かる」

「いえ。広瀬さんが選択されたことは、現時点において最善の策だと思いますし、それに対して提案しただけです」


 そう言って海野は頭を下げた。

 今まで仕事ができる部下だと思っていた。

 でも仁菜ちゃんという娘さんを、ものすごく大切に育てていて、その姿を素敵だと思った。

 そして俺の事情を知り、考えて、言葉を選んで提案してくれる姿を見ると、正直愛しさがこみ上げる。

 つらい時に、一歩踏み込んでさらけ出すと、優しさが帰ってくる。

 だったら、俺も海野にもう一歩踏み込みたい。そして優しさを返したい。


 たったひとりと心を交換したいと願う……これは海野を特別に思い始めていると思う。


 大人になると、こんな風に恋をはじめるのか……と驚く。


 俺は横に座っている海野に向かって、


「海野は、ここら辺りだとどこで昼飯を食べるんだ?」


 海野はキョロ……と周りを少し見渡して一歩俺に近づいて小声で、


「(家の残りものを詰め込んだお弁当を持って来てます。もう飽きてますけど)」

「……俺もそれがいいな」

「(広瀬さんは家で煮魚担当です。もう広瀬さん用のタッパーがうちの冷蔵庫に置かれましたよ)」

「今日も食べたいから行っていいか?」

「もちろんです」


 そう言って両肩を上げて微笑んだ。

 もう迷わない。俺は海野が好きだ。

 ただ、海野は仁菜ちゃんを責任を持って育てている。

 それを知って好きになったからこそ、一緒に横に立っていけるような男になりたい。




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― 新着の感想 ―
奥さんに対しても、誰に対しても、いざとなってから後悔しないような接し方を常に心がけていないとだめですね。
 おお、判断が早い!  煮魚担当から娘担当に昇格するのも早そう(^^)
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