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デキる上司と秘密の子育て ~気づいたらめためた甘々家族になってました~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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13/52

誰のための愛


菌血症きんけつしょう?」


 病院から「めまいの原因がわかりました」と言われて告げられた病名に首を傾げた。

 医者はクルリと椅子を回転させてモニターを表示させて説明を始める。


「歯周病を長年放置した結果、歯周病菌が脳に到達し、脳の血流に影響を与えることで、めまいが引き起こされる可能性が高いです」

「おじいちゃん!! だから行こうって言ったでしょ!!」


 一緒に説明を聞いていた彩音がじいさんに向かって叫ぶ。

 じいさんは「……んなことがあるなんて知らねえ」と小さな声で文句を言う。

 医者は淡々と、


「放置すると、脳梗塞や心臓病の原因にもなります」


 俺は後ろに立った状態で、


「治療方法はどうなりますか?」

「まずコルセットで腰を固定してリハビリを始めます。同時に血液培養検査で菌の種類を特定し、抗菌薬で治療します。その後、感染源となっている歯周病の治療に入りますが……歯の状態がかなり悪くて、これは長期戦になりそうですね」

「私何度も言ったじゃん! おじいちゃんが逃げたりするからこんなことになったんでしょ!」


 彩音がずっとじいさんを責めるので、俺は彩音を落ち着かせて後ろに移動。

 俺がじいさんの横に座り、


「歯医者が苦手で通うのを拒否していたようです。本人の希望としては、とにかく退院したいということで、そこに向けて最短のスケジュールを組みたいと思いますが、どうでしょうか」

「ご本人も退院したいと強く希望されていますが、骨盤骨折だけで済んでいるのが奇跡的な状況です。80才でこの骨密度は素晴らしい。ご本人もリハビリに前向きですし、二ヶ月程度で退院は可能だと思います」

「二ヶ月?! 真面目にやってんのに短くなってねーじゃねーか!」


 今まで俯いていたじいさんが顔を上げて叫んだ。

 80才で骨盤骨折、それに重度の歯周病。二ヶ月で退院できるなら、かなり上手く進んだ場合……だろう。

 医者は淡々と、


「現時点で無理に動こうとしていると看護師から報告を受けています。無理に動いた場合、入院が長期化します。まだ急性期で痛みも酷いはずです」

「痛くないんだよ、な。だから大丈夫だろ」

「それは痛み止めが効いているからです。それで痛みをぼかして動けるようにしているだけ。基本的には事故時と同じような痛みが広瀬さんの腰に残っています。現時点では安静が一番の薬です。早期に退院したいのなら」

「くっ……」


 とにかく退院がしたいじいさんは黙った。

 整形外科、歯科、内科、外科……色んな医師がじいさんの検査結果を伝えてくれた。

 終わるころにはじいさんも彩音も疲れ果てていたけれど、俺は満足するまで状態を確認できて安心した。

 部屋に戻るとじいさんは大きなため息をついてベッドに横になり、


「……二ヶ月……」

「それも看護師さんと医師の言うことを聞いてしっかり安静にして、治療をして、リハビリを受けた場合だ」

「退院できるなら、何でもする。俺は今日からそのことだけを考えて病院に言いなりになってやる!」

 それを聞いた彩音は苦笑して、

「言いなりって何よ。おじいちゃんが家に帰るためにあんなにちゃんと全部検査してくれて。もう来なくて済むように頑張るんでしょ?」

「そうだ。もう寝る。俺は寝る。寝るのが一番だと看護師さんも言ってたんだ」


 どう考えてもふて寝に見えるが、じいさんは布団をかぶって横になった。

 俺と彩音はじいさんに声をかけて病院から出た。

 彩音は怒りながら、


「人間ドック行っても、歯医者だけは行かなかったの。だからこんなことに!」

「逆に80才で歯と腰以外全く問題がないと驚かれてたんだから、少しでも早く仕事に戻るのが一番の健康療法なんだろうな」

「仕事の復帰かあ。どれだけかかるのか想像もできないや……」


 彩音は呟いた。

 確かに現時点では未来は全く見えないが、支えていくしかない。

 彩音はダンス教室へ、俺は会社に向かうことにした。




「おつかれさまー。インテック間に合ったね。行ける?」


 会社に到着すると、同じ係長の石津が書類をまとめてカバンに入れていた。

 俺も机の上にあった封筒とパソコンをカバンの中に入れつつ「行ける」と出た。

 石津はエレベーターのボタンを押して、


「どうだった? 病院」

「退院まで二ヶ月。そこからも大変そうだ」

「80才骨盤骨折で二ヶ月で出られたらかなりラッキーなんじゃないかな」

「そうだと思う」

「うちのおばあちゃんが骨折した時は、お母さんつきっきりでメチャクチャ疲れてた。お父さん何もしなくてさ。私も手伝ったけど大変だったよ。だからこっちは何とかするから、家を手伝ってあげてよ。だって両親いなくて妹さんと広瀬くんだけなんでしょ? 大変だよ」

「すまないが、これからは定時で帰る。妹の子どもが5才なんだ」

「シングルなんだっけ?! いやハードモード。いやでも定時後の接待はこれからかなり減ると思うよ。大森部長の奥さま入院、聞いた?」

「ガンだって?」

「そう。接待大好き大森部長もかなりキテるみたい。俺のせいだあ~って言ってるけど、そんなこと言ってる場合? でも打ち合わせのあとに飲む必要ないよ、本当に」


 石津は大きなため息をついた。

 石津は俺と同じ営業一課の係長で、同期だ。

 女性ということで、接待に積極的に呼ばれて大変な思いをしているのを横で見てきた。

 接待せずに仕事を円滑に進ませる事に定評があるが、大森部長がそれを許さなかった。

 でも流れは変わるかもしれないし、もう変えていかなきゃいけない時代なのだろう。

 しかし……お酒を飲んだ時しか本音を言わない古い経営者も多いし、俺が抱えているのはそういう人たちだ。

 それをすべて石津に任せるのが悪くて仕方がない。




「おかえりなさい。ご飯食べますか?」

「あっ……いや……」

「リュウくんはもう食べ終わってますし、あとはお風呂だけです。もう分かっていると思いますが、うちには大量の煮魚があります」

「……そうだな、食べさせてもらえると、嬉しい」

「喜ぶのはお父さんですよ。広瀬さんが気に入ってるって伝えたら、今日は銀ダラを持って来ました。余ってるのかもう疑問ですよ」


 そう言って海野は笑顔を見せた。

 今日も仕事が終わらなくて、彩音は夜の仕事で、リュウのお迎えから食事までを海野に任せてしまった。

 仕事も満足に出来ない、頼まれた育児も出来ない……。出来ないことが積み重なってるのに食事までただでいただいてしまうことに居心地の悪さを感じる。

 海野は手早く食事を準備して「毎度同じですいませんが」と言いながら並べてくれた。

 同じと言うけど、どれも美味しくて全く飽きない。

 俺は自分が無力に思えて、


「……すまないな。何もできない」


 そう言うと目の前で海野は眉間に皺を入れて、


「いえ広瀬さん。今日みんな驚いてました。提案書のレスが朝イチで戻ってきたって。あの量が朝イチで戻るってことは、夜中に作業されてますよね」

「もう朝仕事するしかないから、5時起きで家で作業してた。3時間も寝れば頭は動く」

「広瀬さん。それはいつの話ですか?」

「いや……今もそれで動けている」

「広瀬さんがそれをしていたのは20代前半じゃないですか? 広瀬さんは誰よりも朝早くから仕事してたって石津さんに聞きました。でも広瀬さんはもう31才です。まだ若いといっても、習慣は蓄積して身体を壊します。おじいさんの長い間かけた歯周病がめまいの原因だったと彩音さんに聞きました」

「いや……それでも……」

「じゃあ私のために言います。上司がそこまでしてると、部下は『家に何かあってもここまでしないといけないんだ』としか思えないんですよ。家が大変になったら、仕事を周りに任せて、減らす姿を私たちに見せてください。家で何かあったら朝から自宅で仕事して終わらせるっていうロールモデルを広瀬さんが作らないでください」


 そう言って海野は俺の前に味噌汁を出した。

 ……確かに俺は管理者だからやらないと……と思っていたが、みんなにこれをしてほしいとは……思ってない。

 海野はご飯を出して、


「私が同じ状況になったら朝5時から仕事してほしいですか?」

「いや、思わないな、と今思っていた」

「だったら、私にしてほしいような動きを広瀬さんがしてください。むしろそれを広瀬さんに見せてほしいです」

「……いや、驚いた。しなきゃいけないことをしようと……それだけしか考えてなくて……」

「持ってる荷物が多すぎるし、それができる広瀬さんにみんな頼って、みんなで首しめることになるけど、広瀬さんに誰も言えない。だからお隣さんで育児仲間。それでいて部下な私が、言います。私たちのために仕事するなら、私たちの未来のために仕事を減らしてください。これでは人員が増えません」


 俺はなんだか……どうしようもなく情けなくて、それでいて嬉しくて、優しさが温かくて。

 海野は目の前に座って、


「……これは……お隣さんでも育児仲間でも部下でもなく、広瀬さんのことを少しずつ知ってきた私が言うと、身体を大切にしてください。心配です」

「じゃあ俺は海野を……」


 そこまで言って唇を噛む。

 言いかけて言葉を飲み込んだ俺を、海野はキョトンと見ている。

 俺は味噌汁を飲み、


「海野の……海野の説明は本当にすっきりと頭に入る。反論の余地がない」

「出過ぎたことを言った気がしてたんですけど、安心しました」


 そう言って海野は笑った。

 そしてマリオカートで「負けたあああ」と床に転がり回るリュウを抱っこして一緒にゲームを始めた。

 俺は食事をしながら、さっき言おうとしていた言葉を心のなかで呟く。



 じゃあ俺は海野を大切に思うように、自分を大切にする。


 

 そんなの俺が海野を大切に思っている……と告白するようなものじゃないか。

 海野は部下として「上司としてロールモデルを見せてくれ」と言っているのに。

 完全に私情じゃないか、情けない。

 ……でも。

 俺は、お隣の育児仲間として、上司として、それでいて「少しずつ海野を知ってきた人」として海野のことを大切に思い始めている。

 海野が楽ができるように、俺も楽をする。

 ……それは、すごく納得が出来た。

 俺は自分を大切にして生きてきたわけじゃない。

 だけど海野のことは、大切にしたい。

 だからこれからはそう動こうと思う。


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― 新着の感想 ―
30代じゃあまだまだ無理は聞くw いざその気になると上司と部下という関係が障害になってしまうのが昨今ですねえ。
 おおお、自覚が早い(O_O)
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