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デキる上司と秘密の子育て ~気づいたらめためた甘々家族になってました~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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広瀬さんが上司で本当に良かった


「広瀬さん、申し訳ありませんっ……!」


 朝会社に行くと、美香子が真っ青な表情で広瀬さんに頭を下げていた。

 私は広瀬さんと同じ中央線に乗って新宿までは来たけど、そこから一本ずらして地下鉄に乗ってきた。

 だから10分くらい遅れて出社してるけど、その間に何かあったのだろうか。

 私は今日は出社していた最上くんの横に立ち、


「おはよう……何があったの?」

「新宿店の棚卸しが今日あるんですけど、バイトが辞めて人数が足りないから本社からヘルプをくれないかって、藤井さん宛の提案書にずっと書いてたらしいんですけど、藤井さん先週提案書貯めてたみたいで……」

「あー……なるほどー……」


 私は昨日広瀬さんが言っていたことを思い出していた。

 美香子は一週間提案書を貯めている……そんなことを言っていた気がする。

 私たちの一番の目標は『担当している店舗の売り上げを上げること』だ。

 その中に店舗から上がってくる提案書に目を通して、自分なりに考えを記入。

 それを上司にあげて報告相談する……というのも含まれている。 

 ただ、店舗からの提案書を上司に全くあげずに、自分だけで対応している営業もいる。

 それで出世した営業もいるので、会社としては、必ず提案書を出すことを義務づけてはいない。

 私は責任をひとりで取りたくないので毎日出しているが、美香子は結構、その場で話をして結論を出すタイプではある。

 単純にタイピングがあまり得意じゃないからヤダとも言っているけど……。

 でもそのやり方で結果が出ているから、うるさく言われてなかった。

 私の横で最上くんが小さな声で、


「……俺が休んでいる間に、俺の所にもメールが来てました。藤井さんが連絡取れないから俺にって。でも俺ずっと休んでたから……」


 と言って俯いた。

 私は最上くんのほうを見て、


「休んでる間はメール見られないよ。それは仕方ない。責任感じることないよ、新宿店の担当者は美香子なんだから。最上くんは一回挨拶に行っただけの人」

「そうですかね……でもさっき俺が電話取ったんですけど、新宿店の店長、すっごく怒ってて……俺初手電話でキレられたのはじめてで、マジ無理です。もう電話には出たくないです」

 

 最上くんは私の横で静かに首を振った。

 その表情は暗くて顔色も悪くて……久しぶりに出社したけどメンタルがキツそうで心配になる。

 大久保店に行ってきたこととか話そうとしたら、もうひとりの上司、石津さんが出社してきた。

 報告を聞き美香子に向かって、


「何度か言ったよね? 見てる? って。何か報告はない? って。大丈夫ですって言ってたよね」

「すいません、読んだつもりでした」

「私、今から仙台で手伝えないよ」

「いえ、私がひとりでやります」


 美香子は小さな声で頭を下げた。

 春から夏に向けて商品の入れ替えがあり、その作業はとても大変だ。なぜなら一気に飲料が増えるから。

 新宿店はバイトを多く雇いその作業をしているが、最近三人ほど一気に辞めてしまい、その作業が滞っているようだ。

 新宿店は地下三階にあり、トラックが入ってくることは出来ない。

 地上の空調が効いていない遠くの倉庫から、そこまで商品を台車に乗せて何度も運ばないといけないのだ。

 通路は長く、段差も多く、飲料水などを運ぶのは大変だ。

 それを美香子ひとりが手伝っても意味がない。

 横で話を聞いていた広瀬さんはスマホをいじりながら、


「飯島と佐藤、あと久賀が昼なら手伝えます……と言ってくれてるから、俺も含めてその時間で対応しよう」

「! 広瀬さん、すいません、ありがとうございますっ……」


 美香子は頭を深く下げた。

 元営業三人だ。うちの会社は二年単位で部署を異動することが多く、営業経験者が色んな部署にいる。

 広瀬さんは元営業だった人たちと定期的に食事に行っていて、常に仲が良い。

 広瀬さん自身も開発や展示会のヘルプによく行っている。

 だからこれは恩返しの一種だろう。すごいなあ……と私は椅子に座った。

 すると広瀬さんは美香子に向かって続ける。


「藤井さん、実は体調悪いってことない? 一年くらい前だったかな……提案書を一週間出さなかった時、その後に倒れたよね」

「あっ……はいっ……実は……その時の持病の薬が切れてて……でもちょっと前より不調の種類が違うので検査に行かなきゃ……と思いながら穴を開けるのが厳しくて……いけてなくて……」

「藤井さんはあまり頻繁に提案書を出す人じゃないけど、一週間出さなかったのはその時だけだ。このあと病院に電話して、今日行けるなら病院に行って来なさい。体調が良くない時に棚卸しのヘルプは無理だろう。倒れられたらそっちのほうが困る」

「っ……、すいません、ありがとうございます……」


 そう言って美香子は頭を下げてスマホを持って廊下に出て行った。

 横で最上くんが、


「一年前のこと覚えてるとか、すご」


 と小さな声で言う。私も同じことを思う。

 たしかに美香子は婦人科系のトラブルを抱えていて、ずっと病院に通っている。

 でも提案書を出さないのはいつものことだから、広瀬さんが「一週間出してない」と言ってた時「サボリ癖」だと言ってしまった。

 広瀬さんはそう思ってなかったんだな……と思うと、自分の浅はかな考えを反省する。

 席に戻ってきた美香子は病院の予約が取れそうなこと、検査で明日は休むことを石津さんと広瀬さんに報告して、退社していった。

 石津さんは広瀬さんに向かって、


「ごめんじゃあ私もう出るね。新宿店行って店長と話してから仙台行くわ」

「昼一時間で終わらせるから少し話しておいてくれると助かる」

「分かった。手伝えなくてごめんー」


 そう言って石津さんは出て行った。

 Slackを見ると『手伝えますよ!』と書き込んでいる人が五人に増えていた。

 これだけいてくれたら恐怖の新宿店棚卸し、30分で終わるかもしれない。

 広瀬さんは最上くんに向かって、


「最上も行けるか」


 と聞いた。私はふと大久保店で最上くんが力仕事を頼まれて逃げ出した話を思い出した。

 私は広瀬さんに向かって手を上げて、


「私がやります。今日は昼、大丈夫です。最上くんにはデータ入力のほうをお願いしたくて」

「データ入力?」

「最上くん、私の四倍くらい打ち込みが早くて正確なんです」

「確かに最上から上がってくるテキストは打ち間違いが少ないな、頼んだ」


 そう言って広瀬さんは仕事に戻った。

 私は最上くんの隣の席に座り、


「大久保店行ってきたんだけど、ひょっとして最上くんって、身体のどこかが弱かったりする? 腰が痛いとか、肘を痛めた過去あるとか」

「……すいません、かっこ悪くて言えてなかったんですけど、実は昔自転車で事故って腰を痛めてるんです。その後、全く動けなくなって……。だから重たいものを持つのが怖いんです」

「なるほどね。いつもコピー用紙を運ぶ時、一気に持たないじゃん。いつも台車持ってくる。だからそうなのかな……と思った。でもね、何も言わずに帰っちゃだめ。無理だって私に一言言ってくれたら代われるよ」

「でも……男なのに……」

「店長に迷惑かけたら駄目なことに男も女も関係ないよ」

「はい……」


 横で最上くんが静かに頷く。

 私は続ける。


「でもね、営業はすぐに体力仕事を求められるの。でもそれは他の能力を見せられてないから、それなら力仕事してよってことなの」

「……はい」

「最上くんってデータ分析を大学でしてきてるんだよね。得意ならそれが得意な営業になったら良いんじゃないかな。うちは全店舗データあるけど、あんまり活用出来てないんだよね」

「……なるほど」

「最近だと石神井店。この店の問題点は今も旧式のレジ使っててPOSデータが上がってこないの。店長さんがそういうのがお嫌いで、まだ使えるレジを変えたくないってずっとおっしゃってる。でも売り上げは落ちてて……三ヶ月以内に判断迫られちゃうと思う。危機感は間違いなく感じてる。だから今なら話聞いてくれると思うの。だから可能ならレジの防犯カメラ見て時間と年齢層、それに購入品と、店内異動データを手入力してほしい。POSデータの手入力なんだけど。防犯カメラと最低限のデータはサーバーに上がっているから入力できるよ」

「ありがとうございます……。これなら出来ます、やってみます」

「店周りが苦手なら、私と行こう。そして慣れよう。営業はお店に顔を出すのはやっぱり仕事だよ」

「……はい」

「私は逆にエクセル得意じゃないから作業してもらえると助かる」

「はい……ありがとうございます」


 そう言って最上くんは頭をさげて仕事に入った。

 うちは「営業は顔出してなんぼ」みたいな所があるけど、使ってないデータは実はかなりある。

 というかデータを重要視しない……その場の雰囲気こそ、客を見てれば分かるという店長さんがかなり多いのだ。

 私はせっかくあるデータを、もう少し使えないかなと思いつつ、数字の列を見ると全部同じに見えてくるから、あまりしたくない。

 それにエクセルはちゃんとデータを入れたのに、数字ではなく意味不明な英語で答えてくる。

 使えるソフトだと分かってるけど、苦手意識がある。

 この事伝えておいたほうが良い気がして、石津さんと広瀬さんにSlackで簡易に連絡した。

 するとすぐに広瀬さんから私と最上くん宛てに『責任は俺が取るから、できることをしてみろ』とすぐに返信が来た。

 最上くんはさっそく作業をはじめていて、安心した。



 夕方に美香子は病院から戻った。

 検査の結果、少し薬を変えたこと、来週何度か検査にいくことを広瀬さんに報告した。

 広瀬さんは美香子に向かって「藤井に突然抜けられるほうが大変だから」と話していた。

 美香子は何度も頭を下げていたけど、顔色が良くなったように見えた。

 ちなみに私も手伝った新宿店の棚卸しは最速の25分で終わった。

 だから私は今日も17時に退社して仁菜の所にいける。

 広瀬さんが上司で本当に良かったと最近思う。


 


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― 新着の感想 ―
スパダリと言うか、スパ上司ですね。
いい上司といい同僚に恵まれたら、人も育ちますよね。 世の中そうでない環境が多いだろうことが問題なんだろうけど。
 問題起きた時に、責任追及じゃなくて問題解決に進める人ってすごいと思います。  鷹羽は、フォローに回ってもずっとイライラしちゃうので。
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