第5話 ももかの夢
朝からモモカとずっと話し続けている。
リビングでソファーに並んで座りながら、話をするのは楽しい。
貴族になって上流階級の気分になって話しているようだ。
要は雅やかな趣きを感じる。
「モモカはいつごろVtuberとしてデビューするの?」
俺はモモカに尋ねた。
「今から3ヶ月か4ヶ月後くらいだって」
今が6月だから9月か10月ごろか。
それくらいの準備で完成するんだ。
「それまで楽しみだね」
という。
「そうだね」
とモモカは答える。
「準備期間中は何をするの?」
俺はモモカに尋ねた。
「沢山やることがあるよ」
モモカは答える。
「覚えきれないくらいある。説明を聞きたい?」
俺は「うん、聞きたい」と言った。
「まずはVtuberとしての見た目や設定をこれから事務所と相談して決めてゆくの。わたしの希望が聞いてもらえるみたい」
モモカは俺に説明する。
「事務所の方と相談してこれから作っていくんだけど、さっき話した妄想が実現するかもって思うとワクワクするね。どんなのがいいかなあ」
と目をキラキラして話す。
「配信はそんなにしないかもしれないけれど、わたしが家にいるあいだ、パソコンで誰かと会話するかもしれない。うるさかったらごめんね」
俺は「いいよ」と返す。
「事務所と相談していろいろ決めていかないといけないんだね。なるほどなあ」
と分かったような感を出して言う。
「配信も時どきするかもしれない」
とモモカが言う。
「配信するの?」
と俺は疑問に思ったことを言う。
「うん。キャラクターが決まって動かせるようになったら実際に配信でテストしたりするんだって」
「なるほど」
Vtuberとしてカメラを通して動かすテストか。
そりゃあ、するよな。
しない方が変だ。
「カメラを使ってわたしの顔の動きに合わせてイラストを動かすソフトを使うんだけど、その動きに不自然なところがないかチェックするの。実際に配信をしてしゃべってみたり。それを報告したり事務所の人とどこを直すか話したり」
「今更だけど事務所のことやこれからのスケジュールのことをペラペラ話していいの?」
俺は不安になった。
「いいよ。お兄ちゃんはわたしのサポートをしてもらうって決めたから」
いや、それは独断だよね。
本当は良くないよね。
「特にデビュー配信に限ってはリハーサルもするんだって。初配信は重要だからって」
「へえ」
「そのリハーサルはお兄ちゃんも見て。限定公開のURLを教えるから」
秘密駄々洩れじゃん。
ヤバいよ。
「あと契約書にサインするときに緊急連絡先としてお兄ちゃんの携帯電話の電話番号を書いておいたから」
「いいけれど、俺ので良かったのか?」
モモカに聞く。
親の方がよい気が。
「頼りになるから」
一言だ。
そういうことらしい。
「それにわたしが企業Vtuberのオーディションに合格したこと知っているのお兄ちゃんだけだから。お母さんに話したら町内全部に言いふらしそうで」
「確かに。言ったらあしたには町中の全員がその事実を知ることになる」
恐ろしい速さで広まってゆくと思われる。
田舎は恐ろしい。
「間違ってお母さんに事務所が電話して、わたしが企業所属のVtuberだってことがバレたらと思うと安心して活動できないよ」
「そういうことならいいよ」
俺はモモカに言った。
モモカの幸せのため、俺はモモカの秘密を守りたい。
彼女の幸せを守る手伝いをしたい。
「そういうことだからお兄ちゃんの携帯電話を貸して」
「どういうこと?」
俺はモモカに聞く。
「マネージャーさんから電話がかかってきても誰か分からないじゃん。電話番号分かってなくても取ってくれる?」
「いや、取らないが。登録したいってことか」
俺はモモカに自分の携帯電話を渡した。
モモカは自分の携帯電話を見ながら、連絡先をいくつか登録してくれたようだ。
「これでオッケー。不審な電話ではないから取るように」
と言われた。
「分かった。電話がかかってきたら取るよ」
と伝える。
携帯電話は返してもらう。
「お兄ちゃんって友達少ないね」
「確かに」
「可哀想」
「本当に」
「いや、否定してよ」
「事実は変えられないからな。認めることこそ唯一の勝者の道だから。いっそ清々しくて気持ち良くなる」
「それでね。キャラクターの設定を練るときに会議するんだけど、わたしがマネージャーさんに伝えるだけじゃなくて、イラストレーターさんも同席して要望を聞いてもらうかもしれないって。憧れのイラストレーターさんと話ができる機会かもって今から嬉しくて」
「そんなことよりわたしの話を聞いて」という感じでモモカは話を進める。
俺の話は無視される。
「おーい!」と突っ込むと、「いいじゃん。どうでもいいことだし」と俺の言ったことは流される。
「時間を無駄にしたくないじゃん。話を戻すべき」と酷いことを言う。
「キャラクターを描いてもらいたいイラストレーターさんがいるの?」
「もちろん。何人か候補をあげて交渉してもらっている途中だよ」
「話せるといいね」
「うん」
羨ましい。
俺も有名なイラストレーターさんとお話がしたい。
そこはちょっと嫉妬する。
妹のことが珍しく可愛くない。
「言い忘れていたけれど、わたしは事務所のある場所の近くに引っ越して活動するわけじゃないから。地方在住のVtuberとして活動する予定」
「それは分かってるよ」
俺とモモカは地方に住んでいる。
「自宅で活動するってことだろ?」
「うん。一応確認のため」
「分かっているよ」
「本当は『引っ越ししていなくなれ』って思ってる?」
「なんで?」
「『お前なんか邪魔じゃ! 出てけ! 配信業なんていつまで経ってもできる仕事か? お前にそんな才能あるか!? 勘当じゃ』」
「そんなこと思ってるならヤバいやつよ」
「笑わないで聞いてほしい。わたしは」
モモカは真剣な顔で俺に言う。
「もしうまくいくんだったら、大学を卒業してもVtuberの活動で生活できるようになりたい」
「うん」
「専業Vtuberになって食べていけるようになることが今の夢なの。その一歩を踏み出したの。どう?」
俺は真剣な顔で語るモモカの表情をジッと見た。
俺もモモカの言うことを真剣に聞く。
「いいと思うよ。自分のやりたいことをやりなよ。ずっと同じことを言っているけれど、俺の意見はいつも同じだよ。支えになるなら助けてあげたい。その気持ちも同じだ」
「ありがとう」
モモカはホッとした顔で、俺に言う。
モモカが胸に溜めていたことを聞いたのは初めてだ。
夢に思っていることを言うのは難しい。
否定されたり馬鹿にされたりすると心が傷つく。
本当の自分をさらけ出すことは本当に困難だ。
「高校生のときに配信を始めて、わたしは配信が向いているなと思ったの」
「うん」
「『もし趣味を仕事にできたら素敵だな』って思って。それでVtuberが好きだったから『Vtuberになれたらいいなあ』と思っていたらオーディションを見つけて」
「それで応募したってわけか」
「そう」
「勢いあって行動力すごいよね」
「とりあえずやってみてうまくいくか試してみる。無理そうだったら周りと同じように就職活動して大学を卒業する。それがわたしの大学生活のプランかな」
とモモカは話す。
「うまくいくといいね」
俺はモモカに頷いてみせた。
「うん。絶対に今から行動して成功したところをお兄ちゃんに見せたいよ」
……。
「お兄ちゃんは夢がある?」
「俺はないな」
モモカは俺に提案する。
「お兄ちゃんもVtuberになったら?」
「は? 俺が? 冗談だろ?」
「いやいや、本気。お兄ちゃんも向いてると思うよ。だから、わたしは勧めているってわけ」
時計を見ると昼を越えていた。
「そろそろご飯を食べないと」
俺はモモカに言う。
「そうだね。お昼どっちが作る?」
「一緒に作ろう。なに食べよっか」
こうして二人でお昼の支度をする。
雑談は終わって共同作業になる。
黙々と料理をして、二人で手伝いながら昼食を食べる準備を整えた。