第一章:「暗雲、燕連邦より来たる」
陽が落ちかけた神宮の空に、風が唸った。
その風に乗って舞い降りたのは、燕の紋を刻んだ旗――
“燕連邦”、すなわち天空の戦団の軍旗である。
彼らは突然だった。
和平協定の破棄も宣戦布告もないまま、
甲子の北端――**越東の地「新宿ノ森」**に奇襲を仕掛けてきた。
鋭利な戦法、俊敏な兵、無音の突撃。
まるで「羽ばたきそのもの」が刃となったかのようだった。
そして、その戦の気配を最も早く察知した者がいた。
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「……風向きが変わったな」
軽く目を細めながら、甲子の北門に立っていたのは――
阪神王国・五虎大将軍のひとり、近本光司。
“風虎”の異名を持つ、王国随一の俊将である。
「先手を取る気か……ならば、こっちも走るまでだ」
その言葉と同時に、風が走った。
近本は馬に乗らない。己の脚こそが最速と知っているからだ。
刹那、兵の間を駆け抜け、敵陣の奥にまで到達。
指揮所を撹乱し、連携を寸断。――燕連邦の猛攻が、わずかに揺らぐ。
だが、すぐに立て直す者がいた。
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「……出てきたか、“五虎”のひとりが」
そう呟いたのは、燕連邦の副将にして“雷槍の若将”――村上宗隆。
稲妻の如き一撃と破壊力を誇る、連邦最強の突撃将だ。
「なら、俺が行く。風を止めるには、雷しかない」
村上が巨大な槍を構え、戦場へと歩を進めた。
雷鳴にも似た衝撃音が轟き、近本と村上、初の激突が始まる。
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その頃、阪神王国の本陣には、他の四虎が集結していた。
「奇襲にしては、動きが正確すぎる。……塩見の策か?」
静かに地図を指でなぞるのは、五虎の参謀将軍――中野拓夢(翠虎)。
「ここで一手間違えれば、前線が崩れる。すぐに対応を──」
「中野、構いすぎだ。俺が行く」
甲冑を鳴らして立ち上がったのは、五虎の雷撃将――佐藤輝明(雷虎)。
その双眸には、怒りの炎が灯っていた。
「勝手に踏み込んできやがって……思い知らせてやる」
雷虎は巨大な戦槌を担ぎ、進軍を開始。
その背を見送る大山が、低く呟いた。
「……皆、先に行ってしまうな」
守護将軍・大山悠輔(剛虎)。
彼はどっしりと本陣を守る。だが静かに、その拳を固めていた。
――戦の匂いが、遠からずここまで届くことを、彼は察していた。
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一方その頃、第一防衛線では、もうひとつの戦いが始まっていた。
「……あの動き、完全に狙ってるな」
弓を引いたまま戦場を見渡すのは、五虎中最年少、森下翔太(蒼虎)。
その矢の先には、“飛影の射手”――塩見泰隆の姿があった。
塩見は草木に紛れ、あらゆる角度から敵将を狙う暗殺の名手。
森下は、その殺気を正確に捉え、一矢ごとに彼の居場所を絞っていく。
そして――
「見えた」
森下が放った一撃が、ついに塩見の仮面を撃ち落とした。
「くっ……若造のくせに……」
燕連邦は後退を開始。
村上の前進も、近本との一対一に押しとどめられ、戦局は拮抗。
中野が指示を飛ばし、佐藤が破壊し、森下が封じ、大山が守り、近本が走る。
五虎、すべてが噛み合った瞬間――
神宮から飛来した燕の群れは、甲子の空を抜けることなく、退いた。
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陽は沈み、静けさが戻る。
だが誰も気を抜かない。これは、始まりに過ぎない。
「中野……どう思う?」
本陣に戻った近本が、静かに尋ねた。
中野は眉をひそめる。
「これは…偵察だ。真の戦いは、次だ」
そのとき、天幕を開けて使者が現れた。
「報告──西より“炎の気配”、あり」
次なる戦火は、“灼熱の竜”より迫る。
五虎大将軍、再び剣を取る時が来る。