第二章:「智、無数の線をつなぐ」
――小幡竜平の章――
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王国の中心、「策の塔」。
そこは、かつて参謀将軍・**中野拓夢(翠虎)**が居を構えていた場所。
無数の巻物と地図、兵法と予言書が並ぶその空間に、今は新たな影がいた。
小幡竜平。
文官のような顔をしながら、誰よりも“現場”を愛する新参の将。
彼は、師と呼べる中野の遺した記録を、夜ごとすべて写し取り、
独自の判断で再構成し続けていた。
「“戦は、点ではなく面”――違う。
いまは、“点をどうつなぐか”の時代だ」
かつて中野が布いた采配は、全体を読む“座標の戦術”だった。
だが時代は変わった。
敵は複数の小規模集団に分かれ、同時多発的に仕掛けてくる。
そんな中、王国北部にて報が入った。
「“黒金の残影”、再び活動の兆しあり」
かつて岡本和真が率いた巨人軍の末端が、山岳地帯で集結を始めている。
しかも、補給線を通さず、王国の村落を拠点に潜伏しているというのだ。
討伐部隊は何度も失敗。
剛力で攻めれば村が巻き添えとなる。
小隊では返り討ちに遭う。
完全な“戦えぬ敵”――
小幡は、対話ではなく「構造」で解決を目指した。
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「俺が行く」
策の塔にいた参謀たちがざわつく。
「直参部隊なしで?自ら現場へ?」
「いや、それがいい。俺は、“将棋”じゃない。
“囲碁”で戦う。線と線をつなぐのが、俺のやり方だ」
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小幡は、現地に入り、村民ひとりひとりの動線をすべて記録した。
敵がどこで補給し、誰が協力しているのか――直接問うのではなく、
**“沈黙の対話”**を通してそれを見抜いていく。
やがて、村の古老がぽつりと口を開いた。
「……あんた、話さずとも、よく見とるな。
あの男らは、夜に炊く煙だけで息をついとる。
西の林を焼かれたら、動くしかなかろうよ」
それは、戦術ではない。
“暮らし”に根ざした情報だった。
小幡は、ただ一手――西の林に、煙を焚いた。
炊煙は敵の補給線を断ち、
山を下りてきた残党を、無傷のまま包囲することに成功。
戦わずして、勝った。
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王都に戻った小幡は、塔に巻物を一つ納める。
「戦術は変わっていく。
だが“見る目”と“聴く耳”があれば、勝てる」
誰かが言った。
「あなたは中野将軍に似ていますね」
小幡は、ふっと笑う。
「違う。中野様は“道筋”を示した人。
俺は“交差点”を作る人間です」
策の塔の灯が、また一つ灯る。
そして次なる戦場は、遠く東の丘。
ひとりの若き射手が、空を見上げていた。