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第三話 機械技師の秘密

 まだ夏の遠いこの時期は、日が落ちるのがあっという間だ。まだ8時ごろでも、深夜の様な、飲み込まれる様な闇に包まれる。ヨハンは相変わらず黙ったままだと思っていたが、どうやらうとうとしているだけのようだった。


 そのとき、マリーの耳に、森の中を何かが動く音が聞こえた。音からして複数、それも野生動物ではなさそうだ。それと同時に、馬車が減速していることに気がついた。夜だからかと思っていたが、違う。乗客が自分たちしかいなかったのもそういうことか。そこまで分析して、マリーは強引にヨハンを起こす。


「うぉっ、ど、どうしたのマリー」

「静かに。……どうやら、つけられているようです。戦闘態勢に入ります。貴方は自分の身を守ることを最優先してください」


 乗客に気取られたと気づいたのか、馬車は完全に停車した。そして、案の定森の中から、数人の人影が出てくる。


「降りろ」


 御者がそう二人に命令する。ヨハンとマリーは目線で頷き合って、それに従った。ヨハンたちが降りると、馬車はあっという間に駆けていった。

 降りると、覆面を被った人間が5人。その体格から全員男だろうと推測する。

 リーダー格らしき男が話し始める。


「お前がヨハン・メルツァーだな?」

「……ああ、そうだ。一体僕に何の用だ」

「ふざけるな!」


 激昂するメンバーをリーダーは手で制し、いかにも冷静を装って質問を続けた。


「お前が魔女を殺す機械人形オートマタを作っている技師、ということで間違い無いんだな?」

「ああ。僕しか作れる人がいないからね、間違いないよ」


 あっさりと受け答えするヨハンに、マリーはどこか焦りのようなものを感じる。王都に入るときの門番と話すのはあんなに下手くそだったのに、何故この緊張感のある状況でこうも堂々としているのか。しかも何故正直に答えるのか。マリーの頭の中では様々な可能性が検討されているのに、それを待たずに、いつだって彼は自分に素直に行動する。


 ヨハンの回答からしばらくの沈黙があった。彼らの手には棍棒のようなものが握られており、いつ攻撃されるかわからない。マリーの神経は研ぎ澄まされ、5人全員の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らした。


「お前が……お前がいなければ」


 そのとき、先ほど怒りをあらわにした一人が、そう呟いた。それを皮切りに、雄叫びを上げながら殴りかかってくる男。他のメンバーも、一瞬遅れて攻撃に転じる。唯一、リーダーだけが想定外だったのか、止められずに動揺しているようだった。


 マリーはまず、最初に殴りかかってきた男の腕を掴み、相手の勢いを利用してそのまま投げる。そして次の男を腕で制し、腹部に一発、そして流れるように顎に的確に拳を叩き込み、気絶させた。彼から棍棒を奪い取ると、その間にヨハンに棍棒を振り翳そうとする男がいたので、間に入って奪い取った棍棒で受ける。当たり前だが、ヨハンを守るために作られているマリーの方が、大男より力が強い。それが予想できなかったのか、怯えるように一瞬引く男。その隙を見逃さず、マリーはそのまま相手を押し切って、男の体勢を崩したところで、鳩尾を強く殴った。マリーが一息ついたところで、ヨハンは最初に投げた男がマリーを締め上げようと向かっていることに気づいた。


「マリー、危ない……!」


 そう言ってマリーと男の間に割って入ろうとするが、マリーはくるりと華麗に回し蹴りを決め、それが男の脇腹にヒットする。そのまま首に腕を回し、気絶するまで締め上げた。


「貴方は守られていてください」

「……わかったよ、さすがだ」


 さて、とマリーは、リーダー格の男に近づいた。呆然と立っていたが、マリーに気がつくと、「ひっ」と怯えたような声を出して、身を守るような体勢を取る。


「な、なにをする気だ!」

「なにを、ですか。今度は私の質問に答えていただきましょうか」


 攻撃されないとわかって安心したのか、男はその場でへたり込んだ。マリーはさらに男に近づき、しゃがみ込んで目線を合わせる。そして、その覆面を取り去った。


「貴方は……異端審問のときに見た」

「知っているのかい?」


 覆面の下に隠れていたのは、異端審問の観客の中で唯一強く拳を握り、悔しそうに立っていた青年だった。そのことをヨハンに伝えると、ヨハンは彼に「魔女に操られてこんなことを?」と素朴に聞いた。


「違う! 俺は……俺たちはただ、魔女だからといって人権を無視されている彼女たちを救いたいだけだ!」

「その思考が魔女に操られていないとどうして言えるんですか」

「……何とでも言え。とにかく俺たちは、自分の意思で魔女の人権回復運動に取り組んでいる」

「でしたら、襲う相手を間違えていると思いますが」


 そのマリーの言葉が気に障ったのか、青年はその鋭い目を歪ませ、ヨハンを睨みつけた。


「なにを言っている。さっき、機械人形を作れるのはお前だけだと言っただろう! お前さえ……いや、お前の祖父さえいなければこんなことには……!」

「祖父?」


 マリーには初めての情報だった。もちろん、祖父という単語の意味はインプットされているが、よく考えたらヨハンの家族情報は全く知らない。そして、考えてもみなかった。そのことに、マリーは違和感を覚える。あえてプログラムしなかったとしか思えない。ヨハンが隠していること、あの読めない瞳と、何か関係があるのだろうか。


「お前の祖父がブルグ初の機械人形を作った。そしてあのメーラ妃の悲劇が起こった。そのせいで今がある。そしてお前はその悪を継いでいる。違うか!?」


 先ほどヨハンがマリーに語り聞かせた話。その中で出てきた機械人形は、一体誰が作ったのだろうとよぎってはいた。しかし、ヨハンの雰囲気から聞くことができず、そしてまた、聡いはずのマリーなのに、察することもできなかった。まるで、それを考えないようプログラムされているかのように。


 ヨハンは黙っていた。そして、またあの、後悔と深い悲しみが入り混じったような、少し諦めたような目で、彼を見つめていた。マリーは居ても立ってもいられなくなって、思わず会話に割って入る。


「だとしても。あの異端審問を行なっているのは貴方たち人間です。機械人形は単なる手段でしかない。貴方たちがどう使うかで生き死にが決まるんです。魔女の人権を回復したいなら、我々ではなく異端審問を善としている人たちに訴えるべきでしょう!」


「……っうるさい! 機械人形のくせに、感情などわかりもしないくせに、わかったような口を聞くな!」


 そこまで感情的になって、はっとしたように、地面に尻をつけたまま後ずさっていく。どうやら殺されるとでも思っているのだろう。


「……貴方をどうこうしようという気はありません。私はマスターを守るのが仕事です。貴方が攻撃しない限り、私が貴方を攻撃する、ましてや殺すことなどありませんよ」

「なぜ……なら何故、そう命じない!」


 ヨハンは黙っている。マリーが代わりに答える。


「マスターは、無益な殺生を望んでいません。もちろん、無闇に魔女を殺すことも」


 マリーは、呆然としているヨハンを抱きかかえた。


「馬車もありませんし、次の街に急がなければなりません。私たちはもう行きます」


 そのまま走り去っていこうとするマリーの後ろ姿に、青年は問う。


「じゃあ、俺たちは誰を憎めばいいんだ! なにをすれば世界は変わる!」

「……それは貴方たちが考えることでしょう。私が答えても、きっと貴方は納得しない。ただ一つ言えるのは、貴方たちの敵は私たちではないということです」


 そう言うと、マリーは駆け出した。次の街まではあと10キロ程度といったところ。彼女の速度なら、30分程度で着くことができるだろう。受け付けている宿屋はあるだろうか、と心配しつつ、マリーは抜け殻のようになってしまったヨハンを、できるだけ揺らさないように走るのだった。




 その日は幸いにも宿を見つけることができ、翌朝駅馬車に揺られて、二人は家に着いた。1泊3日の短い旅だったが、ここ数日間色々あったせいか、マリーは疲れを感じていた。魔女を撃退し、徹夜で機械人形を作るヨハンを支え、そして敵襲を退け、走って街まで行く。こんな経験は、マリーが作られてからの10年間、1度もなかったような気がする。「疲れ」というのは比喩的だが、マリーのエネルギーソースはさすがに切れかかっていた。


 ヨハンは相変わらずあまり感情の起伏がなさそうだったが、マリーのメンテナンスだけは怠らなかった。体が傷ついていないか調べ、心臓部にはマリーの核となる特別なエネルギー源を注ぎ込む。そして、彼女たち機械人形は日光で充電ができるため、ぼんやりとした目のまま、マリーを庭で最も日当たりのいい一等席に座らせた。


 マリーはそこで、ぼんやりと考えていた。何故ヨハンは、自分の家族のことについてプログラムしなかったのだろうか。そして何故、私が推測できないよう思考を制限していたのだろうか。活動家の男が「ヨハンの祖父が機械人形の開発者である」と言うまで、ヨハンが開発者なのだと信じて疑わなかった。ヨハンが生まれるまで、機械人形などないような気がしていた。悪女と名高いメーラの話も知っていたし、それがヨハンの生まれるずっと前だということはインプットされていたのに。その時点で機械人形があるということは、ヨハンのように機械人形を作ることができる人間がいたということなのに。


 そう言えば、彼の両親についてもなにも知らない、とマリーは思い至った。彼女に、彼の知らない一面があることが、どこかもどかしかった。

 マリーは日が落ちるまで、ずっとそのことを考えていた。




 それから数日後、家のポストに手紙が届いていた。高級感のある真っ白な封筒が、赤い艶の美しい封蝋で閉じられていた。差出人はヴァルター・シュタインベルクとなっていて、今まで何度か依頼してきたことのあるお得意様だ。


「マスター、ヴァルター様からの手紙が届いていましたよ」

「ああ、ありがとう。そこに置いておいて」

「今開けますね」


 ヨハンは、あれから1日経つと、いつも通りぽけっとした彼に戻っていた。戸惑いはあったが、マリーはあの一件については触れないでおくことにした。


 マリーが封筒を開けると、それは新しい依頼であった。どうやら、雇っていたメイドが結婚する関係で、一人減ってしまうらしい。そこで、マリーのような機械人形を一体作ってくれないか、という内容だった。すでにシュタインベルク家には一体の対魔女用機械人形と、マリーのように精巧なメイド型機械人形を納品しているが、予想以上にそのメイド型が良かったのだろう。納期は他の仕事との兼ね合いもあるだろうからそちらで決めてもらって構わない、金額については納品時に相談したい、と、丁寧に添えられていた。ヴァルター氏は、鉱山を持っている、国内でも有名な富豪の一人だが、物腰が丁寧で嫌な感じのしない人だ。


「ヴァルター様が、メイド型機械人形をご所望です。納期はこちらで決めて構わないと。返事を代筆しますが、どうなさいますか?」

「ええと、そうだなあ……マリーみたいなの、となるとかなり時間がかかるから、1週間後とかかな」

「2ヶ月後と返事をしておきますね。1日ごとのタスクを後程考えますので、少々お待ちください」


 王都への納品依頼の件から、少なくともマリーが確認できる依頼に関しては、マリーが管理すると、彼女は内心で決意していた。ヨハンは参ったように鼻を掻いたが、特に反論することもなかった。


 それから、毎日マリーの叱咤激励を受けながら、ヨハンは順調に制作を進め、新しい機械人形が完成した。前回納品した際は、黒髪のボブヘアーの女性だったが、今回は依頼者の希望で、茶髪のロングヘアー、かつ柔和な顔つきの女性になった。どうやら、以前のメイド型機械人形は子供が怖がっているらしい。

 王都の件があってから丁度2ヶ月。もう季節は夏になっていた。普段引きこもっているヨハンは暑さに弱い。寒さにも弱いが。ヴァルター氏が手配してくれた馬車に乗りながら、マリーはヨハンの顔に冷たいタオルを当ててやった。


 立派な屋敷の門を、待機していた執事が開き、そのまま玄関口まで通される。重厚な扉を、いかにもベテランといった風貌の老紳士が丁寧に開けた。中に入ると、ずらっと並んだメイドや執事が出迎えてくれた。その中に、お辞儀をするタイミングを間違えて焦っている青年がいた。その光景にマリーは見覚えがあった。1年ほど前にヴァルター氏に納品しに行ったときにも、同じようなことがあったからだ。しかも同じ青年であることを確認し、人間の成長は遅い、とひっそりとマリーは思った。

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