優しい時
リバイバルシードもよろしくお願いします。
「明石さん、面会は未知瑠お母様の体力を考えて20分だけですよ?」
50代半ばの看護婦がこちらを気色悪い者を見る目で睨むように告げる。
「はい、面会時間過ぎてるのに、ありがとうございます」
僕、明石透は小さくお辞儀して母の病室に入った。
母、明石未知瑠の病室は一人部屋。
重い病気で体力が無く免疫力も低下しているから、という医師の計らいらしい。
母のいるベッドを見る。
白髪混じりの母はリクライニングするベッドに座りこちらを静かに見ている。
過労で倒れるまでは膨よかだったのに、今はマネキンの様に細い身体をしている。
「母さん・・・来たよ・・・大丈夫?」
僕は母から視線を逸らしながら、恐る恐る言う。
そんな僕を母は弱々しいが優しい笑顔で一度頷くと、
「透、家から出るのも怖がってたあなたが、勇気を出して私のお見舞いに来てくれたんだもの、ありがとう。道を歩くの怖くなかった?」
「だ・・・いじょうぶだよ・・・へっちゃらさ、あの、これ花・・・一人でお見舞いなんて初めてだから花屋さんに選んで貰ったから、なんて花か知らないんだけど、お金無くて一本しか買えなかったけど、綺麗だろ?」
辿々しく話しながら片手に持ったセロハンで円筒状に包まれた花を母に見せる。
「コスモスね。コスモスの花言葉を知ってて買ってきたの?」
「花屋さんにいくつか選んでもらった中で一番綺麗だったから、それにしただけだよ。あまり良くない花言葉なの?」
「ううん、知らないのに選んでくれたんだ・・・ならすごく嬉しい・・・」
そう言って、母は少し苦しそうにコスモスの匂いを嗅ぐ。
「教えてよ・・・」
「はあ〜、良い香り。ありがとね。コスモスの花言葉は今はあなたと話したいから後で調べなさい」
「わかった、帰ったら調べる・・・」
「そうしてちょうだい。あなたも辛いわよね。せっかく入った進学校を辞めて父さんの手伝いをしてくれて、去年の、父さんが亡くなるまで15年お疲れ様でした」
僕は巷じゃ有名な進学校に通っていたが父親の心臓の持病を理由に退学し、家業を手伝うことにしたのだった。そんな家業もあまり儲かるものじゃ無く、母は近所のスーパーでパートをしていて体調を崩した。そして、今では薬と機械の補助がなければ呼吸も苦しい状態だった。去年、父親は心臓が悪いのに無理をしたのだろう、他界した。母も父が亡くなるのに伴って病状が悪化した。鼻に刺した管を見るたび僕は母が気の毒で直視できなくなる。
僕は理由があるにせよ進学校を退学したことで悩み、外に出るのが怖くなった。退学したのには他にも理由はあるのだが。家業を手伝う時以外、コンビニに買い物に行く程度しか外出しない。それも15年も・・・。
「友達の下田くんの会社で雇ってくれるなんて、あなたも良い友達持ったじゃない」
「うん、面接は形式的なもので受けなきゃいけないから緊張するけど、基本給20万だって、悪くない話だろ?」
「充分充分、よかったわね‼︎」
母はそう言った途端酷く咳き込んだ。
「母さん‼︎」
「ごめんごめん、ちょっと横になるわ・・・」
母はそう言ってリクライニングベッドを倒して横になる。
母の顔は先ほどまでより明らかに青白い。
「大丈夫なの?」
「お母さんは結構丈夫なの。・・・ねえ、透?」
「何?」
僕は不安になりながら母の質問を待つ。
「あなた、退学する時、妙に後悔なさそうだったけど、本当は何があったの?」
「何もないよ・・・」
「今お母さんが死ぬとして、本当のことを知らないで後悔なく死ねると思う?」
「縁起でもないこと言うなよ・・・、卑怯だな・・・わかった、話すよ」
「うん、聞かせて・・・」
「下田がクラスメイトに馬鹿にされてたから、ちょっと怒った」
「うん」
「そしたらさ、みんなにハブられるようになった。運動会や文化祭の打ち上げにも一人だけ呼ばれなくてさ・・・でも、いいんだ。気にしてないから、それより父さんの手伝いをしなきゃって思ったから退学したんだ」
「嘘。それが一番の理由でしょ? もっと酷いことされたのもあなたの顔を見ればわかるんだから、お母さんを甘く見ないでちょうだい・・・昔から勉強が好きで、学者になりたいなりたいってばかり言ってた子がもう少しで夢が叶うって時に父さんを理由に諦めるわけないでしょう? お母さんには通用しません」
母はまた咳き込む。
「ねえ、看護婦さん読んだ方が・・・」
「呼ばないでちょうだい、自分の事だもの、もう直ぐなのは自分でわかる・・・最後にあなたと話したいから邪魔を入れたくないの・・・」
そしてまた咳き込む。
「本当の理由・・・聞けてよかったわ。不器用な子ね・・・下田くんを庇わなきゃ夢が叶ったかもしれないのに、でも、お母さん嬉しい。自分を犠牲にしてまで友達を守ろうとするあなたに育って、ごめんね。もっと悪い子に産んであげれたら、今頃夢も叶えて幸せになっていたかもしれないのに・・・」
「俺は母さんがいたから今だって幸せだよ!」
素人目にもわかった、母の命はもう・・・
「15年も同い年の子が幸せになっていくのを指を咥えて見ていたあなたには・・・残酷な言葉かもしれないけど、お母さんは、自分が不幸になってまで友達の幸せを願って戦ったあなたで安心しました・・・」
そう言って母さんは虚な目で虚空を見上げる。
「母さん‼︎」
なんとか母さんの意識を繋ぎ止めなければいけないと思った。
「聞こえてる・・・」
「子供の頃さ、約束したよね? 大きなダイヤの指輪を大人になったらプレゼントするって‼︎ 俺‼︎ 下田のところでいっぱい稼ぐからさ‼︎ 出来るだけ大きなダイヤの指輪‼︎ プレゼントするから‼︎」
「うん・・・心配してたことがひとつ解決したわ・・・」
「?」
こんな時に何を言っているのだろう母さんは?
「赤ん坊の時しかあなた泣かなかったから、学校辞めた時も・・・辛くても泣けない子だと思ってたの・・・あなた・・・今泣いてるわ」
初めてだからわからなかった、僕の目からは涙が顎から床に垂れるまで流れていた。
「あれ・・・おかしいな・・・う・・・大丈夫だよ・・・俺は母さんに似て強いんだ・・・目にゴミが入ったんだよ・・・それよりさ、ダイヤの指輪絶対買うから‼︎ 待ってて‼︎」
「うん・・・楽しみに・・・してる・・・どこの、おやこ…でも…冗談…で…する……やくそく…よ…? ま…にうけちゃっ…て……」
母の目尻にも涙が溜まっている。
「うん‼︎ 絶対、絶対‼︎ 約束するよ‼︎ だから待ってて‼︎」
「泣け・・る子・・でよかっ・・・た・・待っ・・・てるから・・・ちゃんと・・・守ってね・・・?」
もう否定できないくらいの涙が僕の頬を流れていた。
そして、もう母が口を開くことはなかった。
「俺‼︎ 下田の会社でしっかり働くから見てて‼︎ とびきりのダイヤの指輪あげるから‼︎だから…だからね…それ…まで…ゆっくり……うぅ…おやすみなさい……」
僕は母さんの為に泣くことが出来て、自分も救われたんだ…。
後で調べたがコスモスの花言葉は「愛情」らしい。僕は偶然かもしれないけど、最期に母さんに愛情を形にして伝えられたんだ。母さん…情けない息子でごめんなさい…産んでくれて、優しくしてくれて…ありがとうございます。僕はあなたを、愛しています。もし来世があるのなら、また僕を産んでくれますか? それが叶うなら、僕は抱えきれない両手いっぱいのコスモスの花束をあなたに渡したいです。きっと、あなたは困ったように、でも嬉しそうに笑うのでしょう。あなたを嬉しさで困らせたい、僕は意地悪でしょうか?
そして、今度はあなたにこんな厳かな最期を迎えさせはしません。あなたはたくさんの笑顔に見送られ満たされた笑みを浮かべ眠りにつく、それがあなたのあるべき最期だと、僕は思うのです。あなたは微笑みの近くに居るべきだ。僕はそれだけは自信を持って言えます。母さん、僕とあなたは次は逆の立場で出会うかもしれない。人間じゃないかもしれない。どうであれ、僕はあなたを愛し、あなたの幸せを願うと約束します。その時が1秒でも早く来ることを僕は切に願います。ただ今は、あなたが次の生を受けるまで、安らかに、穏やかに、眠れたらと祈っています。
一応、自分で考えた話なのですが、何かに似ていたらすみません。次回の更新はいつになるかわかりませんが読んで頂けたなら幸いです。