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第75話 エピローグ



2025年2月12日(水) 



》石上陽



 ガラガラ、と水都が扉を開けてくれる。


「こんにちはー。」


「陽!」

「陽クン!」

「石上!」


 みんなが一斉に、こちらを見る。


「陽! 調子はどうだ?」


「あ〜、留年スレスレだから、補習ばっかでうんざりだよ。」


 悠とのやりとりで、みんなが爆笑する。


「陽クン、今日はできそう?」


「はい、もちろん、やらせてもらいます。」


「よっし! じゃあ今日もヨロシクぅ!」


 桐谷先輩がグーサインを送り、みんなが笑い合う。


 外は寒いのに、ここは明るいな。


「陽、今日は痛むか?」


「ん、日に日に良くなってるから。スプリングコンサートも近いんだし、いつまでもジッとしてらんないさ。」


「そうか。じゃ、頼むぞ?」


 大翔がグーを出してくるので、グータッチで返す。


「水都も、自分の準備していいんだよ?」


「ううん、聖良ちゃんにお願いしてるから。先に練習室に送るよ。」


「ん、そっか。分かった。じゃ、そうしてもらおうかな。」


「うん!」


 水都が車椅子を反転させようとしてくれる。


「陽! 基礎合奏終わったら、今日も頼むな〜!」


「……おう!」


 悠たちパーカッション四重奏と、愛菜たちダブルリード三重奏は、3日前のアンコン東海大会で全国出場を決めた。3月に福井で行われる全国大会に向けて、猛練習中だ。

 大翔たち金5はダメ金だったけど、十分大したものだと思う。


「じゃ、行くよ?」


「うん。よろしくお願いします。」


「もう……。」


 敬語で返答したことに、水都が不貞腐れている。


 一度水都と視線が合ってから、車椅子を反転しようとしてくれる。


 部室から練習室までは階段なので、一度校舎を裏手に出て大きく回らないと練習室まで行けない。

 一人で行くからと言っても、ガンとして水都は引かない。

 仕方なくも、お願いすることにしている。


 水都が反転させる様子を、桐谷先輩が腰に手を当て、フッと息を吐きながら微笑んでいる。


 愛菜もこちらを見ているが、裕貴と仁が一緒にいてくれている。


 僕たちは小さな裏口を出て、校舎を迂回する坂道に向かう。


《ゴロゴロ……》


 タイヤがアスファルトを噛む音が、静かな校舎裏に響く。

 僕一人では進みにくい道を、今は水都が押してくれている。

 その事実が、なんだかこそばゆくて、温かい。


「水都、寒くないか?」


「ううん、全然。今日は少し、あったかいね?」


「そうだね。」


 今日は風も無く、午後の日差しが心地良い。

 葉の散った枝に止まる、鳥のさえずりが歌うように聞こえる。

 二人で、その声を聞く。



 何度も、思う。


 夢のようだと。



「家の進捗は、どんな感じ?」


「うん、さっきお父さんからLINEあって。来月末には、住めることになりそう。」


「そうか! よかったね!」


「うん……両手を上げて、喜んでいいのか……。」


「何言ってるの。当たり前じゃん。」


「ん……だって。ちょっと遠くなっちゃうし。」


「は〜。隣じゃない。」


 はは、と二人で笑う。



 退院したあの日、河合家の皆さんが()()()に出迎えてくれた。


 そこで、大翔、瀬馬さん、ウチの家族にも来てもらって、事の経緯を説明することにした。


 実は、転生したこと。

 48歳で事故で亡くなり、小学生に戻ったこと。

 転生前、水都がガス爆発をきっかけに亡くなったこと。

 それを阻止するために、たくさんの準備をしてきたこと。

 そして、水都の全国大会への夢を、どうしても叶えたかったこと。



 ……大変だったな。

 怒鳴られるわ、泣かれるわ、叱られるわ。


 まあ、そりゃそうだよな。


 でも、本当のことを打ち明けていても、誰にも信じてもらえなかっただろうし。

 信じてもらえていたとしても、止められていたかもしれない。

 何より、あの現象。

 ガス爆発の日付が、変わったこと。

 本当のことを言って、あんな、運命の修正力みたいなものが他でも働いていたら、どんな恐ろしいことが起こったか、分からない。

 結果、オーライ。……だと信じたい。


 二度と、あんなことはしないでくれ、と再三言われた。

 さて、どうかな……。


 でも、また水都の笑顔を見ることができるなら。

 一緒に歩める機会をもらえたのなら。


 この選択は、間違っていなかった、と思う。


 水都の話は、聞いた。


 おそらく、話の女性はアメノウズメ。


 矢北のみんなの演奏が天を喜ばし、アメノウズメの舞によって、こんな奇跡が起こったのだろう。


 ただ、水都がアメノウズメと手を交わした時、“契り”みたいなものを感じたそうだ。

 だから、この話は水都と僕だけに留めておきたい、と。


 ……そうだな。

 僕らの手に余るような、大きそうな話だからな。



“筆は癒しの力を秘め、舞の軌跡を記すものでした。

命書は歪波を開き、命を織り直す機を与えるものでした。


そしてアメノウズメはこう定めました。

音楽を天の領域まで高め、深く人を信じ、愛する者にこそ、

光筆と命書は授けられる。命の理を織り直す者こそ、

その力を継ぐにふさわしい。

音で人の心を癒し、時を越えて命を織り直す者は、

信と愛を貫く心によって、未来を開くのです。“



 こんな機会をいただけて、感謝しかない。


 そして、水都の愛にも———。



「あ、みんなもう着いてるみたいだよ。」


 ゆっくり回ってきた僕らに対し、みんなは階段で降りてるから、準備が整っているみたいだ。


 会議室棟の玄関から入り、練習室に入る。

 みんな、思い思いに音出しをしている。


 未来が前に来る。



「じゃ、みんな、今日もよろしくお願いします! アンコン組は基礎合奏後にレッスン! それ以外はスプコンのステージ2の練習! 何か、連絡はありますか?」


 何人かが連絡事項を伝達し、それを終える。


「OK、じゃ、陽、よろしくね?」


「ああ。」


 笑顔でグータッチする未来。


 僕は車椅子を降り、指揮台に、座る。


「起立!」


「よろしくお願いします!」


「「「「よろしくお願いします!」」」」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 みんなが席に座る。


 みんな、ニコニコしてこっちを見ている。


 水都、美音、未来、大翔。

 桐谷先輩、柵木先輩、宇佐美先輩。

 全員が、僕の合図を待ってくれている。



 さあ……


 うたおうか。



「じゃ、B♭(ベー)から!」


 タクトを上げる。

 息を吸う音。


《—————————》



 合図に合わせ、基礎音のチューニングB♭が響き合う。 


 ズレのない、透き通った響き。

 命の振動が、僕の体を包み込んだ——————。




ー・ー・ー・ー・ー



 水都のあの“フルート”は、おそらく“信愛の光筆”。


 今、手元にあるわけじゃない。


 何かの条件で、顕現したのだろう。


 きっと、水都の信じる心、愛する心に救われて……。




 どうして、僕が生き残ったか。


 命書のことは、みんなに話していない。


 退院後、命書を開いた時。


 そこには、想像を遥かに超えたことが、追記されていた。



『ガス爆発による負傷 未発生 河合水都 +19154日』

『石上陽 -19154日』


 即死じゃないか……。


 と思ったが、その下。



天津空(あまつそら) ()でし調べに 八千代(やちよ)() 

一つに編みて 明日に繋がん』


『河合水都 -1000日』

『岩月大翔 -1000日』

『椎名美音 -1000日』

『狩野未来 -1000日』

『桐谷有純 -1000日』

『柵木結愛 -1000日』

『宇佐美奏 -1000日』

『安藤守 -1000日』


『石上陽 +8000日』


 …………。


 並んだ名前を見て、息が止まりそうになった。


 マイナス、1,000日。

 約3年。


 大翔たちの3年。先輩たちの、先生の、3年。

 みんなの人生の一部を、未来の一部を、僕が喰らって生きている。



 “八千代”……これがおそらく、8,000日、ということなのだろう。


 みんながくれた、1,000日……。


 指先が震えた。

 この命は、もう僕一人のものじゃない。


 いただいた、チャンス。

 きっと、意味があってこうなったはずだ。



 ———上等だ。


 必ず全国を掴み取ってみせる。



 命書とその記載のことを、伏せ続けてでも——————。










    『警告』






『命数 千日を下回りしにより

残りの月日を告げる 「余命の(ことわり)」 ここに開かれん

心 研ぎ澄まして (とき)を歩まれよ』





    『余命残 249日』








〜 「日本書紀 神代巻補遺」より 〜


歪波命書ゆがみのめいしょ


天の調べを奏でし者に与えられし、時を遡る(おり)

願うは再演。代償は、信愛なる者の(いのち)

その刻限、千の日を割りし時、終わりの(ことわり)が告げらるべし。


信愛光筆しんあいのこうひつ


天を癒す調べに与えられし、理を書き改むる筆。

三つの信愛が重なる時、その筆、命の重さを形と成す。

(しょ)に抗えるは、筆のみ。

筆を執れるは、書を持つ者にあらず。

信と愛によりて結ばれし、(つい)なる者なり。



命書と光筆は待たん。

命の代償(あがない)なる理より、(おのれ)を解き放つ者を。





 隣の彼は転生指揮者 ~余命を削って、吹奏楽で「運命」を書き換える~



    前編  完


 






——————


最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。

初作品でしたが、陽と水都、そして部員たちの「キセキ」をここまで見守っていただけて、作者として感謝の気持ちでいっぱいです。


さて、物語はここで一区切りとなりますが、彼らの戦いはまだ終わっていません。

残された「249日」の意味。そして、全国大会への道。


命をつないだ陽と水都が、全国の舞台でどんな奇跡を起こすのか。

竜海高校をはじめとするライバルたちとの決着はどうなるのか。


私自身、彼らが掴む未来をクライマックスまで描きたいと願っています。

もし、皆様も彼らの続きの物語を見たいと思っていただけましたら、感想や評価など、何らかの形で足跡を残していただけると幸いです。

その「声」を原動力に、後編の執筆に向かうことができればと思います。


ありがとうございました!




 

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