表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/90

第74話 day X+10(4)


 部屋に、私の全身が入る。


 全く何も聞こえない、無音の空間。


 後ろを振り返る。


 女性が、壁に手を当てて、私のことをじっと見ている。


「壁……。」


 私は、入れた。


 陽くんを一度見て、女性にもう一度頷いてから、私は陽くんに向かって歩いていく。


 陽くんは、私に気づいていないようだ。


 陽くんの鍵盤を弾く指は激しく動いているのに、空気は震えない。

 まるで、世界そのものが死んでいるかのような、完全な静寂。


 陽くんは、こんな孤独の中に、ずっと独りで……。


「……っ!」


 近づくと、陽くんは半透明だった。


 ……。


「……陽くん。」


 声を、かける。


 全く、私に気付かない。

 ピアノを、弾き続けている。


「……陽くん?」


 陽くんの肩に手を置こうとする。


「……えっ!?」


 ……手が、すり抜けてしまった?


「え……陽くん!?」


 肩じゃなく、腕や手を触ろうとしたけど、すり抜けてしまう。


「陽くん……陽くん!!」


 ……ダメだ。

 どんなに声を上げても、聞こえていない。


 ずっと、楽譜を弾いて……。


 そんなに……何を……。


 陽くんが見ている楽譜を覗く。


「さくらの……うた……。」


 フルートの、ソロコンの……。


 やっぱり、あの時の……。


 私も、目に溜まる涙で、よく楽譜が見えない。


「陽く……」


 もう一度声をかけようとした時———

 陽くんが、弾くのを止めた。


 そして、スマホを取り出し、何かを入力している。


 しばらくそのまま画面を見つめ……苦しそうにうずくまった。


「…………。」


 陽くんは上を向いて、口を開き、泣いている。

 声は聞こえないけど、見ていられない……。


「何を……。」


 私は涙を拭い、スマホに何を打っていたか、覗いてみた。



{水都、無事かな。返事をください}


{ガス爆発から、何も助けられなくて、ごめん}


{病気から、何も助けられなくて、ごめん}


{あの約束を、守れなくて、ごめん}



「うぅっ…………!!!」


 こんな……。


 陽、くんは、こんな、ことを……。


 バカ……陽、くんの、せいじゃ、ないじゃん……。


 なのに…… なのに……。


 一人で……ずっと……。



 陽くんは、鍵盤に握った手を乗せたまま、下を向いて泣いている。


 そして、また前を向き、

 最初から“さくらのうた”の伴奏を始めた。


 聴こえない、伴奏。

 陽くんの手元、鍵盤が動くのに、震えない空気だけが、浮かんでいる。



「うっ…………うっ…………。」


 私が泣いていると———


 左手で持っている、フルートが光り始めた。


「…………えっ?」


 驚いて、フルートを見つめる。


 …………。


 バッ、と後ろを振り返る。


 女性が、真剣な目で私を見ている。


「…………。」


 再び陽くんを見る。


「えっ!?」


 ———()()、なってきている?


 半透明の陽くんが、もっと薄くなってきている……!


 さらに光だす、フルート。

 私を……呼んでいるかのように。



 聴こえない、泣き声。

 聴こえない、ピアノの音。

 返事の無い、LINE。

 全てが止まっている、この部屋。


 ……そうじゃない。


 そうじゃないよ。


 私は、フルートを構える。



 ねえ———。


 私の(こえ)を、聴いて——————。



 陽くんの手が、

 ”さくらのうた“の、最後の間奏に入る時———


 私は、フルートを……鳴らした。



https://youtu.be/3-kikFcGJZ0?t=182



《レ———シ♭ド レーファシ♭ーソ ラソファ———》


———それは、花びらのように優しい、私たちの「さくら」の旋律。


『!!!』


 半透明の陽くんが、驚いて私を見て、手を止める。



《レミ♭ファ ソーシ♭シ♭——— ソラシ♭ー ドーファレ———》



 吹き続ける私を見て、

 陽くんは口を開き、振るわせながら、ずっと見ている。



 陽くんの、信じてくれた音だよ。


 私も、陽くんを信じてるよ。


 だから、一緒に、ずっと、演奏しよう?


 一緒にいよう?


 一人じゃ、ないよ?



 私が、いるから———。




 私は、合図を送る。


 陽くんが、一緒に構える。



https://youtu.be/3-kikFcGJZ0?t=217


《ソドレ ミ♭———レミ♭ レードシ♭ーファ ソ———》


 最後のサビ、陽くんのピアノが入る。


 陽くんの身体に、色が戻ってくる。


 ずっと、鳴らせなかった音が、無音を打ち破って———。


 陽くんは涙を流しながら、これまで無いくらい、鍵盤に力を込める。


 私はその大地から飛び立つように、フルートを羽ばたかせる。



 いつしか、無機質な黄色の壁と床が、大きな破片に割れ落ち———


 部屋は、桜の木が窓から覗かせる、部室になった。


 部室の、木の匂い。

 楽器ケースの棚の、埃っぽい空気。

 桜色の陽光と一緒に、(うた)い上げる、大好きな曲。



 二人で———。


 これからはずっと、二人で———。

 




 曲が、終わった。





『水都…………。』



 私は、陽くんに手を伸ばす。



 その手に陽くんが手を合わせようとした時———



 部屋が、真っ白に光出した——————・・・




   *  *  *



《ピッ………ピッ………ピッ………》



 …………。


 ここは………?


 さっきの、ICUの扉……?


 私は、扉の窓に、手を当てていた。



《ピッ………ピッ………ピッ………》



 さっきのは……一体……。



 陽く…………



「っ!!!!」



 手が…………


 手が上がってる!!!


 心拍も!!



「陽くん!!!」


 ICUの扉のボタンを叩き、部屋に駆け込む!!


「陽くん!! 陽くんっ!!!」


 伸ばされた手を、両手で握る!


「陽くん!!」


「み…………」


 っ!!!


「水都…………?」


「陽………くんっ…………!!」


「水都……ここは……?」


「病院の……ICUだよ……!」


「I……CU……?」


 …………。


「水都……怪我……でもしたのか?」


 っ!!


「バカ……バカバカバカ!! 陽くんのバカ!! なんで、こんな時まで!!」


「え……?」


 冷たい手を握り、泣いてしまう。


「水都……大丈夫か?」


 返事、できない。

 大きく、首を横に振る。


「怪我は……無いのか?」


 大きく、頷く。


「今日は……何日?」


「うっ……うっ……12月……24日……。」


「えっ……?」


 陽くんが、目を見開く。


「ごめん……もう一度……何日?」


「にじゅう……よっか……。」


「え…………。」


 陽くんの手が、震え出す。


「越え、た? ガス、爆発は?」


「うっ……うっ……起こった……。」


「えっ……水都……無事なの、か……?」


「うっ……うん……。」


「え……?」


 …………。


「本当に……無事なのか……?」


 私は、大きく頷いた。


「あぁ……。」


 陽くんの目に、みるみる涙が溜まっていく。


「あぁ………あぁぁ〜〜〜〜〜………。」


 大粒の涙が、こぼれ始める。


 わかる。

 わかるよ。

 この涙の意味、わかってるよ。


「あぁぁ〜〜〜〜〜っ、あああぁ〜〜〜〜………。」


 陽くんが、泣き続ける。


 二人で、手を握って泣いた。



 お医者さんと看護師さんが駆けつけた後でも、


 私たちは、ずっとずっと手を、握っていた。




 




明日も更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ