第68話 day X-2 来年の約束
》12月12日(木) 矢作北高校近くのファミリーマート 石上陽
「はい、これ。」
「え、いいよ、いいよ。」
「そのつもりで買ったんだし。食べて?」
「…………うん、ありがとう、ね。」
水都が湯気の立つあんまんを両手で受け取り、小さくかじる。
「……ん。美味しい。」
白い息を吐きながら、ファミリーマートの前のU字の柵に腰掛けて、みんなで食べる。
部活帰りの冷たい風が吹くけれど、この湯気のおかげで少しだけ温かい。
「もう、すっかり暗くなったね〜。」
「ああ。未来は暗いけど帰り、大丈夫か?」
「ん? いつも通りだよ。バスもあるし。平気。」
「あれ〜、私が聞いたのに、未来ちゃんの心配の方が先〜?」
「……そんなつもりじゃないんだけどな。」
カラカラと笑う美音。
その横で未来は顔を赤くして俯いている。
———昨日、今日と行われた、アンサンブルコンテストの校内予選。
総勢十二チームという、聞いたことのない数の校内予選で、一校四チームしか出られない枠を競い合った。
公平に投票が行われた結果、出られることになったのは以下のチーム。
愛菜たちのダブルリード三重奏。
桐谷先輩たちのクラリネット六重奏。
悠たちのパーカッション四重奏。
そして、美音、大翔、未来たちの金管五重奏。
水都が出ていたフルート四重奏と、木管五重奏は僅差で漏れてしまった。
「惜しかったな。」
「ううん、吹いてて、そうなるかなって思ったし。」
「そんな!」
「ううん、ありがと。でもね。」
水都が、あんまんを持ったまま夜空を見上げる。
その瞳は、負けた悔しさよりも、もっと先を見ているように輝いている。
「すごい、楽しみなんだ。みんな、すっごく上手くなってる。」
確かに、上手くなっている。
落ちてしまった八チームも、落ちて当たり前ではなく、本気で勝ち取りにきていた。
毎日、時間さえあればレッスン室の奪い合いになり、廊下の隅まで熱気が満ちていた。
掛け持ちのメンバーは取り合いになっていた。
これまでの部活の中で、一番活気があったんじゃないだろうか。
「たぶん、歓迎演奏だって、難しい曲でもできるよ。ううん、スプリングコンサートとか、やってみてもいいかも。」
水都が、こっちを見て無邪気に笑う。
……そうだな。できるな。
「新入生も入ってくるでしょ。吹奏楽祭の演奏を聴いて、矢北に入るのを決めてくれた上手い子もいるかもしれない。そうなれば、柵木先輩、桐谷先輩たちもいてくれる中、すごいチームができる、と思う。」
「そうだね〜。楽しみだね〜。」
「おい未来。部長よりもしっかり、部の未来を見据えたことを言ってるぞ?」
「ええっ!? そんな……。アタシだって、考えてるもん……。」
「はは、冗談だよ。それを考えるために俺たちがいるんじゃないか。」
「はいい〜、肉まんよりもアツアツな話は、後でしてくださ〜い。」
「えええっ!?」
ボシュウゥ、と未来の頭から湯気が出る。
水都と目が合い、二人で笑う。
「……年内にもう一回、リーダー会、開こう? 今後の方向性、みんなで考えると、きっと楽しいことになるって、思うんだ。」
「ああ、そうだな。来年の話、たくさんしよう。」
僕は、あんまんを頬張る水都の横顔を見ながら、ポケットの中のスマートフォンに触れる。
中には、河合家に半ば強引にプレゼントした、来週末12月20日からの家族旅行の予約完了メールが入っている。
(大丈夫なはずだ。ガス爆発があったとしても12月20日。準備はすべて整った。)
来年の春、水都はここでフルートを吹いている。
スプリングコンサートも、新入生の歓迎も、全部叶う。
そのための「箱舟」は、もう用意してあるんだから。
「さんせい〜。」
「いいわね。でも……変なこと言うのはやめてよね? 私にも威厳が……」
「未来ちゃんに、そんなことみんな期待してないって〜。」
「……ええー!?」
「と言うか、未来だから話しやすいってこと、たくさんあるのがみんなにとって魅力なんだと思うぞ。」
「……もう、そういうとこだってー……。」
ははは、と四人の笑い声が夜の街に溶けていく。
「あ、雪!」
誰かが声を上げた。
見上げると、寒空の中、チラチラと舞う白い光。
「うわぁ、綺麗……。」
水都が手を伸ばし、掌に落ちた雪片を見つめる。
儚く溶けていくその白さは、あまりに美しくて。
みんなの喜ぶ顔は、店の光に照らされて眩しく見えた。
この幸せな時間が、永遠に続くと錯覚してしまうほどに。
Xデーまで、あと8日。
大丈夫。
この笑顔を、守れる。
そう、僕は信じていた。
(———運命の日まで、あと———)
(——— 2日———)
明日も更新します。




