第67話 day X-22 忍び寄る危機
》11月22日(土) 井田学区市民ホーム 駐車場
地域の防災訓練。
消防士を招いて、長い説明を聞くたくさんの大人の中に、少し違和感のある存在が。
「……では、実際にやってみましょう。最初にやってくださる方は?」
「はい!」
石上陽。
彼が真っ直ぐと、手を上げる。
「あ、いいですね。では、こちらに。」
消防士に案内されて、心臓マッサージの人形のところに腰を下ろす陽。
参加している大人からは「いいわね〜、熱心ね〜」という声も聞こえる。
人形に向かって、肩を叩きながら叫ぶ陽。
「大丈夫ですか!? わかりますか!?」
「誰か来てください! あなたは119番通報してください! あなたはAEDを持ってきてください!」
「呼吸、無し!」
「いち、にい、さん、し!……」
「おぉ……鮮やかですね。完璧です。」
そんな言葉に目もくれず、集中する陽。
三十回まで胸骨圧迫を行うと、すぐさま二回の人工呼吸を行う。
その危機迫る顔の額には、汗が滲んでいる。
「素晴らしいです! では、次の方!」
おお〜っ、と大人たちから歓声が上がる。
輪の中に戻った陽に、何人かが声をかける。
「石上さん、でしたっけ? 若いのに熱心ね!」
「みんな、石上さんみたいにできるようになれば、いいのにね!」
「ありがとうございます。……でも、願わくは、こんなことが必要無い毎日であれば、良いんですけど。」
「え?」
目を合わさずに、返事をする陽。
彼は真剣な眼差しで、次の方の手技を見続けていた。
* * *
「ただいま戻りました。」
「陽さん、お帰りなさい。どうでした?」
「はい、とても勉強になりました。」
「それはそれは。良かったですね。」
防災訓練を終えて、自宅に戻った陽。
陽は瀬馬の言葉に微笑むと、ウォークインクロゼットに荷物をしまいに行く。
ガガガガガガ……
また、外の工事の音が再開する。
「……うるさいですね。何の工事でしたっけ?」
「はい、都市ガスのガス管の取り替えらしいですが。」
「ガス管……」
デスクの後ろの窓を開け、工事の様子を見やる、陽。
その目が妙に鋭い、と瀬馬は思った。
「……あ、瀬馬さん、荷受けのために出勤してもらって、すみませんでした。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。届いてますよ。開けても?」
「はい、お願いします。」
瀬馬はダイニングにあるダンボールに近づき、開封する。
中から出てくるのは……
携帯酸素。
ヘッドライト。
AED。
ゴムのドアストッパー。
毛布。
養生テープ。
万能バール。
「陽さん……サバイバルでも始めるんですか?」
「はは、そんなとこですかね。」
中身を見ている陽を見ながら、瀬馬はフッとため息をつく。
小学生の頃から知っている、陽が何かをしらばっくれているサインだ。
でもまた何か面白いことを見せてくれるのだろうと、瀬馬は従順に指示をこなす。
「あと、旅行券の件はどうでした?」
「はい、お持ちしましたよ。」
JTBの封筒を出す瀬馬。
陽は封を開け、「12月20日〜12月22日 旅程書」と書かれた書類に目を通す。
「ありがとうございます。バッチリです。」
「いえいえ。ただ……」
「はい?」
「四名分のチケットというのは、陽さんのご家族の数とは違いますよね? 水都さんのお家へのプレゼントとか?」
「はは、そんなところです。」
また、だ。
陽は瀬馬を見て、ニコッと笑う。
そして、陽は南側の部屋を向く。
「こちらも……ありがとうございました。」
……そう。
そんなことより不可思議なのは、この南側の部屋。
リビングダイニングからつながるこの部屋は、今まで何も置かれていない、空室だった。
庭の緑光も差す温かいこの部屋に、何も置かれていないのは不思議だった。
しかし、陽の指示で、この部屋に多くの物を揃えることになった。
四人分のベッド。
つながるウォークインクロゼットには、男性もの・女性ものの衣服、寝具、タオル、下着、化粧道具やサニタリーグッズ、あと、メガペン君と言われるぬいぐるみまで。
「陽さ……」
「瀬馬さん。」
民泊でも始めるのかと聞こうとした矢先、言葉を遮られる。
「……もしこの先、僕の周りで、本当に困っている人がいたら、これを……その方に、渡してもらえますか。」
「……!!」
陽の手には、この家のカギが握られている。
驚き、声を振るわせる瀬馬。
「陽さん……何を……。」
「今までも、何も説明が少ない中で、本当にたくさんのことをしてくださってきて、ありがとうございました。でもこのことだけは、どうか、理由を聞かないでください。お願いします。」
謎めいた指示は、今までもたくさんあった。
しかし今回のは、本当に分からない。
瀬馬の背中に、一筋の冷や汗が流れる。
この完璧な準備は、まるで「箱舟」だ。
そして、自分の席だけが用意されていないような箱舟を、彼は笑って作っている。
部屋を見た後に振り返る、陽。
窓からの逆光に照らされながら笑う陽の輪郭が、光に溶けていく。
瀬馬には彼が、今にも消え入ってしまいそうに見えた。
明日も更新します。




