《幕間 09》【特別寄稿】小澤克之の取材ノート 〜なぜ彼らは「奇跡」なのか〜
》文:小澤克之(吹奏楽ジャーナル編集部)
先日、岡崎市民会館「あおいホール」で目撃した光景が、未だに瞼の裏に焼き付いて離れない。
進学校のいち文化祭のステージで、アンコールが止まず、観客総立ちの熱狂が生まれたあの瞬間。
私は確信した。
彼ら、愛知県立矢作北高校吹奏楽部(通称:ハデ北)が起こしているのは、単なる「部活動の快進撃」ではない。
これは、音楽という概念を使った「革命」であると。
来たるべき冬、彼らの物語がクライマックスを迎える前に、一人のライターとして、この「奇跡」の正体を整理しておきたいと思う。
1.「敗北」が証明した、彼らの真価
まず触れなければならないのは、彼らが夏の東海大会で「敗退(ダメ金)」したという事実だ。
全国常連の強豪・浜松光聖や安城ヶ丘女子を相手に、彼らは一歩も引けを取らない演奏をした。
いや、会場の空気という点では、間違いなく支配していた。
それでも、審査結果は代表落選だった。
私はこれを「敗北」とは捉えていない。
むしろ、「既存の物差しでは測りきれなかった」という勝利の証明だと考えている。
コンクールの審査基準は、減点法や技術点に重きが置かれる。
しかし、石上陽が指揮する矢作北の音楽は、そこを目指してはいなかった。
彼らが目指したのは、私が勝手に『三象限の音楽』と呼んでいる、「奏者・連動・観客」が一体となる空間芸術だ。
枠に収まらなかったからこそ、彼らは負けた。
だが、その結果、彼らは「記録」ではなく、人々の「記憶」に強烈な楔を打ち込んだのだ。
2.ライバルたちが示す「IF」の世界
矢作北の特異性は、ライバル校と比較することでより鮮明になる。
今振り返ると、彼らの前に立ちはだかった強豪校は、それぞれが「音楽の正義」を体現していた。
名京大名電(葛城影斗):圧倒的な個の力による「支配」。
安城ヶ丘女子(火野・嵯峨らら):完璧に管理された「技術」。
浜松光聖(鳳大吾):滅私奉公による「規律」。
竜海(野尻孝明):勝利至上主義による「恐怖と盲従」。
これらは全て、コンクールで勝つための「正解」だ。
もし、指揮者の石上陽が、勝利だけを求めていたら?
愛を知らず、冷徹な指導者になっていたら?
おそらく彼は、これらのライバル校のようなチームを作り上げ、あるいは野尻顧問のように、厳しさで生徒を支配する独裁者になっていたかもしれない。
しかし、彼はそれを選ばなかった。
彼が選んだのは、未熟な奏者たちが笑い合い、信頼し合う「信愛」の道だった。
最も効率が悪く、最も脆く、けれど最も爆発力のある道。
ライバルたちが「強さ」を求めたのに対し、矢作北は「歓び」を求めた。
その違いこそが、あの熱狂を生んだ源泉なのだ。
3.指揮者・石上陽と「神話」の符合
ここからは、私の記者としての勘、いや、妄想に近い話になるかもしれない。
石上陽という指揮者は、どこか人間離れしている。
高校生離れした知識や技術だけではない。
彼はまるで、「何か巨大な運命と戦っている」かのような悲壮感と覚悟を纏っている。
彼の音楽を聴いていると、日本神話の「アメノウズメ」を想起する。
天岩戸に隠れた太陽神を、踊りと音楽で誘い出した芸能の神。
もし、彼が戦っている相手が「死」や「運命」という暗闇だとしたら?
彼は音楽という「祈り」を使って、大切な光(誰かの命?)を取り戻そうとしているのではないか。
そう考えると、彼のタクトは単なる指揮棒ではない。
因果律さえも書き換える「筆」のように見えてくる。
彼が命を削って描く軌跡が、私たちに奇跡を見せているとしたら……我々は、とんでもない瞬間に立ち会っていることになる。
現に、「何者」かが彼らの音楽を聴いて、満足そうに喜び笑っているような気配すら、私には感じるのだ。
4.そして物語は「冬」へ
北高祭でのステージで、彼らは「引退」という言葉を笑顔で吹き飛ばした。
部長の桐谷有純は「全国行くまで辞めない!」と叫んだ。
これは単なるジョークではないだろう。彼らの戦いは、コンクールでは終わらなかったのだ。
これから訪れる12月。
彼らが目指す本当のゴールが何なのか、私にはまだ分からない。
だが、条件は整いつつあるように見える。
天才・石上陽。
彼を支える盟友・岩月大翔、情熱の塊・桐谷有純、チームの母性・宇佐美奏、
矢北の太陽・狩野未来、覚醒したソリスト・柵木結愛に、天衣無縫の申し子・椎名美音。
そして、陽の隣で光り輝くミューズ、河合水都。
信じ合う魂が集結した時、矢作北(ハデ北)の音楽は、神話の領域へと踏み込むだろう。
その時、何が起きるのか。
彼が救い、救われる物語。
私は記者として、いや、ハデ北の一番のファンとして、最後までその「奇跡」を見届けるつもりだ。
読者諸君も、ハンカチの用意をしておいた方がいい。
彼らの音楽は、いつだって予告なしに、我々の涙腺を決壊させに来るのだから。




