表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/73

54話 東海大会⑥ フィナーレ・歓喜のうた


『パン!!』


 全楽器の、アタックから始まった。

 ラストの第五部、アルメニアン・ダンスの真骨頂とも言えるフィナーレ。


(きたきたきたきたきたきたっ!! しし、しかも速いっ!?)


 ライターの小澤は思わず手をシャカシャカさせる。


 チューバの樋口拓海を中心としたベースパートが、丸い音を「ボン、ボン」と軽快に地を踏み鳴らす!

 その上にスネアとホルンが裏拍を正確に刻み、空気の温度を一気に上げていく!

 正確無比なリズムの連打が、観客の心拍数に直接打ち込まれる!


 オーボエとアルトサックスが、長いスタッカートのメロディーをユニゾンで重ねる。

 「これでもか」と言わんばかりの、鋭く、短く、しかし正確な音の連打。


 柵木姉妹の音が、文字通り ”ミックス”されて交差する。

 この二人だから出せる対等な二列機関車が、金管の鉄砲の合図に———帰着する!


『パン! パン! ドン! ドン! パン! パン! ザン!!』


 陽が両手を大きく広げ、まるで「ひげダンス」のようにコミカルな動きでデクレッシェンドの合図を送る。

 その姿に、観客席から小さな笑いが漏れる。

 こんな「遊び心」からも、観客の期待度がさらにまた一段、上がる。


 音楽が、再び加速する。

 クラリネットとマリンバの八分音符のスタッカートが、執拗に繰り返されていく。


 左右で異なるマレットを使い分けるマリンバ、祖父江孝弘。

 一拍目と三拍目を丁寧に叩き分け、弱拍の表現に長けたバスドラム、神谷恵麻。

 陽によって「悠・モデル」に完璧にチューニングされたスネアで、正確率1()0()0()()の裏拍を叩く、柳沢悠。


 ()()()に入ったパーカッションパートの3人が、陽と視線で会話をする。


(メインはシャープな右のマレットだけ。このサウンドはどうだい?)

(石上さん、私のバスドラは皆さんの役に立っていますか?)

(陽! 俺のフレージングで、お前をビビらせてやるからな!)

(お前ら! 最っっっっ高だな!)


 クレッシェンドの最高潮!

 トランペットとトロンボーンのオブリガードが炸裂!


 陽は、激しい表情でそれを受け止め、指揮棒を振るうというより、ぶつけるように動かす。

 体幹ごと左右にバウンスしながら、音楽の波を生み出していく。


 観客にもう、誰一人として傍観者はいない。

 次から次へとサーカスが前にも後ろにも入ってくる、一体型ステージの一部になっている。


 テンポがさらに加速する!

 クラリネットの有純が、ソロで前に出る。

 超絶技巧のスケールフレージング!


(どう? このパッセージでも”一音一音意識”してるのよ? レッスンで言われた深い音、出せてるでしょ?)

(もちろんです! 先輩!)

 陽が有純を見て、ニヤリと笑う。


 その長いトリルを受けて、6本のホルンが高らかに舞う!


(石上くん、アシスタントは要らないって言ったから、遠慮はしないわよ!)

(受けて立ちます! 全員が主役です!)

(次は私が行くから!)


 続けてオーボエとフルートが閑話休題して、可愛らしく本題のスタッカートを奏でる。


 そのやり取りをしているように見える光景を前に、名電の顧問・伊東が驚愕する。


(こんなことが……。”寺子屋”で、ズタボロだった矢作北だろう?)


 陽がクレッシェンドをタクトでしゃくって行く。

 その絶大な存在感がステージ中央で踊る姿は、全ての人を惹きつける。

 伊東は自分との格の違いを感じざるを得なかった。


(彼から違う影が見える———!? 本当に、こ、高校生なのか? 俺以上……!?)

  

 その陽が跳ねる!!


『パンパパッ!!』


 ドーン!! 恵麻の強烈なバスドラムが炸裂!!


 ジャンプ———!??


「はああぁぁーーー!?」


 数名の観客が声に出して唸る!

 バスドラの強・強拍の一撃がホール全体を震わせ、金管中低音軍団が、激しく下降を吹き鳴らす!


(陽! 好きにやれ!)


 大翔のトロンボーンが激しく主張する!


 そしてついに、水都が!

 今までサポートに回っていた水都のフルートが牙を剥く!


 激しい上下のスケール! スケール! スケール!!

 合奏の中心、まさに陽の隣に立ち、全体を牽引する!

 かつてシエラの舞台下で震えていた手が、激しいパッセージとともに空を切る!!


(陽くん!)

(水都ォオーーーっ!!)


 さらにテンポが上がる!

 ハチャメチャ感!!

 陽が腰から繰り出すパンチ! パンチ! パンチ! パンチ!

 激しい上下スケールを、全員が完璧に合わせて吹き鳴らす!

 孝弘の色違いのマレットが、マリンバの上を駆け暴れる!


 たまらず歓喜の声を上げる梓希!!

「うはははははは!! はっはーーーっ!!」


 ホール全体を包む、「次はどうなる!?」という期待の空気!

 そしてその期待を()()()音が、次々と返ってくる!!


(石上!)

(陽!)

(陽クン!)

(石上くん!)

(陽くん!)

((((楽しいな(ね)!!!!))))


『ジリリリリリリリリ!!』


 トライアングルのトリルが、目覚ましのように鳴り響く!

 「もうおしまいだよ」と終わりを告げる合図!


 また、速くなる!!


 「美音化」したトランペットパート全員が、最大音量でファンファーレを吹き鳴らす!!

 爆音のバスドラ! シンバル!

 木管全員が激しいトリルを重ね、金管全員がアタックしながら下降する!


 木管が、水都が、駆け上る!!


『バン、バン、バン、ザン!!!』



「「「「「ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!??」」」」」

「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」




 フィニッシュ。


 待ちきれんとばかりに前のめりに送られる拍手。

 全国大会ではないから、”ブラボー”はできない。

 それに抗うかのような、精一杯の歓声と喚声。


 陽が全員を立たせると、一層の拍手が矢作北に送られる。

 会場は矢作北の空気一色になっていた。


 ステージの上、陽は深く息を吐いた。

 その背中に、51人の仲間たちの思いが重なっていた。

 矢作北高校吹奏楽部。

 彼らは今、音楽の奇跡を起こした。


 倍音 × ミックストーン × ハデ北サウンド。


 上手く演奏しようなんてもんじゃない。

 どう観客と共鳴するかを目指した音楽。

 事実、拍手まで共鳴している、会場全体。

 どれほどの感動が起きたか、その強烈な拍手が物語る。


 その拍手の中、「お手上げ」のように両手を上げそう……になるところを、抵抗するように肘から上を後ろに倒して、()け反る、審査員の樫本。


 前の座席に手をかけ、ぴょんぴょんと跳んでいる、梓希。その横で舞台を睨む影斗。


 感動と混乱で訳も分からず泣く、らら。


 紗希は二階席から、自慢げに舞台を指さして母親に何かを訴えている。


「あ……ああ…………」


 舞台袖の、シュン。

 矢作北の音楽に飲み込まれ、自身の冷静さを失っているショックの声を喘ぐ。

 

 他のメンバーも同様。

 浜松光聖の隊列が、ぐちゃぐちゃになっていた。

 

 拍手が続き、まだ暗転しないステージ。


 そこへ、大吾が隊列の前に立ち、その光を背に両腕を広げ———


 大きな声で叫んだ。


「……()()()です。何も俺たちがやることは変わらない。

 矢作北が照らした分、俺たちはその先を鳴らす。それだけのことです。」


 舞台袖が、シンとなる。


 皆の眼の色が、戻ってくる。


「大吾———・・」


 部長の蓮城が、ボソリと言う。


 舞台が暗転した。


「浜松光聖のみなさん、お入りください!」


 案内係の方が声を上げる。


「……よし。光聖メンバー、行くぞ!」

「「「「……はい!!」」」」


 蓮城の号令に合わせ、入場を始める部員たち。

 コントラバス。チューバの3年、2年……

 そして、大吾。


 大吾は深く、蓮城に礼をする。


 蓮城は、ステージの光に混ざっていく大吾の背中を、心から頼もしく思って見ていた。



明日も更新します。21:30予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ