54話 東海大会⑥ フィナーレ・歓喜のうた
『パン!!』
全楽器の、アタックから始まった。
ラストの第五部、アルメニアン・ダンスの真骨頂とも言えるフィナーレ。
(きたきたきたきたきたきたっ!! しし、しかも速いっ!?)
ライターの小澤は思わず手をシャカシャカさせる。
チューバの樋口拓海を中心としたベースパートが、丸い音を「ボン、ボン」と軽快に地を踏み鳴らす!
その上にスネアとホルンが裏拍を正確に刻み、空気の温度を一気に上げていく!
正確無比なリズムの連打が、観客の心拍数に直接打ち込まれる!
オーボエとアルトサックスが、長いスタッカートのメロディーをユニゾンで重ねる。
「これでもか」と言わんばかりの、鋭く、短く、しかし正確な音の連打。
柵木姉妹の音が、文字通り ”ミックス”されて交差する。
この二人だから出せる対等な二列機関車が、金管の鉄砲の合図に———帰着する!
『パン! パン! ドン! ドン! パン! パン! ザン!!』
陽が両手を大きく広げ、まるで「ひげダンス」のようにコミカルな動きでデクレッシェンドの合図を送る。
その姿に、観客席から小さな笑いが漏れる。
こんな「遊び心」からも、観客の期待度がさらにまた一段、上がる。
音楽が、再び加速する。
クラリネットとマリンバの八分音符のスタッカートが、執拗に繰り返されていく。
左右で異なるマレットを使い分けるマリンバ、祖父江孝弘。
一拍目と三拍目を丁寧に叩き分け、弱拍の表現に長けたバスドラム、神谷恵麻。
陽によって「悠・モデル」に完璧にチューニングされたスネアで、正確率100%の裏拍を叩く、柳沢悠。
ゾーンに入ったパーカッションパートの3人が、陽と視線で会話をする。
(メインはシャープな右のマレットだけ。このサウンドはどうだい?)
(石上さん、私のバスドラは皆さんの役に立っていますか?)
(陽! 俺のフレージングで、お前をビビらせてやるからな!)
(お前ら! 最っっっっ高だな!)
クレッシェンドの最高潮!
トランペットとトロンボーンのオブリガードが炸裂!
陽は、激しい表情でそれを受け止め、指揮棒を振るうというより、ぶつけるように動かす。
体幹ごと左右にバウンスしながら、音楽の波を生み出していく。
観客にもう、誰一人として傍観者はいない。
次から次へとサーカスが前にも後ろにも入ってくる、一体型ステージの一部になっている。
テンポがさらに加速する!
クラリネットの有純が、ソロで前に出る。
超絶技巧のスケールフレージング!
(どう? このパッセージでも”一音一音意識”してるのよ? レッスンで言われた深い音、出せてるでしょ?)
(もちろんです! 先輩!)
陽が有純を見て、ニヤリと笑う。
その長いトリルを受けて、6本のホルンが高らかに舞う!
(石上くん、アシスタントは要らないって言ったから、遠慮はしないわよ!)
(受けて立ちます! 全員が主役です!)
(次は私が行くから!)
続けてオーボエとフルートが閑話休題して、可愛らしく本題のスタッカートを奏でる。
そのやり取りをしているように見える光景を前に、名電の顧問・伊東が驚愕する。
(こんなことが……。”寺子屋”で、ズタボロだった矢作北だろう?)
陽がクレッシェンドをタクトでしゃくって行く。
その絶大な存在感がステージ中央で踊る姿は、全ての人を惹きつける。
伊東は自分との格の違いを感じざるを得なかった。
(彼から違う影が見える———!? 本当に、こ、高校生なのか? 俺以上……!?)
その陽が跳ねる!!
『パンパパッ!!』
ドーン!! 恵麻の強烈なバスドラムが炸裂!!
ジャンプ———!??
「はああぁぁーーー!?」
数名の観客が声に出して唸る!
バスドラの強・強拍の一撃がホール全体を震わせ、金管中低音軍団が、激しく下降を吹き鳴らす!
(陽! 好きにやれ!)
大翔のトロンボーンが激しく主張する!
そしてついに、水都が!
今までサポートに回っていた水都のフルートが牙を剥く!
激しい上下のスケール! スケール! スケール!!
合奏の中心、まさに陽の隣に立ち、全体を牽引する!
かつてシエラの舞台下で震えていた手が、激しいパッセージとともに空を切る!!
(陽くん!)
(水都ォオーーーっ!!)
さらにテンポが上がる!
ハチャメチャ感!!
陽が腰から繰り出すパンチ! パンチ! パンチ! パンチ!
激しい上下スケールを、全員が完璧に合わせて吹き鳴らす!
孝弘の色違いのマレットが、マリンバの上を駆け暴れる!
たまらず歓喜の声を上げる梓希!!
「うはははははは!! はっはーーーっ!!」
ホール全体を包む、「次はどうなる!?」という期待の空気!
そしてその期待を超える音が、次々と返ってくる!!
(石上!)
(陽!)
(陽クン!)
(石上くん!)
(陽くん!)
((((楽しいな(ね)!!!!))))
『ジリリリリリリリリ!!』
トライアングルのトリルが、目覚ましのように鳴り響く!
「もうおしまいだよ」と終わりを告げる合図!
また、速くなる!!
「美音化」したトランペットパート全員が、最大音量でファンファーレを吹き鳴らす!!
爆音のバスドラ! シンバル!
木管全員が激しいトリルを重ね、金管全員がアタックしながら下降する!
木管が、水都が、駆け上る!!
『バン、バン、バン、ザン!!!』
「「「「「ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!??」」」」」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」
フィニッシュ。
待ちきれんとばかりに前のめりに送られる拍手。
全国大会ではないから、”ブラボー”はできない。
それに抗うかのような、精一杯の歓声と喚声。
陽が全員を立たせると、一層の拍手が矢作北に送られる。
会場は矢作北の空気一色になっていた。
ステージの上、陽は深く息を吐いた。
その背中に、51人の仲間たちの思いが重なっていた。
矢作北高校吹奏楽部。
彼らは今、音楽の奇跡を起こした。
倍音 × ミックストーン × ハデ北サウンド。
上手く演奏しようなんてもんじゃない。
どう観客と共鳴するかを目指した音楽。
事実、拍手まで共鳴している、会場全体。
どれほどの感動が起きたか、その強烈な拍手が物語る。
その拍手の中、「お手上げ」のように両手を上げそう……になるところを、抵抗するように肘から上を後ろに倒して、仰け反る、審査員の樫本。
前の座席に手をかけ、ぴょんぴょんと跳んでいる、梓希。その横で舞台を睨む影斗。
感動と混乱で訳も分からず泣く、らら。
紗希は二階席から、自慢げに舞台を指さして母親に何かを訴えている。
「あ……ああ…………」
舞台袖の、シュン。
矢作北の音楽に飲み込まれ、自身の冷静さを失っているショックの声を喘ぐ。
他のメンバーも同様。
浜松光聖の隊列が、ぐちゃぐちゃになっていた。
拍手が続き、まだ暗転しないステージ。
そこへ、大吾が隊列の前に立ち、その光を背に両腕を広げ———
大きな声で叫んだ。
「……想定内です。何も俺たちがやることは変わらない。
矢作北が照らした分、俺たちはその先を鳴らす。それだけのことです。」
舞台袖が、シンとなる。
皆の眼の色が、戻ってくる。
「大吾———・・」
部長の蓮城が、ボソリと言う。
舞台が暗転した。
「浜松光聖のみなさん、お入りください!」
案内係の方が声を上げる。
「……よし。光聖メンバー、行くぞ!」
「「「「……はい!!」」」」
蓮城の号令に合わせ、入場を始める部員たち。
コントラバス。チューバの3年、2年……
そして、大吾。
大吾は深く、蓮城に礼をする。
蓮城は、ステージの光に混ざっていく大吾の背中を、心から頼もしく思って見ていた。
明日も更新します。21:30予定です。




