48話 東海大会前日 明日、音は舞う
東海大会前日———
》17時、ライズストンプロダクション事務所(陽の自宅兼練習室) 石上陽
「あははははは!」
「おい武田! なんとか言ってやれ! 威厳を示せ!」
「……ミ、ミーにも吹奏楽祭で、ソ、ソロをさせてほしい I want to play?」
「0点。」
「ノオオオオオ!?」
「わははははははは!」
「真司〜! 諦めるな〜!」
練習後の夕方。
東海大会本番の前日、部活を終えた全員が事務所と練習室に大集合している。
地区大会の時はリーダー会のみなさんだけだったのが、県大会でさらに増え、今回は全員が来てしまった。
風物詩とも言えるような、そんな光景。
ピザとジュースを囲んで大盛り上がりの中、チューバの樋口先輩に背中を押された武田先輩が、同じサックスの柵木先輩にソロの依頼をして玉砕。
頭を抱えている武田先輩をみんながフォローしつつ、笑い合っている。
……武田先輩も上手いんだから、普通に交渉すればいいのに……。
「……ね、ねえ。あたしらも、お邪魔しちゃってホントにいいの……?」
「うん?」
同じ美島中だった、岡崎日名高のトランペットの伊野さんが、遠慮がちに聞いてくる。
「そりゃもちろん。日名高や岡崎中央のみなさんもこの2週間ずっと力をくれてたし。勝手かもしれないけど、仲間だと思ってるよ。」
「そ、そんな。こちらこそ、ずっと練習を観させてもらったし……。」
「ふふ〜。イノハナちゃんがいてくれて良かったよ〜。ここにも来てくれて、嬉しいな〜。」
美音が本当に嬉しそうな笑顔で、伊野さんに話しかける。
「な、なら良いんだけどさ……。」
……伊野さんが安心した表情をするが、ジュースを持つ手には緊張が見え、肩に力も入っている。
盛り上がっている室内を見つつも、遠くに視点があるような感じで、続けて話し出す。
「……でも、こんな環境、正直羨ましいわね。」
「そうだね。良い先輩たちばかりでさ。」
「そうじゃなくて、さ。こんな練習室まであって。すごいよね。……ここで、毎日遅くまで練習してたの?」
「ん〜、ここを解放してたのは、テスト期間の日中や、土曜の午後だけ、だったよな? 美音。」
「そうだね〜。」
「え? 練習すごくやってたとかじゃないの?」
「みんな、練習頑張ってるけど、勉強が重要な人も多いからね。夏休み入ってからも、午後の3時には解散してるし。夏休み前の学校があった時は、夕方6時には終了してたね。」
「は〜〜? なんでそれなのに、こんなに上達するもんなの?」
伊野さんが腕を組んで怪訝そうにする。
「……って、あのアプリ? 中学で使ってた。」
「それも使ってるよ。あくまで個の技術しか伸びないけどね、あのアプリ。」
「でもその上で、あんたが指導してるってことよね。この2週間見せてもらった、あんたの指導で。しかも……この部屋があって。」
……事務所から練習室に視線を移し、不貞腐れたような表情をしながら……
下に俯く。
「……あ〜あ。なんであの時、意地張っちゃったんだろ。」
「意地?」
「美音のように素直でいれば、もっと変われたのかな、ってさ。」
「私?」
「そーよ。中3の秋、あたし、石上に腹立てて離脱したじゃん。でも美音、たった2週間くらいで別人のように綺麗な音を出せるようになっちゃってさ。……ビックリしすぎて、ちょっとショックだったんよ? 一緒にがんばろ、なんて美音に声かけたけどさ。」
「……。それはそれだけど、私は、またイノハナちゃんと吹けて本当に嬉しかったよ。今日の終わりの合奏。」
そう話す美音に、伊野さんは目を見開き……
フッと息を吐いて、嬉しそうに笑う。
「……そーね。私もよ、美音。」
事実、ゲストで来てくれた人が全員参加した最後の課題曲合奏では、みんな本当に楽しそうに吹いていた。
……あの光景は、グッとくるものがあったな。
「ありがとね、石上。こんな機会くれて。……ついでにさ。」
伊野さんが僕の肘あたりを、両腕で掴んできた。
「日名高の練習の監督もさ…………してくんない?」
ピシィッ!!
「……イノハナちゃん?」
美音の表情が、石のように固まる!
「……イノハナちゃん? 何ばしよっとね?」
「じょじょじょ冗談よ! 冗談って! 美音! だったらなぁ〜って、だけ!!」
「陽ク〜ン、去年のアンコンの曲を合わせてみたいから、楽器借りてい〜い?」
間一髪というタイミングで、桐谷先輩からの声がかかる。
「は、はいどうぞ。」
クラの先輩たちが嬉しそうに、楽器の棚に向かっていく。
(「は、はは……。美音は怒らせると怖いわね……。後ろに土偶が見えたわ……。」)
目をやると、練習室ではドラムセットの悠と、コンバスの秀士が激しくセッション中。
これは……ヒゲダンの『Yesterday』、か。
周りに円が出来て、みんなが手拍子をしながら楽しそうに見ている。
ヒデシーのやつ、コンバスで、メロディーもベースも兼任で行ったり来たりしながら弾いてるよ。上手っ。
しかもあれだけ激しく弾いて前髪が揺れているのに、全く目元が見えないな……。
フィニッシュして、「おお〜!」と拍手が湧き起こる。
「ヒデシー、お前ホント、アドリブ上手いな!」
「……。」
「何だとこのヤロウ!」
ワハハハ、と周りが盛り上がる。
練習室の開放窓から見ていた伊野さんが、一人呟く。
「え……な、何? 今の。何かやりとり、あった?」
「あれはですネ。」
バリサクの瑠奈が、ぴょこぴょこと近づいてくる。
「ボクに悠がついて来るのは10年早いさ。ボクみたいに家でも毎日2時間続けたら、ちょっとはマトモになるかもね? と言っていまス。」
「え、な、なんで分かるの?」
「……でもヒデシーくん、家で練習してたら、結構メーワクなんじゃないの?」
「……。」
「どんだけピーちゃん好きなのさ!」
ワハハハ、と再び盛り上がる。
「家ではミュートを付けて練習してるから大丈夫だけど、それだとピーちゃんが寂しそうにカゴの中で飛び始めるから、ついミュートを外して弾いちゃうのがここ最近の悩みです。と言っていまス。」
「何でぇ!? あんな短いテンテンにそんなに入ってんのお!?」
—————————
》18時、浜松光聖高校 チューバ1年 鳳大吾
「———はい……はい……。」
『で、勝算はどうなんだね?』
「はい、まず大丈夫と思われます。」
『頼もしいな! 11年連続全国金! 次は12年連続か! 一回りとは目出度いな! ぜひとも頑張って、浜松の威信を示してくれよ! ハッハッハ!』
「はい……ご期待に添えられるよう、全力を注ぎます。———はい……ありがとうございます。失礼します。」
学内の小ホール舞台袖、蓮城部長がかかってきた電話の相手に礼をして、電話を切る。
「…………。」
「部長、お疲れ様です。ロラーンド社の方からの電話ですか?」
「…………いや、スズモクの常務取締役だ。」
「スズモク……自動車、ですか……。お疲れ様です。」
「ああ、気にするな。」
バスクラの2年、の副部長の越智俊輔先輩が、蓮城部長を気遣ってか、声をかけている。
これで、部長が企業から電話を受け取っているのを見るのは、何度目だろう。
顧問にならまだしも、部長にまでかかってくる、激励の電話。
楽器メーカーから、なぜか自動車メーカーまで。
こんな、いち高校生に。
…………これは、激励なのか?
「みんなは? 今日のフィードバックを受けたか?」
「はい、すべてKPI(ケーピーアイ:目標達成に向けた中間指標)は達成され、パートリーダーを通してメンバーに前向きな評価が渡っています。」
「そうか。ありがとう。」
やりとりが、部長のいつもの言葉で締められる。
淡白だけれども、二人はそれで良いらしい。
部長は少しだけ微笑み……
再び横を向いて、ふーっ、と息を吐く。
高校生らしくないやり取り、と俺は思う。
そして……この部長と副部長の肩に乗る重圧も、普通じゃない、と思う。
「シュン、明日の勝率は?」
「99.5%、です。」
「……0.5%の内訳は?」
「矢作北の伸び率、のみです。でも僕らが舞台袖で彼らの演奏に動じないようにすれば、ゼロになります。そのように手配します。」
「…………そうか。ありがとう。俺たちの前、だったな。」
矢作北。
陽———。
言っていた通り、ここまで来た。
中3の時。美島中で、陽が指導を始めて3ヶ月後くらい。
俺との個人レッスンの時、「県どころか、東海だって夢じゃないって言葉、本気か?」 と俺が聞いたことを、思い出す。
「そうだな。アンコンに限って言えば東海が限界かもしれないけど、来年は全国だって行けるかも、だぜ?」
「本気か?」
「ああ。大吾のチューバだって、あと6ヶ月もすれば全国クラスだ。」
たしかに陽の指導で、俺の苦手だったタンギングやアーティキュレーションが、むしろ得意技と思えるくらいになっていた。
ニカっと笑って話す陽を見て、それはあながち、ただの励ましではないことは感じていた。
「……陽は、なんでこんな指導をしてくれるんだ?」
「うん? う〜ん。大吾、楽しいだろ?」
「楽しい?」
「ああ。」
「楽しい……。」
陽が、嬉しそうに俺を見ている。
楽しい……楽しい、か……。
「そうだ、な。」
「だろ? 大吾が楽しそうにしてくれてるの、嬉しくてさ。」
陽がまた、ニカっと笑う。
「そう見えるか?」
「見えるさ〜。なんでそんなこと言うんだ?」
楽しそうに見える、か……。
普通、周りはみんな、俺が何考えてるか分からない、とか言うんだがな……。
何か、感じたことのないような気持ちが出てくる。
……これは何だ?
「大吾なら全国、行けるぜ? 浜松に行っちゃうのは残念だけどさ。」
「俺が? 全国?」
「ああ。」
『全国』———。
何の取り柄も無い、無口な人間、としか俺自身思ってなかったのに、そんなこと言われてもな……。
ただ、こんなふうに認められること、俺、初めてじゃないか?
「でも大吾に負けないように、僕も全国、行くからな?」
「陽が?」
「ああ。矢作北高校で、全国に行くこと。それが夢だ。」
……矢作、北?
「矢作北? 特段、吹奏楽が強くもないところだろう。なんでだ?」
「……特別な思い入れがあるんだよ。……あと、時間も限られていて、な。」
「…………?」
そう言うと、再びチューバを構え、バンドスタディーのスケールを吹き始める、陽。
ワンセット吹き終わると、「まずは残りの時間、精一杯やろう。高校で離れるのは残念だけど、それぞれで頑張ろうな!」と笑い———
「アンコン、どうか頼む。よろしくな。」と言い、深く礼をしてきた。
…………あの時は、聞かなかった。
『特別な思い入れ』。
『時間が限られている理由』。
ただ、高校の話題になる度、真剣な表情になっていたあいつの顔を、思い出す。
………………。
「シュン、十分やってくれた。明日は一位の朝日新聞社賞の賜杯を勝ち取って帰って来よう。……大吾も、もう帰れるか?」
「はい。」
「では、行こうか。」
俺と越智先輩は、蓮城部長の後に続く。
すると、蓮城部長が立ち止まり……俺たちに振り返った。
俺たちを真っ直ぐ見て、深く礼をして———。
「シュン、大吾。これまで力を貸してくれてありがとう。……明日も、どうか、頼む。」
年下の俺たちに、深く、頭を下げる。
——————思い出の中の、陽と重なる。
陽…………。
名電。
安城ヶ丘女子。
この2校が抜けるのは、固いだろう。
そして残りの1枠は、ウチだ。
俺は、この人のために。
この人が背負っているものを救けるために。
お前の夢を、潰さなければならない…………。
—————————
》19時、安城ヶ丘女子高校部員宿泊先 長野市内某ホテル フルート2年 市川淑
「みんなー。バンケット借りてるの残り30分だから、急いでー。桜班からすぐ食事に移ってー。」
「「「「はい!」」」」
片付け途中の賑やかなホール。
副部長の千夏先輩の指示に、お喋りで止まっていた手を動かし始める部員たち。
宿泊先だからか。明日が大会だからか。
みんなのテンションは高く、表情は明るい。
別室で火野先生の個人レッスンを受けてきた、部長の佐伯先輩も戻ってきた。
「あれ、らら。まだ動画見てるの?」
「…………。」
らら、と呼ばれた女子生徒。
ぽやっとした表情でテーブルに頬杖をつきながら、タブレットを見たまま返事もしない。
反対の右手にはチーズかまぼこが。口元は動いている。
「らら。」
振り返る、らら。
「……おなかすいた。」
…………。
呼ばれてそれって……。
しかも、口は止まっていない。
「あんたねえ…。ずっと食べてるじゃない……。そんな小さな身体の、どこに行ってるの?」
「…………おなか、すいた。」
ららはクルっと向きを変え、しばらくこっちを見た後、またテーブルに頬杖をして動画を見始める。
……椅子を反対に座り、新しいチーズかまぼこを開封しながら。
「……はぁ〜……。」
「まあまあ、千夏。間に合ってよかったじゃない。東海に。」
「まぁ、そうだけどさ。ちょっと特殊だけど。」
———嵯峨らら。
ちょっと変わった、1年。
サックス初心者だったはずなのに、異常な早さで上手くなってきた。
ついには明日の東海に大会初出場で、しかもソロを任される。
頼もしいというか……よく分からない。
いつも他の学校の演奏動画ばかり見ている。
あれは……長野の大諸高の演奏か。
「もう、これはいいです……。次……。」
ららは、タブレットをスワイプして、次の動画を表示させている。
……矢作北の演奏?
「淑。ちょっと桜班の引率してくるから。悪いけど、ららを後で引っ張ってきてくんない?」
「あ、はい。」
千夏先輩が慌ただしく、ホール出口に走っていく。
「市川先輩ー! ティンパニーここでいいですかー?」
「あ! はーい! 今行く! ……らら、あなたも片付け始めなよ?」
私はららに一声かけてから、打楽器をまとめてくれている1年のところに向かう。
…………………
ららは一人残りながら、矢作北の柵木結愛のアルトサックスの演奏を見て……
呟く。
「次は、この人の演奏を、食べる…………。」
—————————
》20時、名京大附属名電高校部員宿泊先 長野市内某ホテル和室宴会場 トランペット1年 葛城影斗
「「「「オ〜オ〜 オオオ〜オオオ〜オオオ〜〜 ハイ! ハイハイハイ!」」」」
「俺たちが〜!?」
「「「「日本一〜!!!」」」」
「俺たちが〜!!?」
「「「「日本一〜!!!」」」
「「「「オ〜 オオオ〜オオオ〜オオオ〜〜 ハイ! ハイハイハイ!」」」」
………
「…………。」
正面舞台に上がった成瀬部長のマイクに合わせて、全員がアフリカンシンフォニーをチャントしている。
和盆に並んだ食事をとっている最中だってのに、ま〜た始まった。
舞台前にどんどん集まって、小さくジャンプしながら手拍子を打っている。
板張りの床が、ドンドンと。
……下、迷惑になってないか?
「俺たちが〜!?」
「「「「日本一〜!!!」」」」
「俺たちが〜!!?」
「「「「日本一〜!!!」」」」
…………。
「……葛城は、行かニャいのか?」
「……俺は、いいっスよ……。」
「そーか。せっかくなら、楽しめばいーのに。」
……横山先輩も舞台前に向かっていく。
すると、後ろの襖がパアンッ!と開いた。
「こぉらー!! お前らー! もうちょっと静かにしろー!!」
「「「伊東センセー!!」」」
「「「伊東ーー!」」」
「「「Fooooo!!」」」
伊東先生が戻ってきた。
叱っている声と表情に反して、舞台前は大盛り上がりになっている。
「お前らー! 他のお客様もいるんだぞー!」
「センセー! 何か歌ってー!?」
「ああ? お前ら、ええかげんにせえよ! 俺の歌が聴きたいのか!?」
「「「「はーい!」」」」
「ああ!? お前らなあ、さっさと帰れ!!」
「ホテルだから帰れませーん」
「「「「アハハハハハ!」」」」
『♪ドブネ〜ズミ〜みたいに〜〜』
「「オオオオオオオオ!?」」
「「「「Fooooooo!!!」」」」
…………。
センセーが歌うんかい。
俺、入る学校、間違えたかぁ……?
—————————
》21時、石上陽 宅
『♪ポォン 21時です』
ケータイとリンクさせてタイマーセットしている時報が、スピーカーから流れる。
「う………〜ん! 21時か……。」
デスクチェアに座ったまま伸びをして、なんとなしに練習室側の扉に視線を向ける。
…………。
今日も盛り上がったな……。
悠とヒデシーのセッション。
それを見て感化された柵木先輩が、吹奏楽祭でやる曲のソロを演奏し出して。
その至近距離でピザを食べてた佐藤先輩が、ピザの食べ過ぎで咽せて。
それを見た柵木先輩が吹き出して。
つられてピザが吹き出されて。
カオスだったな〜。
でも、今日も良かったな。たくさん来てくれて。
この場所がみんなの練習だけでなく、こういうふうに役立つとは……なぁ〜。
……造ってホント、良かったな。
時計を見る。21時、3分。
「うっし。もーちょっとやる前に、ココアでも飲も。」
椅子から立ち上がり、正面のカウンターキッチンに向かう。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに入れようとした時……
『♪ポロポロン 水都さんからLINEです ♪ポロポロン 水都さんからLINEです……』
……水都から? 通話?
手を止めて、デスクにあるケータイを取る。
「はい、もしもし。」
『もしもし、陽くん。今、大丈夫だった?』
「ああ、大丈夫だよ。」
『……今日もお疲れさま。みんな、とっても楽しそうだったね。ありがとう、ね』
「ううん、こちらこそ。」
『……でもね、無理しないで、早く寝てね。』
「え? 無理なんかしてないよ?」
『もう。みんなには早く帰って休んで、なんて言ってるのに。自分はまだ勉強してるんでしょ? 明日のこと。』
「え、いやいや。そうとは限らないじゃん。」
『限ってるよー。見えてるんだから。』
「え?」
『陽くん、デスクに向かってる影が、レースカーテン越しに見えてる。デスクのあれ、絶対スコアだもん。』
「え!? 見えてる!?」
僕はカーテン側に向き、レースカーテンを開く。
上を見上げると……
水都の家の2階、ベランダの壁の隙間から、手を振っている影が見える。
「う……見えてたか〜……。」
ふふ、と水都が笑うのが聞こえる。
「あ、そっちからとか、あまり水都の居場所を見せない方がいいんじゃ……。」
『今さらだよー。陽くん家のその部屋とか、私も入れさせてもらっちゃったんだし。』
「ああ……。」
お見舞いに来てくれた時、か。
「無理、しないでね? 寝坊したら、起こしに行っちゃうよ?』
「はは、それはむしろ楽しみにしちゃうかな。」
『……もう。』
二人で、一緒に笑い合う。
『……今日の午後の自由曲合奏、どうだった?』
「良かったよ。……小田さん、泣いてたね。」
『うん……小田ちん、本当に喜んでくれてた。2週間、練習に来れて良かった、って。』
「そっか。」
『…………できたね。そして間に合ったね。私たちの、“三象限の音楽”。』
個の表現。
仲間との連動。
観客の想いを尊ぶ。
そして、それらが同じ一点の高みを目指す。
愛情のようなもので、繋がりながら。
「……水都のおかげだよ。」
『……言うと思ったけど、私じゃないよ。みんなのおかげ、だよ。』
「でも、おかげで方向性が決まった。それでなれたんだよ、ハデ北唯一無二の演奏に。」
『それを支えてくれて。リードしてくれて……。陽くん、本当にありがとう、ね。』
……たまらなく、嬉しい。
でも、明日は通過点。
目指すべき本番は、全国。
「……こちらこそ、ありがとう。さ、水都も休む準備して? 僕ももう止めるから。」
『ホントにそうしてね? 身体壊したら、来年になっちゃうよ?』
………………。
そう、だ、な…………。
……少し、引き出しに入れたノートに、目をやる。
「……水都。」
『うん? なあに?』
「明日はきっと、叶うから。」
『……………………うん。一緒に、がんばろ。』
「……ああ。さ、もう休むから。お休み。」
『陽くん。』
「うん?」
ベランダに目をやると、影から前に手が伸ばされているのが、わかる。
あれは……そういうことか。
僕は窓の内側から、水都の影に向かってグータッチを伸ばす。
『……ふふ、お休み。』
「うん、お休み。」
……水都の影が、カーテンの向こう側へ消える。
僕もカーテンを閉める……けれど、
途中で、止まる。
「……来年…………」
は、無いんだよな……。
小学校4年に、転生してから。
明日のために、準備してきた。
……あの水都の手紙を、思い出す。
『“こんなことになっちゃって、最後まで励ますことができなくなっちゃって、ごめんね。”』
水都…………。
一緒に行くぞ。全国へ。




