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6話 4月8日 夜 最期の一年の始まり

   *  *  *



》ライズストン・プロダクション 代表 瀬馬(せば) 進



 陽さんと私は、引越しの挨拶を終え、向かいにある陽さんの自宅玄関の中に戻ってきた。



「瀬馬さん、引越しのご挨拶にまで同行くださり、ありがとうございました。残業になってしまいましたね。」



 陽さんが、靴を脱ぎながら言う。



「いえいえ、この爺が、雇用主のお役に立てるのなら、何でもやりますよ。」


「またそういう冗談をおっしゃる……。」




 陽さんは玄関土間から一段上がった、上り框(あがりかまち)に立とうとしたが、また降りると振り返り、私に深く礼をした。



「瀬馬さん、今日だけでなく、今までも本当にありがとうございました。今日という日まで来れたのは、瀬馬さんのおかげです。」



 (はた)から見れば、妙な光景だと思うだろう。

 見た目、祖父と孫くらいの年齢差の二人が、礼をしたり、雇用主なる関係だと話している。可笑(おか)しな話だ。

 事実、可笑しい。最初に会ってから今までの事も、誰に話しても信じてはもらえないだろう。




   *  *  *




 証券会社の事務職で業務中、窓口に番号札を持ってやって来た小学生。

 両親の許可の下、分散投資を行なっており、それを加速させたいとのこと。



 ……何だこの小学生は、と思った。

 が、彼と取引履歴について話をしてみると、まるで熟練のアナリストと会話をしているようだった。



 さらに、「引退間近なのであれば、僕と雇用関係になっていただけませんか」だそうだ。

 ……今度は違う意味で、何だこの小学生は、と思った。




 彼が話してくる知識と知恵は驚くものばかりで、さらには投資だけでなく携帯アプリ開発にも造詣(ぞうけい)があるようだった。

 私は六十歳間近だったということもあり、再雇用先として、面白そうな船に乗ってみることにした。


 彼は、何か他にも一生懸命ずっと勉強していると思ったら、突然、ドイツの音楽学校に留学すると言ってきた。

「何か目的があるのですか」と聞くと、真剣な眼差しで、「僕には命をかけて果たしたい使命があるんです」と言った。


 若者の戯言(ざれごと)か、と思ったが、本当に日本を離れてしまった。


 取引や業務の指示は、毎日メールで届いた。

 そして二年半ほどしたら、若手指揮者の登竜門であるシャルズール国際指揮者コンクールで最年少優勝し、一躍時の人となって、岡崎に戻ってきた。

 しかも、音楽科の無い、公立高校を受験したいと。



 わけがわからない。



 ただ、気付いた。

 一緒にいて、全く飽きさせない。誰も歩んでいない道の光景を、六十過ぎにして共に見せてもらっていることは、なんと光栄なことか。


 この度の家の建築と購入も、何かその「使命」に関係する目的があるらしい。

 これからも、この爺を若返らせる何かを、この青年は見せてくれるだろう。




「陽さん、お顔を上げてください。礼を申し上げるのはこちらのほうです。私のような者を使ってくださり、ありがとうございます。どうかこれからも、新しい世界を私に見せ続けてください。」


「瀬馬さん……ありがとうございます。明日もどうぞよろしくお願いいたします。明日の内容は、メールで書いた通りです。」


「承知しました。では、今日はこちらで失礼いたします。」


「ありがとうございました。夜の運転、お気をつけて。」



 日が落ちて間もない夕暮れ、私は玄関前の駐車スペースから車を発進させた。




   *  *  *




 瀬馬が帰宅した後、陽は洗面を終え、リビングにやってきた。


 フロアの電気は消したまま、窓側にある大きなデスクのライトを点け、椅子に座り、大きく背もたれを倒し、フウっと息を吐きながら両腕を頭の上で組んだ。



 何かを考えるように、目を閉じた。

 一分、……二分……



 目を開け、椅子を戻すと、デスク右下にある引き出しを開けた。


 そこには、使い古してボロボロになったノートと……『黄色く光って浮いている本』がある。



 陽はボロボロのノートを取り出し、パラパラとめくる。


「2018年」「2019年」と、順番にタグが付けられており、「2026年」まである。



 陽は2020年のページを開くと、


 ・新型コロナ流行

  →ゲーム市場株

  →オンデマンドサービス市場株

  →太陽光産業


 と、記憶を殴り書くような筆跡でたくさん書かれている項目を、少し眺めた。

 全部、右横にチェックマークが入っている。


 

・2020年4月12日14時31分、東岡崎駅前交差点で轢き逃げ事故、水都、右大腿骨損傷


 その右横には、「阻止!!」と赤字でグルグルと書かれている。




 陽は軽く眺め終わると、2024年のページを開き、

 

 ・2024年4月8日 矢作北高校入学式


 の右横に、チェックを入れた。




 ノートを閉じ、元の場所に入れる。

 そして、『黄色く光って浮いている本』を取り出す。


 その本の表紙には、『歪波(ゆがみ)命書(めいしょ)』と、大きく日本語で書かれている。



 分厚い表紙をめくると、冒頭に説明書きのようなものが、インクではなく燃えた跡のような文字で、このように書かれている。



 「運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る」



 下に目をやると、そこから縦に割線が伸び、挟むように、燃えた跡のような文字と数字が書かれている。



 「2020年4月12日 交通事故による後遺症 未発生 河合水都 +623日」

 「石上陽 -623日」



 本を入れ、引き出しを閉める。



 机の上に両手を組み、口元を引き締め、つぶやく。



「ようやくここまで来た。……ここからだ。()()()()()()()()。今年、必ず全国へ……。」


ここまで本作をお読みいただきありがとうございます。

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