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45話 県大会当日④ それぞれの選択



》 大ホール正面外 1階ホワイエ出口



 大ホールの中の興奮が未だ冷めず、大きな歓声がまだ上がっている中。


 制服姿の三人の男子が足早にホールを出てきた。



「……どうだ。予想通りか?」


 短髪の生徒が、隣を歩く方まで髪のある男子に尋ねる。


「はい。安城ヶ丘、海南、桜台、名電、豊北、矢作北。全て的中です。」


「そうか。よく調査しているな、俊輔(シュン)。」


「はい。」


 シュンと呼ばれた生徒は嬉しがることもなく返答する。


「……現段階で、全国への3枠は?」


東海大会(8月27日)までの上達予測を加味して、安城ヶ丘、名電、浜松光聖(ウチ)です。」


「そうか。」


 短髪の生徒は何も表情を変えずに返事をし、腕時計に目をやる。


「このままなら、浜松に着くのは?」


「18時21分です。」


「……よし、1.125時間は練習に合流できるな。」


 三人はさらに歩調を速める。

 短髪の生徒は続いて、肩幅の広い男子———大吾に声をかける。


(おおとり)。矢作北の指揮者。あれ、かつての仲間だろう。おめでとうの一言でも、言いに行かなくて良かったのか?」


「部長、お気遣いありがとうございます。見に来れただけで(それがし)には十分です。それに……今は敵です。」


「……そうか。」


 ……大吾は一瞬歩くのを止め、後方にある会場に視線を向ける。


「……………。」


 部長と呼ばれた短髪の生徒は腕時計を見ながら、静かに言う。


「急ぐぞ。」


「「はい。」」


 三人は新豊田の駅への歩を速めて行く———。




》 大ホール左手後方




「……先生。部長(青山さん)が事務室から戻ってきました。もう、出ましょう。」


「……あ、………………ああ。」


 総務の池上結衣から声をかけられる野尻。

 結果発表から固まったままだったが、目の焦点が戻る。


 そうだ。発表は終わったんだ。


 ……とりあえず、立たなければ。


 野尻は左手に力を入れ、座席の肘掛けに体重を乗せながら立ち上がる。

 先程まで前方にいたたくさんの生徒たちは、もうほとんど残っていない。


 舞台の閉じた緞帳(どんちょう)が、厚く重そうに見える。


 野尻は少し項垂れて意識を整理する。

 そして、後ろを向いた。


 そこには、教え子である竜海高校の生徒たちが、泣き腫らした顔で座っている。


 野尻がこれから発するであろう言葉を、聞かなければならないという、意地か怯えか。

 そんなような、青い表情をしている。


「…………。」


 野尻は、彼ら、彼女たちを見る。

 …………こんなにしっかり彼らの目を見たのは、どれくらいぶりだろう。

 

 そんなことに、気づいたこと。

 今更になって———と、野尻は頭の中を巡らせる。


 俺は、間違っていたのか?


 コイツらは、俺にこれから叱られるだろうと、怯えている。

 全国どころか、東海にも行けず。

 さらに追い討ちをかけうようとしている俺の言葉を、聞く覚悟をしている。


 負けて、尚、傷つこうと、している。


 …………そんなこと、しなくてももういいだろう?


 ……この結果、学校にどう伝わっている?

 どう、報告すればいい?

 俺の進退は、どうなる?


 いや…………。

 俺が今、向き合うべきものは……。


 野尻は、石上の言葉を思い浮かべる。

 真摯…………そう、真摯。


 人として、成長を助けること。


 それが、彼らに真摯に向き合うこと。


「どんな演奏者になりたいか。

 竜海での経験を通してどうなりたいか。

 誰に聴いてもらいたいか。

 誰を大切にしているか。

 普段の練習が、指導が、それに繋がっていますか?」



 (———繋がって、なかったな。

  あの言葉にも自分にも腹も立つが……。

  でもコイツらは、真摯に練習に向き合ってきた。

  俺が向き合うべきものは……。)



 野尻は、生徒たちを見渡す。



「すまなかった——————。」



 頭を下げる。


 多くの生徒が、驚きのあまり目を見開いた。


「お前たちは、今できる最善の演奏をしてくれた。それを導けなかった、責任は俺にある。すまなかった。」


 最善の演奏、と言われた生徒たち。

 泣き枯らした瞼が、再び熱くなる。


「3年生。」


 野尻が、3年生たちに顔を向ける。


「最後の大会で、すまなかったな。———青山。」


「……はいっ?」


「1年の時、コーチの俺に、全国一のトランペッターになりたいって言ってたな。夢、叶えてやれず、悪かった。」


「い………いえ…………!」


「中村。」


「は、はい!」


「お父さんに、全国で演奏を聴かせたいって、言ってたな。お父さんは、今日来てくれてたのか?」


「は、はい!」


「……すまなかったな。でも、お前の音、精一杯鳴ってたぞ。よく頑張った。」


「い、うう……っ!」


 野尻は一人一人に向かって話していく。


 その言葉の端々に、いつもより柔らかい響きがあった。


 ——————そして、3年生全員に話し終えると……再び頭を下げる。



「繰り返しになるが、今年全国に行けなかったのは、俺の責任だ。お前たちは、最善の演奏をした。こんなに厳しくばかりした、俺によくついてきてくれた。申し訳ない。本当にありがとう。」


「いえっ、いいえ!」


 最初に青山と呼ばれた部長が、声を詰まらせながら言葉を返す。


「先生がしてくれた前の学校の話、覚えてます! 練習を厳しくしなかったことでコンクールで負けたこと、最後の生徒さんが悲しんだという話、覚えてます! それで先生は手を抜かず、朝も夜もずっと付きっきりで指導をしてくれたことも知ってます! もう謝らないでください!」


「青山……。」


 青山が咽び泣く。


「……あれが俺の一番の失敗だった。もう二度と、夢を潰させたくなかった。二度と同じ想いをさせないと決めていたが……。」


 野尻も、言葉を詰まらせる。


「……それでも、やるべきことはやらんといかん。きちんと、俺から保護者の方には謝らせてもらう。学校も……俺では力不足と判断するだろう。」


 生徒たちが、不安そうな顔をする。

 竜海は私立。

 結果が出なければどのようなことが起きるか、生徒なりに理解している。


「……でもな、一つ期待してくれるか?」


 生徒たちが顔を上げる。


「必ず、良い指導者を呼び込む。2年生。来年こそは、全国へ行けるようにするからな。俺の悪いところは捨てて、得られたものは昇華させて、頑張るんだぞ。」


「「「「は、はいっ!!!」」」」


 2年生たちの声を聞き、野尻は小さく微笑む。


 そして、ふと視線を横にずらす。

 そこに立つ、池上の姿を見つける。


「池上。……お前が、来年の竜海を支えてくれ。」


「……っ!!」


「厳しさも優しさも、両方をちゃんと知ってるお前なら、きっと大丈夫だ。……期待してるぞ。」


「……はいっ!」


 結衣の声は少し震えていたが、その目は力強く光っていた。

 それを見て、野尻は微笑みながら小さく頷いた。


「…………よし、行こうか。」


 野尻は、一度舞台を見てから、一礼する。


 そして、ホワイエの扉から見える光に顔を向けながら、階段を一歩ずつ、登って行った。




》 楽器搬入出口 横



 矢作北のメンバーが楽器搬出を終え、集団になってバスの到着を待っている。


「お盆があるけど、東海が近いから、予定通り明日はクールダウンも兼ねて部室を開けるわよ!」


 有純が全員に向かって今後のスケジュールを話している。


「『部活ある予定にして良いわよね? 行けるわよね?』って不安そうにしてたのは、どこの誰だったかしら?」


「そんな人いないわ!」


「おーおー、もう一回ツネっとく?」


「止めんちゃい!」


 ワハハ、と笑いが起きる。


 ……その集団の外側で、大翔が陽に声をかける。


「なあ、あれから何とも無いか? 大丈夫か?」


「ん? ああ、大丈夫、大丈夫。」


「……今まで、ああやって力抜けて倒れるなんてこと、あったのか?」


「え? うーん、無いけど、なんてこと無いよ。大丈夫だよ。」


「そうか。なら良いが……。」


 皆を見て楽しそうに笑う陽に、大翔はなおも気にかかる様子で視線を向けていた。


(あの時感じた、ピリリとした嫌な感じ。ただの気のせいなら良いが……。)



 しばらくしてバスが到着し、全体が移動を始める。


 今日の結果に気持ちが高まるメンバーの中で、水都は一人、真剣な表情をしていた。

 話しかけられれば笑顔を返してはいるが、未来にはその奥の揺らぎが見えていた。


 未来はずっと気にしていた。

 あの時、影斗に言われた言葉。


(守りの音とか、戦ってないとか……ううん、それ以上に、「陽の支えになってない」とか、「可能性を潰す」とか。あれは、水都にとって一番傷つく言葉。)


 安城ヶ丘の市川先輩に言われたときも、水都は激しく自信を失い、苦しんだ。


 また同じことが起こる前に、声をかけよう。

 …………そう思った、その時。


「ねえ未来。言っていいか、分からないけど……聞いてもらいたい話、あるんだ。」


「……え?」


 水都は視線を皆に向けながら、未来に声をかける。

 そして、未来をしっかりと見て、口を開いた。


「……陽くんも、先輩たちも、私を信頼してくれてる。だから、葛城くんが言っていることがたとえ正しかったとしても、私は力不足じゃない。」


 ……その言葉に、未来は驚き、胸が熱くなる。


 水都は視線を斜め下に落とし、再び未来を見つめる。


「負けたくない。でも、どうしたら良いかわからなくて……頭がグルグルして、まとまらないの。こんなこと言うの、少し恥ずかしいけど……信頼してるから。私の考えてること、全部話していい、かな。」


「………………!!」


 それを聞いた未来は、ゆっくりと笑顔になり、声を震わせながら嬉しそうに頷く。


「…………もちろんよ! 絶対、聞かせて! 一緒にあんなヤツ、やっつけてやろ!」


「や、やっつけなくても良いけど……」


「いーーえ! コテンパンにしてやるんだから!」


 意気込む未来を見て、ふふ、と笑う水都。


 バスに乗り込む二人の歩調は、力強く見えた。




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