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44話 県大会当日③ 巨星 vs 彗星


》大ホール横 展示室A



 出演を終えた各校の楽器が、トラック搬出の順番に待つためにスペース毎にまとめられている。


 大ホール内の場内アナウンスが、スピーカーを通して流れてくる。


「ここで、審査の検討のため、40分間の休憩に入ります…………審査員の皆様はご退席ください…………なお、審査結果の発表と表彰式は、16:45から行います…………各校の代表者1名は……」


 陽と大翔はアナウンスを確認すると、大ホールへと移動を始めようとする。

 矢作北の後の、竜海の演奏はホールで聴けなかったため、矢作北メンバーは楽器の片付けをいち早く行って、スピーカーから流れる演奏を聴いていた。


 矢作北の楽器スペースを離れ展示室の扉をくぐり、二人は市民ロビーへと出る。


「他の学校の搬出状況を確認しに行っていいか?」


「ああ。」


 他のメンバーが大ホールへ向かう中、二人は反対方向に歩き出す。


 すると……


 演奏を終えたばかりの竜海高校の面々が、列をなしてやって来ていた。

 楽器搬入出だけのために来た一年生も多くいるのか、一気にごった返す。


 ……全員、表情が暗い。


 列の中ほどを歩いている人物。

 野尻。


 野尻は陽を見つけるなり……ズカズカと歩いてくる。


「……野尻先生、こんにちは。素晴らしい演奏でしたね。スピーカーからですが、拝聴していました。」


「……ああ?」


 野尻が陽と大翔の前に立つ。


 野尻を気にして竜海の列が止まるが、「いいから行きなさい」と、野尻は列の進行を促す。

 全員が流れ始める中、部長らしき女子生徒と、総務の池上結衣はここに止まった。


「石上くん。君は、コンクールを舐めてるのか?」


「…………どういうことでしょうか?」


 陽はそれまでの社交辞令的な笑顔から、真剣な表情に切り替えて聞き返す。


「わからんのか。自分がやったことが。これだから外国カブレの無知なガキは。ここはコンクールだぞ? 県大会だぞ? それなのにヘラヘラ笑いながら演奏しおって。懸命に練習してきた他校に失礼極まりない。」


「……笑顔で楽しく演奏していたことが、失礼だったということでしょうか。」


「当たり前だろうが! 神聖なコンクールの舞台で、笑いながら吹くなど! 前代未聞だ! 音楽に真摯に向き合って真剣勝負をする舞台で、緊張感の無いことをしおって!」


「野尻先生。真摯に向き合うとは、どういうことですか?」


「あ!?」


「音楽の本質を真剣に考え、練習を重ね、楽しく表現している人は、真摯に向き合ってはいないんですか?」


「…………?」


「例えばですが、甲子園に出場する球児や、オリンピックに出る選手は、笑いながらプレーしてはいけないんですか?」


「…………う…………。」


 野尻は、出かけた息を堪えるように言葉を噤む。


 沈黙。


 陽が口を開く。


「…………竜海の生徒はどうなんですか? 何で音楽をやっているんですか?」


「それは……コンクールに出る……」


「後ろの生徒さんを見てください。」


 野尻はその言葉に一瞬固まった後、後ろを振り返る。

 そこには、困惑の陰を落とした表情の、二人の生徒がいる。


「このお二人が何で音楽をやっているか、お聞きになったことは?」


「…………もち、ろん……」


「……僕はこのお二人の音が好きです。

 音量を自在に変えつつ様々なアーティキュレーションを唄い上げられるバスクラ。

 とても優しく、かつ重みのある低音が心に響くファゴット。

 全ては分かりませんが、このお二人は本当に頑張って来たんだと思います。」


 二人は、驚きながら口元に手をやる。


「苦しかったこともあるでしょう。真摯に音楽に向き合って来たはずです。

 それが、このお二人のしたいことにどう繋がっているか、確認していますか?」


「…………」


「どんな演奏者になりたいか。

 竜海での経験を通してどうなりたいか。

 誰に聴いてもらいたいか。

 誰を大切にしているか。

 普段の練習が、指導が、それに繋がっていますか?」



 関心を向けられた、という感情が久しぶりに生まれた二人。

 目には大粒の涙が溢れ始める。



 一瞬それに視線を向ける陽。

 そして、再び野尻に視線を戻す。


「今日の経験が、お二人の喜びと成長に繋がっていますか?」


「う………。」


「コンクールのために、生徒がいるんじゃない。

 生徒の成長と喜びのために、コンクールがあるんです。

 実績や学校のプロモーション活動も同じです。そのために生徒がいるんじゃない。

 生徒の成長と喜びのために、それらがあるんです。

 生徒に向かい合い、その価値と方向性を尊重し、音楽を通して、吹奏楽を通して、人として成長することを助けること。それが真摯に向き合うことであり、私たち大人の役割でしょう! 違いますか!!」



 喧騒が続くロビーの一角。

 境界線が張られているように、ここだけの時間が、暫時、止まっている。



「…………審査員の方が、私たちの演奏の表現にどういう判断をされるかは分かりません。

 でも矢作北は、全員が納得して、音楽を演じました。

 一人一人が喜びを感じ、このコンクールでも成長したという絶対の自信があります。

 もしそれを助けられたことが、愛と言えるのなら…………私は心から矢作北のみんなを愛しています。」



 固まっている野尻に対し、陽は「失礼します」と言い、軽く頷き大翔に合図すると、搬入口に足を向ける。


 大翔も一緒に搬入口に向かい、その扉を開いた。



「おい、陽……。」


 大翔が陽を呼び止める。


「……『私たち大人の役割』って……。」


「あ、バレた?」


「お前なぁ……。ちょっとヒヤッとしたぞ?」


「はは、大翔だし。良いかなって。」


「ったく………。」


 大翔はグーを陽に向ける。


 陽もグーを向けて、タッチをしようとしたその時。



 大翔は自分のグーを拡げ、陽の拳をグッと掴む。


 そして陽の身体を自分に少し寄せて……


 左手でバンッ、バンッと、陽の背中を、嬉しそうに叩いた。




》 大ホール正面外 1階ホワイエ



「おまたせー。」


「ううん。」


「未来ちゃん、大きいの出た〜?」


「は!? ち、違うわ! って美音! こら!」


 化粧室からハンカチを持ちながら出てきた未来が、美音にツッコむ。

 水都はそれを笑いながら、三人で客席に向かおうと歩き出す。


 自販機の横、くつろいでいる生徒たちの前を通りがかろうとした時。


「みおみお〜。」


「あ、横山先輩〜。」


 梓希が美音を呼び止める。

 横には、壁に保たれながら、缶ココアを飲んでいる影斗も。


「はいな〜、演奏良かったにゃ〜。」

「ありがとうございます〜。」


 そう話している二人の横で……

 影斗が口を開く。


「あんた。フルートの。」


「……え、私?」


「ああ。」


 自分に声をかけられたことに驚く水都。


「……あんたの音、変わったな。」


「え?」


 いきなりの言葉に、驚く水都。


 影斗は上半身をバネにして壁から離れ、

 再び口を開く。


「……合同練習の時のあんたの音、ただ綺麗なだけだった。でも今は、戦える音になってきてる。」


「…………『戦う』?」


「ああ。『さくらのうた』のピッコロも凄かったけど、今日の『アルメニアン・ダンス』はさらに上手くなってた。客席の他の学校、ビビってたぜ。……でもな、まだ足りないぞ。」


 戦うとか足りないとか言われ、訳が分からなくなり固まる水都。


「あんたの音は、守りの音だ。陽を支えることしか考えてない。俺はもっと攻めて、バンドをリードする音楽を目指している。」


「…………せ、攻めるとか、戦うとか、変だよ。音楽で。」


「陽はずっと攻めてるぞ?」


「え……」


 水都は口をつぐむ。


「…………俺はドイツで、陽の指揮で演奏した。あいつの音楽は、まるで成長する生き物みたいだった。中学生が、東洋人が馬鹿にされる空気の中、それをモノともしないパワーと激しさで周りを圧倒して行った。日本に帰るって言うから、一緒にやれるかもって、嬉しかった。でも、あいつは矢作北に行った。」


 影斗は面白くなさそうに、目線を逸らす。


「あいつの凄さは、今日の矢作北の器なんかじゃないんだ。あいつ、矢作北のメンバーが新しい世界を見れるように、ここまでのし上がって来たんだろ。……あいつの可能性を潰すなよ。あんた、陽に近い存在だろ? 足、引っ張んなよ。」


 ……そう言って影斗は空き缶をカゴに捨てると、スタスタと歩いて行った。


「……………。なに〜!? あいつ〜〜!? 言いたいだけ言って〜!!」


 未来が激おこで腹を立てている横から……梓希が口を開く。


「うはは、ごめんにゃ〜、変なヤツで。」


 ペコリ、と梓希が首を下げる。


「……でもにゃ〜、このままだと面白くないのも確かだにゃ。」


「え?」


 怒っていた未来が驚いて振り向く。


「みおみおも。……今日は調子悪かった?」


「え……ううん、そんなことは……。」


「な〜。みおみお、前はもっと、『トランペット好き好き〜!』って音、出してたっしょ? 音が変でも。」


 梓希は鼻の下を指で横に擦る。 


「昔はもっと気持ちが乗ってたにゃ。でもにゃ、今日は慎重というか、誰かのパクリみたいにゃ。」


「っ!!」


「…………なんでやろにゃ?」


 美音をゆっくり覗き込む梓希。


 それを見て未来は、背筋をゾッとさせる。


 美音をじっと見た後、ニヤリと笑う梓希。


「ま、気にせんでええにゃ。次はもっと面白い音聞かせてにゃ。あちしは別に、名電が負けても良いと思ってるにゃ。」


「………はっっ!??」


「うははっ。じゃはは〜イ。」


 ヒラヒラと手を振って去っていく梓希。 



 三人は声も出せず、その後ろ姿に固まったままだった。




》大ホール 審査員席前——————



 舞台上の司会が今日の審査員を一人一人紹介している中、

 その審査員席の前列の中央に陣取る、一人の影。


 吹奏楽ジャーナル編集部ライター、小澤克之。


 彼は名前を呼ばれる審査員に拍手を送っているように見えて、左右の手をシャカシャカ擦り合わせていた。

 

 楽しみで仕方ない時の、小澤のクセだ。



『……発表は、金賞、銀賞、銅賞となりますが、金賞と銀賞を区別しやすくするために、金賞は『ゴールド金賞』と発表いたします……』



「(さァ、いよいよだ。東海大会への枠は6枠。如何なる………?)」


 シャカシャカする彼の手が、熱くなる。



 …………


『それでは、発表いたします。』



 ………………。




『1番 愛知県立 刈谷南高等学校、銀賞』



 パチパチパチ、と拍手が湧く。



『2番………』


 ……………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………



 10番までが発表され、会場がどよめく。



「(なんて……ことだッ!? 午前の部に、金賞が1つも……無いッ!??)」



 …………



『11番 聖サレジオ学園 安城ヶ丘女子高等学校、ゴールド金賞』



 オオ〜、という歓声と共に、拍手が起こる。


「(……ようやく、ようやく金賞だ。午後、如何なるんだ…?)」



『12番 愛知県立 岡崎日名高等学校、銀賞』


『13番 愛知県立 海南高等学校、ゴールド金賞』


 ………… 

 …………

 …………

 …………


『18番 愛知県立 岡崎中央高等学校、銀賞』



「(次は、矢作北……っ!!)」



『……19番 愛知県立 矢作北高等学校、ゴールド金賞』



 キャアアアッ! と有純たちの声が上がる。



「(ふふ、どこまでも謙虚な感じが、彼らの良いトコの一つだね。)」


『……20番 竜海高等学校、ゴールド金賞』



 さも当たり前と言ったような、丁寧な拍手が起こり…………


 静かになる。



「(金賞は、全部が8強か……。でも矢作北の後の竜海は、矢作北に完全に飲まれていた。コレが如何なるか? 両方東海に行くのか? それとも……。)」





『それでは、来たる8月25日に、三重県津市の三重県文化会館で行われる東海大会に進む、愛知県の代表校を発表いたします。』




 ……………………………。



 静寂。




『11番 聖サレジオ学園 安城ヶ丘女子高等学校!』


 …キャッ……!


 大きな拍手と一緒に、僅かに叫ぶ声が上がる。


「(ふふ、全国常連と言えども、歓声を上げてしまう生徒はいるよネ。)」



 …………




『13番 愛知県立 海南高等学校!』



 …………



『14番 桜台高等学校!』



 …………



『16番 名京大学附属 名電高等学校!』



「(ん、豊橋大谷が落ちたか……。)」



 …………



『17番 愛知県立 豊北高等学校!』



 …………





「(……こ、ここまで5校、残り、1枠ッ……!?)」






『……最後の1枠です。』




 祈る、右手奥の、矢作北の面々。


 祈る、左後方の、竜海の面々。





 静寂。





「(矢作北か、竜海が、落ちる! どっちだ……!?)」

















『……19番!』



 キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 オオオオオオオオオオオオオオオッ!?

 


『愛知県立 矢作北高等学校!!』


 ウワアアアアアアアアア!!!


 割れんばかりの拍手が起こる!!



 跳び上がる、右手奥の生徒たち。


 呆然とする、左後方の生徒たち。



 小澤も、審査員席の前で棒立ちになる。


「だ、大事件だあッ…………!! 全国10回連続出場、3年連続金賞の巨星が、彗星に撃たれ、なんと県大会で、敗退ッ…………!!!」



『以上で、発表を終了いたします。なお、各校の代表者一名は……』



 会場にはアナウンスが続くが、どよめきと歓声が止まず、まるで聞こえない。



「石上いいぃぃぃ!!」

「陽クン! 陽クン! 陽クン!」

「陽ォォォォオオオオ!!!」

「みんな、最高〜〜〜!!!」

「川北先輩ぃ〜〜!!」


 泣く人、笑う人、入り乱れる中、

 陽は四方八方から迫る両手に次々とハイタッチを続ける。


 そして誰かが始めた手拍手に全員が合わせ始め、

 大きな拍手が矢作北に湧き起こる。


 抱き合って喜ぶ、有純と奏。

 姉の結愛に泣きながら後ろから抱きつく、愛菜。

 

 陽は、涙する面々を微笑みながら見る。



 ——————・・・・



 ドサッ。




 陽が、通路に倒れる。






「……陽?」



 大翔が驚き、陽の腕を引っ張る。



「あ、あれ……?」


 一瞬意識を失った陽が、我に返る。


「おい、大丈夫か?」


「あ、ああ。悪い。なんか気が抜けちゃったみたい、だな。」


「陽クン、川北先輩が呼んでる!」


「あ、はい、行きます!」



 前方に向かう陽。


「………………。」


 何かを察し、その背中を見る大翔。




 遠く、陽の自宅のデスク——————



 引き出しの中にしまわれている『歪波の命書』から、強い黄色い光が放たれていた……………




ついに、東海大会編突入です!

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