41話 地区大会当日 矢北の余波
》竜海高校 2年 ファゴット 池上結衣
吹奏楽コンクール愛知県西三河地区大会、当日。
私たち竜海は昨年全国大会に出ているので、地区大会はシード。
今年は例外的に招待演奏も無いとのことで、会場にも行っていない。
無条件に上に行けるという事実の反面……何とも言えない、焦る気持ちがずっとある。
…………私だけだろうか。
プレコンを機に、主力だった人が複数辞めていってしまった。
パーカッションの清水先輩、アルトサックスの寺内さん……。
この二人が抜けたのは、本当に痛い。
その人たちが共通して口にしてたのは、「野尻先生にはついて行けない。」
基礎合奏もしっかりやるし、音楽の表現の追求も厳しいけど、いかんせん、改善点ばかり追求される。
私をプレコンの時に助けてくれた浅井さんも、同じことを言って埼玉に転校してしまった。
…………私だって吹奏楽特待で入っていなかったら……と思ってしまう。
野尻先生の厳しい練習でも残っているメンバーは、県大会くらい楽勝、と考えている。
本当にそうだろうか……。
「失礼します。」
夕方、練習が片付けに入り、総務担当として顧問・副顧問の今後のスケジュールをチェックするために職員室に入室する。
外は雨が降り、夏の夕方なのに暗くジメッとした空気。
掲示板に向かう途中……FAXがちょうど届いて、何か印刷している。
土曜でほとんど先生もいないので、ふと手に取る。
あ……これ、吹奏楽連盟からの、地区大会の結果だ…………。
——————っ!!!
背中に、ゾワッと激しい寒気が立つ。
…………来る、と思ってた。
でもなんだろう。この嫌な気持ち。
脅かされるような……。
ううん、そんなことはない、はず。
「野尻先生。」
「あん? おお、お疲れ。」
「これ、連盟からの、今日のコンクールの結果です。」
「ああ、もう来たか。……今年は早いな。」
野尻先生は少し横に反りながら片手で受け取り、結果の紙の全体の学校数を見た後に……トップバッターの矢北で目を止める。
「……矢北、アルメニアン・ダンスぅ〜? ハッ、中学生かよ!!」
野尻先生が、バカにするように苦笑している。
「そう、ですね……。ただ、結果をご覧ください。」
「うん?」
…………。
「金賞、代表、県教育委員会賞…………最優秀賞?」
》1stフルート 1年 河合水都
『以上をもちまして、愛知県吹奏楽コンクール西三河北地区大会を終了いたします。なお、各校の代表者は……』
アナウンスが続く中、まだ会場がどよめいてる。
結果発表が終わった直後の、豊田市民文化会館大ホール。
私たちが、最優秀賞。
横で未来が「ま、当然よね」って言ってるけど、前列の先輩たちはまだ興奮冷めやらない。
代表を発表された時に歓声を上げて、最優秀賞の発表でもう一回。
たくさんの先輩たちが泣いてる。
桐谷先輩……ああ……「良かっだぁ〜」って、鼻水が……。
「みんな、おめでとう!!」
「川北先輩!」
わああっ、と先輩たちが、声をかけてきた先輩たちに跳び集まる。
引退した先輩、かな。
また涙がぶり返してる。
私たちの演奏で、喜んでくれたってことだよね……。
嬉しいけど、それよりもなんか、周りが喜んでくれることに不思議な気持ちを感じながら、見てる。
……隣の陽くんも、同じようにみんなを嬉しそうに微笑みながら見てる。
目が合って、良かったねと言われ、私もうん、と答える。
「美音。」
「イノハナちゃ〜ん。良かった〜。一緒に県大会、だね〜。」
「バカ。何言ってんのよ。また上手くなっちゃって。……ったく、何てことしてくれたのよ?」
未来の隣の美音ちゃんに、通路から日名高の制服の女子が笑いながら話しかけてきてる。
「私ら、3番目だったじゃん。あんたたちの演奏をさ、豊西が舞台袖で見てるのを見たんだけど、あんたたちの演奏を聴いて、顔面蒼白だったわよ?」
「え〜?」
「去年県大行った幸田中央も、岡崎南も落ちちゃって。ドングリの背比べと思ってた高校が、トップバッターであんな演奏するもんだから……令和◯マンかよ?って。他の学校の自信もガタ落ちよ?」
「ひゃ〜?」
「ひゃ〜じゃないでしょ!」
「でもイノハナちゃんと行けて〜、良かった!」
「そうだけど……はぁ〜〜。」
と言いながら、イノハナさん?は嬉しそうに美音ちゃんと話してる。
「……お。」
陽くんがスマホを取り出す。
「…………。ははっ。」
「……どうかしたの?」
「うん、合同練習の時にいた、影斗ってトランペットの1年。」
「何? あの変なヤツから?」
未来も聞いてくる。
「うん。おめでとうって。県大会でぶっ潰してやるからなってさ。」
「っきーー! 何かとハナにつくわね、アイツ!」
ははは、と陽くんが笑う。
「……とりあえず、1つだね。あと東海まで、1ヶ月だね。
「陽、ホントあんた、東海しか眼中に無いね? 再来週に県大なのに……」
「はは、ごめん。」
「……東海も絶対行くって、思ってる?」
未来の質問に、陽くんが挑戦的な眼差しで私たちを向く。
「もちろん。」
* * *
帰りのバスの中も、大盛り上がり。
きっかけも無く、みんなが課題曲を歌い出し、「合奏」ならぬ「合唱」が始まる。
悠くんのスネアのボイパが超上手くてびっくり。
合わせて、普段大人しいパーカスの恵麻ちゃんが、「ジャーーン!!」ってシンバルを口で叫んで、みんなが大爆笑。
サックスのソロを武田先輩がふざけて乗っ取っちゃったり。
最後列で富田先輩と畔柳先輩が立ち上がって踊り出そうとするものだから、宇佐美先輩が叫んで注意してる。
あー、お腹痛い……。
「はいは〜い! 今日打ち上げ行きた〜い!!」
「賛成〜!」
「え〜、私今日行けな〜い。別日に仕切り直さない?」
「えぇ〜? 別日っていつよ?」
「……来週の花火大会、とか?」
「「「「それだ!!」」」」
Fooooo〜!! ってみんな、大はしゃぎ。
「パパパーーン!!」とか、アルメニアン・ダンスのファンファーレまで歌っちゃってる人もいる。
「ちょっと、県大会までその日は1週間よ?」
「花火大会の河川敷で練習!」
「パパパーーン!」
「ドゥララララ〜ラ〜ラ〜ラ〜」
「ワハハハハハハ!!」
「もう、ちょっと静かにしなさ〜い!」
「は〜い、お母さ〜ん!」
「ハハハハハ!!」
もう陽の落ちた夕暮れ。
いつのまにか雨は止み、茜色の光が山から空に広がっていた。
 




