39話 7月11日 大翔と未来
》ユーフォニアム 狩野未来
大翔と一緒に、イーオンに来ている。
桐谷先輩に、「申し訳ないけど、新しくセクションリーダーになった二人にお願いしていいかな」と言われ、メンテ後の楽器の受け取りとチューナーの購入のため、イーオンのシマムラ楽器に大翔と水都が行くことになった。
でも、陽が病欠だったのを思い出して。
「水都、私が行ったげるよ。陽のお見舞い、よろしくね! ちゃんとしなさいよ!」と言い放って、替わってやった。
こーでもしないと、自分から行かないんだから!
……大翔と買い物になっちゃうけど、一人で行かせるのも、ね。
荷物くらい持てるし。
……にしても、平日なのにイーオンは随分混んでるのね。夕方だからかしら。
「……ねえ、お客さん多いね。」
「そうだね。この時間、いつもこんな感じだよ。」
「そうなんだ。……いつもって、よく来てるの?」
「ああ。妹たちがここのスイミングに通ってて。母さんの職場が近いんだ。それでよくここに来てる。」
ふーん。
そういえば、弟や妹が多いって言ってたわね。よく来るって、付き添いかしら。
……実は面倒見が良いキャラ?
…………
シマムラ楽器で物品を受け取って、イーオンの文房具コーナーへ。先輩から吹奏楽祭や文化祭で使う新しい譜面台紙のカラーについて相談を受けていたので、画用紙の実際の色と種類をチェック。
今年はハデに決めるために、青と黄色の台紙を使うらしい。なんでも、ペットとボーンの富田先輩と畔柳先輩の提案で、ゲームの音楽をやるとか?
陽も乗り気になっているらしく、ハデ北に相応しい楽譜を作っているみたい。
盛り上がりそうね、と大翔とも話す。
用件も終わり、最寄りのエスカレーターを探す。
すると、大翔が近くのおもちゃ売り場で立ち止まる。
「お、これ新作出てるんだ。」
「何? これ、ボードゲーム?」
「ああ。」
「ふーん。見た目がかわいいし、面白そうね。小さい子向け?」
「そうだね。ウチは家族で遊ぶことが多いから、こういうのは盛り上がるんだよ。」
「そうなんだ。そういう時間を家族で持てるって、いいね。」
「ああ。これ、家族に提案してみようかな?」
そう言って大翔がスマホでその商品情報をチェックしようとしていたその時。
「あーーー! ヒロ兄ちゃんだ!」
おもちゃ売り場の角から、男の子が大翔に突進してくる!
大翔はしゃがんで男の子をドン! と抱きしめると、「よいしょぉ!」と言いながら、抱っこする。
「あれ、紗希は?」
「あそこ!」
男の子が指差すと、アイドル系のカードゲームのところに小さな女の子とお母さんらしき女性が見える。
近づくと、女性も気付き、話しかけてくる。
「ヒロ。」
「や。今スイミング終わったんだ?」
「そう。今日は紗希、テストだったから。」
「そっか。それでご褒美のゲームか。」
紗希ちゃん……かな? 3歳くらい?
ドリプリの台に向かって、絶賛集中しながらリズムに合わせてボタンを叩いている。
「お友達?」
「ああ。狩野さん。吹部の一年で、同じクラス。ユーフォめっちゃ上手い。」
「あらあら。そうなの。初めまして。大翔の母です。」
「あ、初めまして。狩野といいます。いつもヒ……岩月くんには部活でもとてもお世話になっています。」
「そう、こちらこそ、大翔がいつもお世話になっています。」
「ヒロ兄ちゃん、デート?」
………………デぇと?
……へぐぁっ!??
そうか! しまったああぁぁぁぁぁ!
そう見られても、変じゃないわよね!?
う、うわあぁ〜……。
同じク、クラスの人に、見られてたりしないわよね?
私が頭を抱えていると、大翔が抱っこのまま男の子の頭をわしゃわしゃしながら、
「兄ちゃんは今、吹奏楽部の一年のリーダーだから、大切なもののお使いを頼まれてイーオンに来たんだ。で、このお姉ちゃんはそれをわざわざお手伝いしについて来てくれたんだよ。デートじゃないけど、優しいお姉ちゃんだよ。」
「ふーん。ありがと、お姉ちゃん!」
「あ……ううん。」
……なんか返事に困る。
いつもみたいに、揶揄って全否定してくるかと思ったから……。
言い方、すごい優しいじゃん。
大翔のお母さんが私たちを見て微笑んでから、女の子、紗希ちゃんに目を移す。
あ、ちょうどゲームが終わった。
……クリアならず、かな。コンサートが完全にライトアップされていない。
「次は、もっとがんばろっと!」とキャラクターが話している。
紗希ちゃんは無表情で、画面をじっと見つめたまま止まっている。
クリア、したかったんだろうな……。
……それなら。
私はドリプリの台に近づき、紗希ちゃんのカードを中央に置いて、ボタンで隠しコマンドを叩き、スタートボタンを押す。
「このままじゃ終われない! アンコールだよ〜〜!」とキャラが叫び、ライトアップが画面いっぱいに広がり、追加ゲームがスタートする。
紗希ちゃんは目を真ん丸にしたまま、追加ゲームをプレイし出した。
「……未来、これは?」
「隠しコマンドって、やつ? ドリプリって、小さい子が失敗した時の救済用に、アンコールモードがあるのよ。」
「お前、よくこんなの知ってるな……。」
「ん〜〜、年の離れたイトコの女の子がいてね。よく遊びに来るんだ。それでドリプリ知っててさ。調べたらすぐ出てくる裏技よ?」
「そうか……。ありがとう。紗希、めっちゃ喜んでる。」
……喜んでる、のかな? 表情は変わらないけど、すごい集中力。
アンコールが終わって、ゲームの画面はキラキラ華やかのまま。
紗希ちゃんは目を大きくしたままお母さんを見て、画面を指差している。
「紗希、良かったわね〜。初めてクリアできたね! 上手だったね〜。」
画面を指差したままの紗希ちゃんの頭を、お母さんが撫でる。
「未来さん、ありがとうね。紗希、すごく嬉しいみたい。」
「あ、いえ。たまたま知ってただけなんで。」
わざわざ礼をしてくださるお母さんに私がドギマギしていると……台の受け取り口からカードが出てくる。
キラカードだ!
紗希ちゃんはゆっくりカードを取ると、じっとカードを見てから……大事そうに抱きしめた。
「キラキラカード、初めてね〜。良かったね〜。」
お母さんが話しかけた後、私もしゃがんで紗希ちゃんと同じ目線で話す。
「紗希ちゃん、良かったね! テストも頑張ったから、ご褒美だね!」
「……良かったな、紗希。未来お姉ちゃんがいてくれたからかな。」
紗希ちゃんは、うん、と頷く。
かわいい……。
「ママ、腹へった〜!」
「はいはい、それじゃ、お店に食べに行こうね。」
男の子がお母さんの裾を引っ張る。
……これから、ご飯に行くのかな?
「……それじゃ、私はこれで。荷物、また明日持ってくね。」
失礼します、と言おうとしたその時。
「未来も、来ないか? トンカツだけど。」
………え?
「え、いいよいいよ。私なんか。ついて来ただけだし。」
「未来さん、良かったら、ぜひ一緒に来て?」
「いえ、勿体無いですし大丈夫です。今日はテストのご褒美ですよね? ぜひ、ご家族で。」
とんでもない。そんな大切な家族団欒の時間を、邪魔しちゃいけない。
……と思ったら。
「………………。」
紗希ちゃんが、私のスカートの裾をギュッと持って、私を見上げている。
「みくちゃ……いこ?」
……ズキュウゥゥゥンンン!!!
か、かわゆすぎるっっ……!!
「ははは、こりゃ決まりだな。」
「早く行こーよ!」
あらあら、とお母さんに微笑まれながら、私は紗希ちゃんと手を繋いで男の子の後をついて行くことになってしまった。
* * *
「ギュイーン、ダダダダダッ!」
「こら、愛翔、座って食べなさい!」
お子様セットに付いてきたロボットおもちゃで、愛翔くんが興奮している。
紗希ちゃんはお姫様クラウンを選び、大切そうに見ながらご飯を食べている。
テーブルの向こうに、大翔、愛翔くん、お母さん。
そしてなぜか、紗希ちゃんと私が隣同士。
……いいのかしら?
「なんか、すみません。ご馳走になってしまって……。」
「いえいえ、紗希ちゃん、お姉ちゃん来て欲しかったもんね?」
うん、と紗希ちゃんがモグモグしながら頷く。
「真翔と紗良はサッカーと塾?」
「そうよ。木曜だし。」
「そっか。紗良、変わらず矢北受けるって?」
「そうみたい。内申足りないけど、陽くんにフルート教えてもらいたいって、張り切ってるわよ。」
……。
妹さんかな? 来年、矢北受けるんだ。
しかもフルート、か。
美島のフルートなら、強力な新入生、かも。
「そういえば未来さんは、大翔と同じクラスってことは、陽くんと同じってこと?」
「はい、そうです。」
「まぁ、そうなのね! 素敵ね!」
「未来は、翔西中の吹部で部長やってたんだ。ユーフォも上手いし、夏の大会でも東海で金だったし。頼りになるよ。」
「まぁまぁ! すごいわね!」
「ヒロ兄ちゃんだって、トーカイで金だったぜ!」
愛翔くんがカットインしてくる。
……自慢のお兄ちゃん、なんだろうね。
「ん? トーカイで一緒ってことは、未来姉ちゃんはヒロ兄ちゃんの彼女?」
ブハァッ!!
いっそいでお手拭きを口に当てたけど、その中で盛大に吹いてしまった。
「はは、未来姉ちゃんは素敵な人だけど、未来姉ちゃんにも選ぶ権利があるだろう? それにちょっと難しいけど、違う『トーカイ』だな。」
「ふーん。」
気にもしない様子で愛翔くんがまた食べ始める。
……。あ〜、びっくりした。
それに、ここでも、全否定してくるっててっきり思ったけど……。
………………。
目線のやり場に困り、紗希ちゃんのお姫様クラウンを見ながら、私もご飯を口にする。
その私を、紗希ちゃんがじっと見ている。
「……みくちゃ、これ、好き?」
「うん? うん、好きだよ。キラキラして、お姫様みたいでかわいいよね。」
「……みくちゃ、さきちゃのたからもの、みにくる?」
……え?
「え、おうちに、ってこと?」
うん、と紗希ちゃんが頷く。
「え、え〜っと……。」
どうしよう。
困った。
……お母さんを見ると、ニコニコしている。
すると、紗希ちゃんが少し悲しそうな目をしてしまう。
「これ、あげるから、きてくれる……?」
紗希ちゃんは、コロン、とスプーンの中の物を私のお皿に入れて、私を見る。
…………エビフライの、しっぽ?
大翔が……笑いを堪えながら肩を振るわせている。
「未来、エビフライのしっぽは、紗希の大好物なんだよ。」
…………え、そう、なんだ。
大切なものを、くれたのね。
「……そんな大事なもの、お姉ちゃんにくれるの?」
少し涙が溜まった目で、うん、と頷く。
「ありがとう。」
私はエビフライのしっぽを口に入れて、もぐもぐする。
「あ〜〜! 美味しい! 紗希ちゃんの家にも、行きたくなっちゃったな〜!」
紗希ちゃんにお顔を近づけながら話したら、紗希ちゃんが初めて笑顔になってくれた。
か、かわいい……。
* * *
「ご馳走になってしまって、すみませんでした。」
「いえいえ〜。とっても楽しかったわ。未来さん。ありがとうね。」
「いえ、とんでもないです。こちらこそ、楽しかったです。」
「……人見知りの紗希が、ここまですぐ話せるようになった人って、初めてよね?」
「そうだな。」
「また今度、ぜひ遊びにいらしてね。今日はもう遅いからって、説得するの大変だったし。」
え……ホントに、こんなことになっちゃって、いいのかな?
ヒ、大翔の家、ってことよね? 改めて。
少し困った顔をしていると。
「……未来、また、『わからんって言ってるでしょ!』とか、言うか?」
……?
…………。
あーー! あの数学の授業の時の!
「ちょっと! バカ! そんなこと言うわけないでしょ! ってか、何思い出してんのよ!」
ははは、と大翔が笑う。
そんな私たちを、お母さんが楽しそうに見ていた。




