《幕間06 美音(後編)》嬉し儚し #リベルタンゴ
2023年11月4日(土)文化祭終了後
》美島中3年 1stトランペット 椎名美音
私たちの、中学最後の演奏。
本当に、楽しかった。
みんなが大好きだった、今年の課題曲の『煌めきの朝』。
ノリノリで演奏した、『SNSバズりメドレー』。
そして、『シング・シング・シング』。
今までで、一番上手に吹けた。
アンコールの『Soranji』では、たくさんのメンバーが、泣いてた。
部長のイノハナちゃんの挨拶。
「最後までやって本当に良かった」って。
…………陽くんが来て、たった2ヶ月。
演奏する楽しさを、みんなが実感しかけた、そんな感じ。
短かったな……。
もっとこういう練習、してみたかった。
もっと早く、陽くんが来てくれていたら……なんて。
全員揃った、音楽室。
15:30くらいといっても、11月だからか部屋に入る日差しは少し陰ってきてる。
3年生全員の挨拶が終わって、片付けが始まる。
これでトランペットも、最後か。
1年で止めるって約束を、ここまで延ばしてくれただけでも……って。そう思おう。
片付けを終えた莉緒ちゃんが聞いてくる。
「ねぇ、本当に、お父さんとお母さん、来てなかった……?」
「うん、よく見てたけど、来てないと思う〜……。」
「そう……。」
「手紙、ありがとうね〜。読んではくれたんだけど、多分あの感じだと、難しかったと思う。休めないって、言ってたから〜……。」
…………捨てられていた、とは言えない。
「……美音、やっぱり、難しいか?」
「大翔くん……。ごめんね〜。せっかく誘ってくれたのに。でも、せっかくみんなやるってつもりだったんだし、2年の子を入れてやってみたら、どうかな〜。ナオちゃんとか。すごく上手くなってるから、きっとみんなで金、取れるよ〜。」
私がそう言っても、莉緒ちゃん、大翔くん、大吾くん、陽くんは聞きながら止まったまま。
……ごめんね。
「美音。」
陽くんが真剣な眼差しで、声をかけてくる。
「僕たちは、みんな同じ気持ちだよ。僕たち5人だから、アンコンに出たいって思ってるんだ。美音が与えてくれている影響力は大きいよ。美音の音が、みんな好きなんだよ。」
…………。
そう言われても、苦しい。
「美音、もう一度、ご両親に話せないか?」
「……無理だよ。ダメだよ。」
「…………美音の気持ちは、どうかな。」
「やりたいに、決まってるよ! 一緒に、一度でいいからと言うより、このみんなで! ……でももう、ダメなんだよ……。」
私は目線を合わせられず、下を向いたまま、項垂れる。
徐々にみんなが帰っていく中、私たちの空間だけ、止まっている。
「……美音のお父さんとお母さんの職場は、『椎名ファミリークリニック』だよな?」
「え? ……う、うん。」
「確か土曜午後の診療もされているから、まだいらっしゃるよな?」
「え、えっと……たぶん、そう。」
「よし、行こう。」
陽くんが私の手を掴み、歩き出す。
「ちょ、ちょっと、陽!」
「おい!」
「陽くん!?」
みんなが小走りについてくる。
陽くんはスマホを反対の手で取り出し、誰かに電話を始めた。
「もしもし、瀨馬さん。下に着けてもらえますか? 大至急、お願いします。あのデータも。すみません。」
電話を切り、階段を降りていく。
「陽くん、どうしたの? どうするつもり?」
「美音、一度、お父さんとお母さんと話をさせてほしい。きっと、力になれる。」
……私たちが昇降口を出ると、職員入口前に、大きなワンボックスカーが止まっていた。
* * *
———『椎名ファミリークリニック』裏口。
すでに表入口は閉まっているけど、中にはスタッフさんの人影が何人か見える。
陽くんは運転手の方に一言お礼を話すと、車を降りて、サッサッと裏口に向かう。
私たちも慌ててついていくと、陽くんは裏口のインターホンを……押した。
「……はい?」
「お忙しい中すみません。石上と申します。美島中3年の椎名美音さんと一緒に、吹奏楽をさせていただいている者です。土曜の片付けの最中に申し訳ございませんが、椎名先生と短いご面会の時間をいただきたくて参りました。」
「え!? ………………あの、ちょ、ちょっと待ってもらえますか?」
インターホンが一度切られ……しばらくすると、見たことのある顔のスタッフさんが扉を開けてくれた。
「ここでしばらくお待ちください」と、スタッフさんは私の顔も見ながら、待合室にみんなを案内してくれた。
もう片付け中なので、テレビもついていない、BGMも無い、無音の待合室。電気も半分だけなので、薄暗い。ここは何度も来ているけど、こんなに静かなのは、初めて。
扉の向こうからは話し声や足音などが聞こえてくる。
10分くらい経っただろうか。レントゲンのある部屋の扉が少し、開いた。
中から、お父さんが一歩出てくる。
私たちを見ると、たちまち怪訝な表情をする。
「いきなりやってきて、なんでしょうか? 君たちは。……美音?」
「美島中の3年の石上と申します。僕たちは美音さんと一緒に、吹奏楽をさせていただいている者です。月初の診療報酬請求でお忙しいタイミングに、失礼をして申し訳ございません。」
お父さんは「何だ? この男の子は?」という目で、陽くんを睨む。
「……詳しいみたいだけど、分かってて何しに来たんだ? 特に土曜は忙しいんだ。……こんな大所帯で。何か用か?」
「はい。今日の文化祭で、美音さんは本当に素晴らしい演奏をしました。美音さんは今日で最後という約束をされたと聞きましたが、どうか冬のアンサンブルコンテストまで、一緒に演奏させていただきたく、お願いをしに参りました。」
「はあ?」
お父さんが石上くんを見た後に、私に向かって口を開く。
「……美音、お前は何をやってるんだ? 友達を使ってまで、交渉しにきたのか?」
私が「ちが…」と言いかけたところで、陽くんが割って入る。
「違います。これは、僕たちメンバーの意志です。今日の文化祭の最後の演奏で、美音さんは本当に最高の演奏をしました。体育館が、感動に包まれました。美音さんの力が無ければ、それは成し得なかったことです。それを椎名さんと、奥様に、聴いていただきたかった。でも、今日来られなかったと聞きました。」
お父さんは下を向き、『無関心』という大きな溜息を吐く。
「……だから部活を続けさせてほしいと? 感動といっても、万年銅賞の美島中の演奏でだろう。友情ごっこなんてやめて、キミたちも自分の将来を考えなさい。3年生だろう! 間も無く私立の受験も始まるんだ。しかも我が家のことに、中坊が揃いも揃って口を挟みに来るんじゃない!」
お父さんが部屋に戻ろうとし、扉を強く……閉めようとしたその時!
陽くんが右手を扉に差し込んだ!
バァン!!
「ぐうっ……!」
「あぁっ!!?」
「陽!!」
「陽くん!!?」
「な………」
扉から手が離れる……。手が、痕が! 血が!
「陽くん、ダメ! ピアノが……!」
「キ、キミ、大丈夫か? す、すまない……。」
「そんなことはどうでもいいです。…………それよりこれを…………一度でいいので、聴いていただけませんか?」
陽くんは震える左手でスマホを出し、画面をタップした。
スマホから、音楽が聞こえる。
今日の……シング・シング・シングの、私のソロの録画。
いつの間に……。
映像の中では大きな手拍子の中、私のソロが響き渡る。
変え指トリル。シェイク。ハイH、ハイC、ペダルトーン、フラッター……最後のハイトーン。
おおおおおお〜っ! と会場の大歓声と大きな拍手が湧き起こる。
「これは……美音? 美音なのか?」
「はい。今日、2時間前に録った演奏です。」
「こんな……美音、こんなことができたのか?」
私は、小さく頷く。
陽くんが続ける。
「これを、どうしても聴いていただきたかったんです。会場では、これを聴いて『僕もトランペットやりたい!』と言っている男の子もいました。それくらい、素晴らしい演奏だったんです。美音さんの、最後の勇姿です。でも、椎名さんはご覧になれなかった。」
「…………。」
「僕たち5人は全員3年生です。受験も近いですが、美音さんと一緒に最後のアンサンブルコンテストに出たいです。僕たちでできる音楽の可能性を試してみたいというのもありますが、何より、美音さんの音が好きで、みんなで演奏したいんです。本当に最後のチャンスのアンサンブルコンテストで、美音さんの演奏を、聴いていただけませんか?」
お父さんは、黙っている。
「美音さんの音には、夢があります。聴く人に、感動を与えます。そのやりとりで、美音さん自身に還ってくる祝福と成長は、きっと測り知れないものです。」
「………………分かったから、まずは、その手を診てからにしよう。慶子! ちょっと来てくれ!」
お父さんが、お母さんを呼ぶ。
「痛かっただろう。すまない。せめて、すぐ治療に当たらせてもらえるかい? 後………」
私を、見る。
「さっきの動画、後で見れるように、娘の携帯に送ってもらえないか?」
* * *
2023年12月26日 岡崎市民会館あおいホール
》翔西中3年 ユーフォニアム 狩野未来
「おかえり。」
「うん。」
お手洗いから、水都が小田ちんと一緒に座席に戻ってきた。
あわわぁ〜・・・。眠い。
結果発表まで、あと1、2・・・8団体、かな?
入退場含め、6分ごとに入れ替わり立ち替わり。しかも二日に分けて。
審査員の方も大変よね。
プログラムを見る。
他にこの後、ウチらにとって敵となりそうな学校は……
無さそう……かな。葵北も六ツ美南もいない。
午前の部は聴いていないけど……1日目の上手そうなここ、ここと……今日のここ……ウチのフルート、そしてアタシたちで、代表の7枠は決まりそう、かな。
んと、次は……美島中。
……『リベルタンゴ』ぉ?
あの、跳躍の多い、有名な曲?
無謀な……。
そんなに、美島って上手かったっけ??
…………
場内アナウンスが鳴る。
「出演順 31番 岡崎市立美島中学校 金管五重奏 ピアソラ作曲 リベルタンゴ」
チューバが真ん中の椅子に座り、左右に2人ずつが構える。
うん……?
立っている全員、足を少し開いてる。
『気をつけ』で立っていない……?
(参考動画『リベルタンゴ』/
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9040081
)
ピシッ!と小刻みな合図が入る!
「ファララ〜〜〜〜〜ラララ〜〜〜〜!」
うわぁ!? 何何何何何!!?
すごい音の深み!
お互いを見合って!
音色が広がって!
すごい歌い上げる!
わわわわわわわわ!?
トランペット、すごい下降、アーティキュレーション!
えええええ!? こんなの決めるの!?
続けて最初のメロディーを、トランペットが抜けた3人で吹いてる。
綺麗……。トロンボーン、伴奏なのに跳躍がとても綺麗。
こんな跳躍をトロンボーンでやったら、バリバリ音が出そうなのに。
ロングボブのトランペットの子がまた入る。
トロンボーンと一緒にメロディーを歌い上げてる。
この子、上手い………!!
こんなプロ級な子たち、コンクールで見たっけ??
Bメロに入ったら、みんなが中央を向いて細〜〜い音を出す。
ピィンと張ったような、まっすぐな音色。
こんな、多彩な音を出せるものなの? 金管で?
主題に戻り、みんなが正面を再び向いて、トランペットがまた歌い上げる。
コミカルに揺れながら。
楽しくて、思わず心の中で笑ってしまう。
うわぁ〜……。これは感動もんだわ。
お金払って聴きに来たくなるような。
クライマックスに近づくと、また今度はみんなが中央に寄ってくる。
ピッタリと、サブメロディーのトランペットがメロディーに合わせてる。
チューバが跳躍する伴奏部分を吹く。チューバでこれって、難しくない??
最後、難しい和音を5人で吹いて………
全員が前を向き、「パン!」とフィニッシュを決めた。
聴いている人たちから、待ちきれなかったように大きな割れんばかりの拍手が起こる!
今日、たぶん一番の。
「あっぐぁ………。」
開いた口が戻らない。
何よ……何なのよ…………?
* * *
》美島中3年 トランペット 椎名美音
「お父さんとお母さんには連絡届いた?」
「うん、おめでとうって〜。とても喜んでくれてたよ〜。」
「そっか。本当に良かった。」
陽くんが、ニコっと笑う。
長い審査時間が終わった後の結果発表。
私たち5人は金賞で、県大会へ。
しかも、最優秀賞である県教育委員会賞まで受けた。
まだ、信じられない。
美島中から出た他の2年生の2チームも、それぞれ金賞、代表。
3チームとも、県大会へ。
みんなはそれぞれ家族に連絡したり、まだ抱き合ったりしている。興奮冷めやらない。
その様子を、隣にいる陽くんは温かい目で見ている。
「陽くん、手のこと……ホントにごめんね。」
「もう、大丈夫だって。すぐに美音のお母さんに診てもらったし。」
「うん……。痺れとか、無い?」
「全然。さすが、整形外科医だよね。バッチリ何の問題も無いよ。」
「うん……ごめんね。」
「いいって。さっきお母さんに会った時も謝られたけどさ。」
「ホントだよ〜。お母さん、陽くんのことをニュースで知ってたから、お父さんがあんなことしちゃったことを烈火のごとく怒ってさ〜。あんなに小さくなってるお父さん、初めて見た〜。」
「こっちが勝手に手を入れたのに、こっちこそ申し訳ないって。」
陽くんが笑った後、再びみんなを見て微笑んでいる。
「……陽くん。なんで、あんなこと、してくれたの?」
「うん? ん〜、あのままだったら、美音とみんなでアンコン出られる可能性なんて、無さそうだったしさ。」
陽くんがこっちに顔を向ける。
「自分が体張るくらいでその可能性が上がるんなら、って。それだけだよ。」
「…………ごめんね。本当に、ありがとうね〜……。」
「ううん、こちらこそ。また来月の県大会、勉強もあるけど、よろしくね。」
「うん。」
陽くんは、優しく笑う。
……みんなはずっと前にいるし……
今なら、聞けるかな。
「陽くんは…………受験、どうするの?」
「うん? どうするって?」
「海外の高校……行くの?」
「ああ。ううん、矢作北受けるよ。」
「矢作北……ええっ!? えっ!? 日本……岡崎の、受けるの!?」
「うん。」
「えっ……矢作北で、吹奏楽、続けるの〜?」
「うん、そのつもり。」
「そっか……そっか……そうなんだ。」
そっか……。
矢作北……。
海外行っちゃうんじゃ、ないんだ……。
「……私も矢作北に行ったら、陽くんとまた、吹奏楽できる?」
「うん。あれ、美音は岡崎中央行くって言ってなかったっけ?」
「お父さんとお母さんがそう言ってるからだけなんだけど……陽くんが矢作北で吹奏楽するなら、私も矢作北……行きたい。」
「……美音が大丈夫ならだけど、そうなったらもちろん、嬉しいな。」
陽くんが、ハハハと笑う。
嬉しいな……。
心の中が、踊る。
「……でも、どうして矢作北、なの〜?」
「うん?」
「だって矢作北って、特別に吹奏楽が強いわけじゃ、ないでしょ?」
「う〜ん……。今強いから、じゃなくて。そこに、全国大会に行くことが夢の、大切な人がいるんだ。それを助けたい。」
!!!
「…………それは…………女子?」
「……………………うん。」
…………。
そっか……。
そっか…………。
ダメ。
踏ん張る。
「じゃあ、私もその人の夢の手伝い、したい。いいかな。」
「……もちろん。嬉しいよ。」
陽くんは、私を見て微笑む。
ちょっと、さっきと違う。
私も、微笑み返す。
……落ち着いて。私の想い。
…………。
今ばかりは、『瞬間記憶』なんて、要らなかったな……。
……でも私も、力になれるのなら、なりたい。
陽くんと、その人の力になれるのなら——————。
 




