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4話 4月8日 昼 矢北に入ったのは #宝島 #アフリカン・シンフォニー

『カンカンコンコ カンカンカコンコン……』


 うん? ちょっとリズムが不安定? でも、その後に入ってきたドラムは、ストロークの強弱の差が効いていて、ノリが良い。



 ……スネアのフィルが入る!



『バーーバーババッバーバッバッ バーバーー!』


 大きい!? 大きい! 部屋の反響のせい!? 金管も木管もすごい迫力! 四方八方から攻められている感じで、びっくりする。


 うわー、すごい。とにかく鳴らすバンドだ。これ、ホールで聴いても、すごい迫力だろうな。



 Aメロに入り、木管のユニゾン……だけど、テナーサックスがノリにノっている。ソロじゃないのに凄い揺れ方。ヒザまで入って……ここユニゾンだよ? 一人だけ目立っている。


 名物のアルトサックスのソロ……はもっと強烈! バリバリ音が鳴って……アンブシュアが緩い? くわえ方が深いのかな? とにかく主張が強い。


 サビでも、金管と木管がぶつかり合うような感じ。チューバのアーティキュレーションが細かい。しかも音量が大きい。


 みんなが主役〜〜! って感じで、楽しそうに吹いている。

 雰囲気も良いんだろうな。そんな感じがする。

 聴いている一年生も、それを感じてるみたい。


 曲の中間部で、濃いアルトサックスのソロがまた始まり、金管の有名なユニゾンセッションが続く。ハイトーンはオクターブを下げて吹いているみたいだけど、とにかく大きい。


 指揮者の先生の指揮はコンパクトな指揮だけど、ワイシャツで振っていることもあって肉がポヨンポヨンしている。ニッコニコしながら振っているので、指揮者も、先輩たちも楽しそうに見える。



 細かいところは雑だけど、それをモノともしない厚みのあるサウンドで、一体感を作っている。ラスト部分の曲調も相まって、全員でフィニッシュ。


 指揮者の先生のフィニッシュが、右腕を高く上げて手首をクルクルさせて終わった。……止め方が可愛いと思ってしまった。


 ………


 2曲目が始まった。アフリカン・シンフォニー。これも吹奏楽でド定番で、高校野球の応援でもよく聴く曲。


 これまた大きい……え? ホルンが凄い!

 象の鳴き声を表現している、冒頭のホルンのファンファーレが……これ以上無いくらいに揃っている。あの、部長と一緒にいた、背の高い女子の先輩がトップみたい。

 でもホルンのハイトーンのユニゾンって、こんなに揃うものだっけ? 倍音まで聴こえてるよ?



 フルートは男性の先輩。そしてクラリネットのトップは……さっきの、桐谷先輩か。

 よくユニゾンが鳴っているけど、合っていない、かな?

 オーボエのメロディーが聞こえないと思ったら、いない、かな。 オーボエは不在なんだ……。



 終わりに近づき、トランペットとトロンボーンがすごく鳴らし、3人のパーカッションがビートを激しく刻んでいる。

 ……何かのライブみたい。 女子が多いのに、これだけの迫力はすごい。コンサートを聴いている気分。


 なんだろう。音楽って楽しい! ハデな曲が大好き! というのを、表しているような感じだ。




 それで、『ハデ北サウンド』か……なるほど。




 横を見てみると、4人がそれぞれの表情をしながら演奏を聴いていた。


 大翔くんは真剣な顔。

 未来は口元は笑っているが、少し不安が見える。

 美音ちゃんは嬉しそうに。


 そして陽くんは……少し目を見開きながら、唇を少し引き締めていた。挑戦者を迎えるような、そんな顔だ。


 目線が私と合った。私の顔を見ると、口角を上げ、軽く頷いた。


 ? 何か思ったのかな。何か嬉しそうな気持ちを、私に伝えているようだった。



 演奏もフィナーレを迎える。

 フォルテピアノから詰めるような八分音符のクレッシェンドの後、半音階のスケール、フィニッシュ!



 ……一年生から大きな拍手が起こり、訪れた友達同士でそれぞれが顔を嬉しそうに見合わせている。

 二年生もやり切った表情で、嬉しそうだ。

 指揮者の先生が全員を立たせて、こちらを向いて礼をする。さらに拍手が大きくなった。



 部長さんが再び指揮台の横に立つ。


「みなさん、今日は聴きに来てくれて、ありがとうございました! 入部を希望してくれる方は、廊下奥で受付しますので、そちらでお願いします!」



 挨拶が終わると、事前に打ち合わせしていたのだろう、二名の先輩が自分の楽器を置いて、「こちらで〜す」と一年生を誘導しながら向かっていく。それに応じて、ほとんどの一年生は室内から廊下奥へ向かっていく。

 見学に来ただけであろう何人かの生徒は、律儀にも「ありがとうございました」と、大きめの声で挨拶して、会議室棟を出ていった。


 二年生が再び音出しを始め、個人練習のような音が部屋に鳴り始める。私たち五人は部屋の奥の方にいたので、出て行く列の最後尾で、まだその場に止まっていた。



 すると、部長さんが私たちの方に向かってきた。

 あの背の高いホルンの先輩も先生と話していたけれど、部長さんの動きに気づき、先生と一緒にこちらに近づいてくる。



「みんな、今日は来てくれてありがとう。演奏、どうだった? 楽しんでくれた?」


「はい、もちろん。とても素晴らしかったです。」


 未来が答え、先輩たちが嬉しそうな表情をする。


「ありがとう。聴いてもらったからわかるかもしれないけど、みんな全員、本当に吹奏楽が好きで、いい人ばかりなんだ。

 ……私ね、朝も話したけど、このメンバーと新一年生で、最後のコンクール、どうしても県大会を目指したいんだ。」


 部長さんが、真っ直ぐに私たちを見つめていた。

 けれど、その視線の先———最後に静かに見つめていたのは、石上くんだった。


「……そのためにどうか、力を貸してほしいの。……どうかな。」


 ほんのわずか、呼吸が詰まる。

 部長さんの瞳は、どこか必死で、真剣で。

 私の胸にも、何かがぎゅっと迫ってくる。


 だけど———石上くんは、静かにこう、口を開いた。



「……申し訳ありませんが———」



 っっ!??


 その第一声に、私の心臓が、ひとつ跳ねた。

 美音ちゃんが「え……?」と小さく漏らし、未来の目がわずかに揺れる。


「県大会を目指すわけにはいきません。」


 部長さんの目が、口が、戸惑いを伴った緊張で、引き締まる。

 私の隣で、未来が口を結んだまま、石上くんをじっと見ている。


「僕は……皆さんと全国大会に行きたいです。」


「え………」


 部長さんが、声を漏らす。


「今日の演奏を聴いて、確信しました。みなさんなら、きっとできます。皆さんと、新しく入った一年生のみんなとなら……全国を目指せるって、僕は思いました。」


 私は、思わず背筋を伸ばした。

 さっきの演奏。雑かもしれない。

 でも、真っ直ぐだった。


 部長さんの口が、わずかに動く。けれど言葉にはならなかった。

 石上くんは、ゆっくり続ける。


「そのために、僕は……すべての準備をしてきました。矢作北を選んだのも、そのためです。」




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