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HZ.GE  作者: 北化花比
1/1

路刻町・契約編①

夕方18時30分

路刻町北区・鬼神神社境内


“人ならざるモノ”との邂逅


《願い》を巡る物語が始まる


「お前の命を救う代わりに、お前の肉体を貸せ」


◆◆◆◆


神宿る町・路刻じこく町。

この町がそう呼ばれる所以は、町内の数ヶ所に神社があり、古来より神様が安息する土地、神様を護る土地として祀られてきたところにある。

それもあってか最近はパワースポットとして広まり、遠方からの観光客で町はにぎわいを見せている。

()く言う俺、円間(えんま)剛己(ごうき)の家も神社だ。

鬼神(おにがみ)神社。

この町の鬼門に“厄除け”として建てられたこの神社は昔話で知られているような鬼を祀っている国内でも珍しい神社だ。

しかしここの鬼は“魔”としての鬼ではなく、勝利の神様、心を強くする神様として町の人々から大切にされている。人々は皆、鬼神(おにがみ)様と呼び、毎年2月には節分祭りが開催され、町内外から多くの人が訪れる。


「それじゃ、行ってくるわ」


毎朝のルーティンである参拝を済ませ、鬼神(おにがみ)様に軽く挨拶をした俺は学校へと向かう。

地面に置いた鞄を持って、顔を上げると少しだけ汚れた鳥居の下に朝からすました顔をしている同じ制服を着た青年がいることに気づく。


「おはよ。剛己。今日はちゃんと起きれたね。」

「うっせーな。お前は俺の母ちゃんか。」


優しい声色で話しかけてきた青年は幼馴染である雨音(あまね)寅康(とらやす)。寝起きが悪い俺を毎朝起こしにやってくる。


「寝坊はするくせに、参拝は必ずやるんだね」


不思議そうな顔をする寅康に、俺は呟くように答える。


「クソジジイがうるさいんだよ。」

「誰が」()()ジジイじゃあ!!!ジジイで十分じゃい!!()()孫!!!」


俺の呟きに被せるように朝から大きな怒号が近所にこだまする。

神社の隣に佇む家の玄関前にて仁王立ちしながらシワまみれの顔にさらにシワを刻み、鋭い眼光でこちらを睨んでいるのは、円間(えんま)惣一郎(そういちろう)鬼神(おにがみ)神社の神主にして俺の祖父である。


「朝からデカい声出すんじゃねぇ!!!近所迷惑だろうが!!!」

「うるさいわい!!!高校生にもなって朝もまともに起きれんヤツが何を言っておるんじゃ!!!ましてや唯一の家族であるワシを()()ジジイとな!?この!!将来が心配じゃ!!だから鬼神(おにがみ)様に見守ってもらえるように毎朝挨拶しろと言っておるんじゃ!!」

「何が将来が心配じゃ!!だ!しかもこんな錆びれた神社に神様なんているのかよ!!」

「おるわ!!!鬼神(おにがみ)様をバカにしてみぃ!バチが当たるぞ!この()()孫が!!」


俺とジジイのやりとりを和かに眺めていた寅康は静かに口を開く。


「おはようございます惣一郎さん。安心してください。剛己はきちんと僕が見張っておきますので…」

「そ、そうか。寅康がいれば安心じゃな。…ほれ剛己!しっかり学んでこい!!」


寅康の優しい声色に充てられたのかジジイの声が落ち着き、俺の耳を引っ張る手が離れる。

痛ってぇなあと呟き、ヒリヒリとする耳をさすりながら俺は足を進める。ふと振り返るとジジイが先程までの鬼の形相とは変わって、朗らかな顔をしていた。

その表情に俺は少しだけ強張った表情を緩めてしまう。


「…行ってくるわ。」


聞こえるか聞こえないかわからない声を交わし、学校へと向かう。

俺はこの朝のジジイの表情を何故だか忘れることができなかった。


◇◇◇◇


昼を告げるチャイムが鳴り、校内は一気に様々な声で溢れかえっていた。

屋上にて購買で買った昼食のサンドウィッチを片手に、コーヒー牛乳を飲む俺の眼前には、丁寧にお弁当を食べる寅康と昼食を体の傍に置いたまま土下座している青年がいる。


「お願いだよぉ〜剛己〜助けてよぉ〜」

「ヤだね!お前の頼みってことはロクでもないことってのは聞かなくてもわかる!!」


目に涙を浮かばせながら頼みを乞う青年・浅田(あさだ)信太(しんた)は何度も地面に頭を擦り付けている。


「3年の戸塚(とつか)に目つけられたんだよぉ〜!!!俺の高校生活終わりだ〜!!!」

「だいたいお前がその戸塚に牛乳ぶっかけたのがいけねぇんだろうが!!しかもその場で謝んないで、ビビって逃げたりするから!!」

「だってぇ〜だってぇ〜あの顔!あのクマみたいな顔!怖いだろうが!!誰だってビビるぜ!!」


信太の言う3年の戸塚とはおそらく戸塚(とつか)龍介(りゅうすけ)のことだろう。

最近では珍しいザ・不良高校生というような見た目をしていて、その見た目通りに様々な問題を起こしていると聞く。


「俺はそんな奴と関わりたくないんだよ!お前が自分でなんとかしろよ。」

「なんでよ〜!剛己だって昔はワルガキでクソガキだったくせにぶきゃ!!」


信太が何か言い終わる前にその顔面に拳を一発入れる。

顔を押さえて悶える信太を横目に、俺はコーヒー牛乳を飲み干す。

そんな俺と信太を寅康はいつもの瞳で眺めている。

あぁ、こんな面白くて穏やかな日々がずっと続けばいいと毎朝、俺は願うんだ。


そう思った時だった。


「なんだアレ?」


俺の瞳は屋上に漂う“ナニカ”をとらえる。

夏の暑い日の陽炎のような、早朝の深い霧の景色ような、そんな曖昧で淡い不確かなモノじゃない。アレは鮮明で濃く確かな“人ならざるモノ”だ。

何故だかわかる。

アレは関わってはいけないモノだと。

捕捉した瞳ともに体が動きだす。

あぁ、これじゃいつも通りだ。

考えるよりも先に体が動くんだ。

一挙手一投足がスローモーションのような時間感覚に囚われ始めた時、


「どうしたの!?剛己?」


何も聞こえていなかった自分の耳にいつもの声が届く。

動き出そうとしていた体は止まった。自分の手首を握るのは寅康だった。

寅康の方を見て、再び元の方向に目を向けるともう何もいなかった。


「大丈夫か?」

「……あぁ。なんでもない」


心配そうな声の寅康に一瞥する。

冷たい汗とともに俺は静かにその場に座る。


「どうかしたのか?……っていうかさ、剛己マジで頼むって!!今日一緒に…‥…」


しばらくして信太が語りかけてくる。

再び戸塚の件で懇願してきた信太の声に上の空な感情で静かに頷きながら、俺はその方向を見つめる。


キーンコーンカーンコーン


昼が終わるチャイムが鳴り響く。

何かの終わりを告げる音はいつだって大きく、重く心の中で鳴り響く気がした。


◇◇◇◇


時刻は16時20分を過ぎようとしていた。

教室の窓の外に広がる空は鮮やかなオレンジ色に染まり始めていた。

帰宅部である俺はいつもであれば寅康と一緒に下校しているはずだが、今日は違う。

じゃ、俺は帰るからと爽やかに告げる寅康を見送った後、信太と共に3年の階まで足を運んでいるのだ。

そして大柄な男たちを前に頭を下げている。

なんだこの状況。


「先日は大変申し訳ございませんでした!!」


大きな声で深々と謝罪する直角90度に曲がった信太を見つめ、続けて俺も謝罪する。

…いやなんだこの状況。

まさか「今日一緒に謝罪してくれよ!!」という言葉に頷いてしまうとは…我ながら不覚だ。

っていうかそんなこと言ってたのかこの野郎。

と、心の中で猛省していると教室の中心に座るクマみたいな顔の男がついに口を開く。


「なんのことか忘れてたわ。お前ら誰?」


……戸塚龍介、意外と器の大きい奴か?それともアホか?

そんなことを思っていたのも束の間、信太が震えながら言葉を続ける。


「あ、あのぅ…先日、戸塚先輩に牛乳を……」


その言葉に戸塚は目を開いた。


「あぁ!!あの逃げた奴か!!わざわざ謝りに来てくれるとは…‥…」


そんなことは気にしてない。むしろ許してくれているような声に信太が安心した表情を見せた。

が、戸塚の会話は信太の思うように終わらない。


「じゃあコイツら高架橋の下に連れてけ」


◇◇◇◇


あたりが暗くなり始める。


「も、もう許してください!!お願いします!!」


顔を腫らした信太の声が響く。

信太の頬には涙が滴り落ちている。

謝り続ける信太の声を遮るように、男たちの拳は顔面を捉える。

俺も同じように顔は腫れ、制服はボロボロ、殴られ続けて意識は朦朧としていた。

このまま意識を失えば、いつか終わるんじゃなかろうかと冷静に判断しようと思ったが、我ながらそれは俺らしくないとすぐ思った。

今後の学校生活と涙を浮かべながら殴られ続けている友人を天秤にかけた時、思うよりも先に体が動いていた。

あぁ、チクショウ。ジジイにこの顔は見せられないな。

またいつものように怒鳴られてしまう。


◇◇◇◇


すっかり夜になり、泣きながら何度も謝る信太を見送り、家路についた時、家の玄関が赤いライトでチカチカと照らされていた。

呆然と立ちすくむ俺の元へ近所のおばちゃんが駆け寄ってくる。


「剛ちゃん!やっと帰ってきた!惣一郎さんが…」


すっかり夜のはずなのに、たった今、目の前に夜が来た。


◆◆◆◆


路刻町・大仙川(だいせんがわ)高架橋下


大柄な男たちはそれぞれ何かを呟きながら、重たい体を起こしていた。

仰向けで横たわる男に一瞥もせず、その場から立ち去っていく。

そして男独りを残して、やがてその場は静寂に包まれ始める。


「……クソがァ!!!!」


プライドを、または心に抱えるモノをズタズタにされ、煮え切らない怒りを露わにした男は振り翳した拳を地面へと打ち付ける。


「…円間剛己。」


そして何かを思った男は呟くように言葉にする。


()()()()()。」


それはこの男にとって子供の言葉遊びのような、常日頃から軽く口にしてしまうようなワードだった。

しかし“あるモノ”にとっては違ったのだ。

この町に棲まうモノ。この町が神宿る町と呼ばれる所以。

それはそのような“人ならざるモノ”にとって重く重く刻まれる《契約》だ。


「ソレガキミノ願イ?ソノ願イ、叶エテアゲル」


◇◇◇◇



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