勇者よ、我は其方が羨ましい
勇者。
魔王を倒す使命を与えられて生まれ来る者。
運命に愛され、多くの場合、使命の通りに魔王を打ち倒す。
対して。
魔王と呼ばれる存在がいる。
まるで勇者に討たれるべく生まれてくる者。
運命に嫌われ、多くの場合、本来の使命を果たすことなく、勇者に殺される。
我は魔王である。
勇者に殺されるために生まれてきたつもりはないが、きっといつの日か、勇者に命を奪われる者。
ちなみに、本来の目的は、生みの親である魔神の復讐であり、その封印を解くための活動である。
生まれながらにして生きる目的を定められし魔王と勇者だが、我は素直に勇者が羨ましい。
勝敗が生まれながらにして定まっているわけではないが、過去の例を見れば勇者の方が有利であることは明らかである。
そもそも、魔王の生みの親は戦いに敗れて封印された魔神であり、勇者の生みの親は戦いに勝利した神である。
勝者が勇者に偏るのも当然と言えば当然であろう。
それに、魔王は孤独だ。
一人ぽつりと作り出されて、仲間は自ら生み出した魔物のみ。
知性ある魔物も生み出せるのだが、作らないという縛りプレイゆえにかつて作って生き残った数体だけで。
その数体もなぁ、人間絶対殺すマンで理解し合えん。
我がそのように作ったのだけれども。
やりたくもない仕事を強要される。
なぜ生みの親の復讐などせねばならない。
そのために作られたから、と言えばそれまでだが、更に逆らえないようにされている。
まあ、配下の暴走を防ごうというのは理解できる。
が、何故それが理解できて、道具に自我を与えるのか。意味ないだろう!
はっきり言って我の生みの親である魔神は頭がおかしいと思う。
だから封印されることになったのだろうと思うが。
本当に、我が生みの親は何を考えているのやら……。
作り出したものに一切の情というものがないのか……ないのだろうな。
何にせよ、剣を生み出し、何故か自我を与え、振り回す。それが我が生みの親であった。
その剣が人を切ることを好めばそういうのもありなのかもしれないが、少なくとも人を殺めることを楽しめない我には本当に最悪な所業である。
殺したくない者たちを殺せと言われる。
言われるだけなら良い。無視すれば良いのだから。
だが、体が言うことを聞かぬのならどうすればいい。
勝手に殺すのだ。望んでないというのに。やりたくないと抵抗しているというのに。
誰かが叫んだ。誰かが泣いた。殺してやると言われた。恨みを向けられた。憎悪を、悲しみを、苦しみを、あらゆる表情を見せられた。
狂えてしまえばいいのだが、残念ながら我の体はそのようには作られていなかった。
我は勇者が羨ましい。
少なくとも、生みの親は魔神とかいうクソ野郎よりはマシだろう。
寿命があり、代替わりがある。
こっちは不老で、死ぬまで我は魔王のまま。
目的も魔王を殺せば良く、その後は幸せが約束されている。
こっちはどうやって解いたらいいのか分からん封印解かなければならず、解けてもその後は頭のおかしい魔神のお気持ち次第。
まったく、魔王なんかに生まれたくなかった。
どうせ生まれるのなら自由の命を手にしたかった。
使命に縛られるとしても、せめて勇者に。
まあ、もっとも。勇者には勇者で、生みの親への恨み言があるのだろうが。
死にたくない。
でも、生まれたくもなかった。
誰かを傷つけて、苦しめて、悲しませて。
そんな人生なら、ほしくなかった。
もう見たくないのだ。人々の顔を。
絶望か、苦痛か、憎悪か。
我を見る人間の目が、表情が忘れられぬ。
頭から離れてくれないし、常に焼き付いている。
昔楽しかったことをしても、人間たちが楽しそうにやっていることを真似てみても、まったく楽しくない。
世のため人のため死んでやろうと思ったこともあったが、それも叶わなかった。
我が愛すべき魔神は、死ぬことすら許してくれないらしいのだ。
我が死ぬためには、勇者に、いや、勇者でなくても良いのだが、誰かに殺される必要がある。
可能性が高いのは、我を倒すべく作られた、我と同じ存在である、勇者だけであろう。
勇者は我にとって唯一の救い。
我を殺してくれるかもしれない存在。
我に自由を与えてくれる存在。
手を抜いてやりたいが、そんなことが出来るようには出来ていない。
なので全力で相手をするほかないが、その上で勇者が我を倒してくれることを願っている。