4-7 麗寧の贈り物
碧水を訪れてから気付けばひと月半が過ぎていた。竜虎と相談したが、次の地は玉兎に決めた。出立は三日後。あくまでも元々の目的である修練のためという名目で、各地を巡ることになっている。
「できた!」
「ふふ。完成ね」
麗寧は完成した手作りの地図を掲げた無明を微笑ましく見つめながら、三日後にはここからいなくなってしまうことを残念に思う。毎日のように一緒に楽しくお茶をしたり、笛と琵琶を奏でたり、地図を書き足していくのは新鮮で、なにより無明が可愛くて仕方がなかった。
「こうやってお茶を楽しむのも、一緒にお話をするのも、できなくなってしまうのね? そう思うと、とても寂しいわ」
「俺も、麗寧夫人と遊べなくなるなんて寂しい。でも、また絶対に碧水に遊びに行くよ。そしたら今度こそ、みんなで一緒に市井で美味しいものをいっぱい食べようね!」
ええ、もちろん! と麗寧夫人は無明の手を包み、大きく頷いた。ああ、そうだわ!と大事な事を思い出す。
「無明ちゃんに、私から贈り物があるの! これから夏になるでしょう? お父様にお願いして、特注で仕立ててもらったんだけど、」
急に立ち上がり、部屋の奥の方へ行ったかと思うと、麗寧夫人は腕に黒い衣裳を掛けて戻って来た。そして無明の前に立つと、ばっとその衣裳を広げてみせた。
広袖の薄い夏物の羽織は黒だが、左右の袖の下の部分にだけ、銀色の糸で描かれた小さな胡蝶が二匹と、山吹の花枝の模様が描かれていた。その中に纏う上衣は赤で、下裳は黒。帯は金の糸の刺繍が入った黒で、その上に飾る長綬と左右に垂らす短綬は臙脂色だった。
「こんな高価そうなもの、俺が貰ってもいいの?」
「もちろん! あと、夏用とお揃いの冬用の羽織もね! 無明ちゃんは白もとても似合うけど、黒の方が好きそうだったから。これは私に付き合ってくれたことと、白笶のお友達になってくれた感謝の気持ちなの」
衣裳を手渡して、満足そうに麗寧夫人は笑った。無明はそれを大事そうに胸の辺りで抱え、ありがとう、と頭を下げた。感謝をしたいのはこちらの方なのに。
「白笶は私の本当の子ではないけれど、とても大切なひとたちの忘れ形見なの。だから、あの子をどうかお願いね」
麗寧夫人には真実は告げていない。白笶がなぜ無明たちと同行するのか、本当の理由は知らないままだ。
「あと残り三日だけど、もう少しだけ私と一緒に遊んでくれる?」
「うん、もちろん!」
今日も夫人の部屋は賑やかで、その前をゆっくりと通り過ぎて行く白漣は、思わず口元が緩む。あんなに生き生きと楽しそうにしている麗寧を数日後には見れなくなってしまうかと思うと、心が痛む。
(無明殿があの神子だったとは、なんと運命とは残酷なのか)
これから烏哭の連中も遠慮なく動き始めるだろう。またあの晦冥での悲劇を繰り返すことになるのか。それとも別の未来を切り開けるのか。
白漣は遠くなっていく明るい声を耳に残しながら、離れがたい部屋の前を後にするのだった。




