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彩雲華胥  作者: 柚月 なぎ
第三章 氷楔
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3-16 運河の底に潜むモノ



 白笶びゃくやは術式を展開し、双剣に『せつ』の霊気を帯びさせる。途端に辺りが真冬のように冷たくなり、その霊気の影響を受けた地面に霜が降りる。その霜は本物の霜ではないため、白い光を湛えて白笶びゃくやの周りを照らしているように見えた。


(すごい······これが白群びゃくぐんの直系だけが持つ能力)


 しかもはく家は『せつ』だけでなくすべての能力を有する。状況に応じて使い分けることもできるので万能と言えるだろう。


 相手は水の龍なので、動きを止めるには『せつ』が有効。白笶びゃくやは水龍の眼を無明むみょうから避けるため、そのまま地面を蹴って、禍々しく光る赤い眼の所まで飛翔する。


 水龍は蛇のようにその身をうねらせ、白笶びゃくやの双剣から繰り出される攻撃をかわそうとするが、必ず一太刀浴びてしまう。裂かれた部分は凍ってしまい、身体の中を常に流れる水でも修復ができない。


 上空で行われている攻防に、無明むみょうはただ息を呑んで見ていた。目の前の水龍は邪龍に転化しているため、もはや並みの術士では手に負えないだろう。それを物ともせず、白笶びゃくやは顔色ひとつ、表情ひとつ変えずに双剣で追い込んでいく。


 決して水龍が弱いわけではなく、彼が強すぎるのだ。さすが五大一族の中で一、二を争う、実力者のひとりと呼ばれているだけはある。


 しかし水龍もただされるがままというわけではなかった。その陰の気を帯びた水を自在に操り、無数の鋭い水の矢を自分の周りに作り出し、白笶びゃくやへ向けて放ちながら攻撃を阻む。それを双剣ですべて弾きながらかわしていた白笶びゃくやだったが、それが目眩ましだったことに気付く。視界が開けた時、それはすぐそこまで迫っていた。


(······危ない!)


 思わず無明むみょうは横笛を口元に運び、息を吹き込む。その音は心の内とは正反対で、どこまでも落ち着いた美しい音色が奏でられる。大きく口を開けて、目の前の白笶びゃくやをその身に呑み込もうとしていた水龍の鋭い牙が、勢いよく開いたままぴたりと止まる。


麗寧れいねい夫人に貰った譜の術式がこんな所で役に立つなんて、)


 あの日、夫人が持ってきたその譜面に奏でられた音には、術式が施されていた。白冰はくひょうと一緒に解読したが、それは希少な術式だった。いくつかあった譜面の中の五曲がそれで、他はごく普通の譜面であった。


 いったいどこで手に入れたのかと、麗寧れいねい夫人に後で訊ねてみたが、夫人も父親に貰っただけで、その父親も旅の商人から買い取ったという情報しか得られなかった。


 その曲は今まで奏でたことのないような曲調で、所々で奇妙な音飛びをするので、完璧に奏でるまでいつもよりも時間がかかった。


(陰の気を浄化する曲······都合がよすぎないか?)


 まるでこうなることを予測したかのように、自分の許へとやってきた、譜を使った術式。これは偶然なのか、それとも必然なのか。


 水龍の動きが完全に止まり、漆黒の水が少しずつ透明に変わっていく。白笶びゃくやはその隙に地面に降り立ち、水龍を見張るように見上げる。双剣を消し、人差し指と中指を立てて、口許に持っていく。陣を発動するための言葉を紡ぐと、水龍を作り出している運河の上に白い光を帯びた大きな陣が現れた。


 その陣は水龍の真下、源になっている運河の水だけを凍らせた。途端、先程まで激しく渦巻いていた水の流れがそのままの状態で凍り、水龍の根本までも凍らせた。それはまるで、精巧に造られた氷の彫刻のようだった。


 無明むみょうは曲を奏でるのを止め、水龍を見上げる。漆黒に染まっていた水龍は、ほとんど透明な水へと姿を取り戻していた。


「よかった······これでこの子も、」


 安堵したのも束の間。


 運河の奥底からゆっくりと這い上がるように、黒く長いモノが伸びていく。絡まった藻のような、人の髪のようなそれ(・・)は、気付かぬうちに無明むみょうの右の足首に何重にも巻き付き、そして―――――。


 気付いた時には、到底抵抗できないような強い力で、勢いよく運河の中へと引きずり込まれていた。





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