↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彩雲華胥  作者: 柚月 なぎ
第二章 邂逅
PR
39/254

2-9 二刻前、森にて



 二刻《にとき》前。


 無明《むみょう》が連れ去られ、一行はほとんど会話がない状態で森の中を渓谷に向かって急ぐ。しかし気付くとどういうわけか、同じ場所をぐるぐると回っており、近づくどころか遠のいている気すらした。


「迷いの陣が敷かれているようだ」


 白漣《はくれん》宗主はふむと顎に手を当てて、今の状況を口にする。


「渓谷の妖鬼はそんなこともできるんですか?」


 竜虎《りゅうこ》が知っている妖鬼は低級な者ばかりで、人を襲ったり喰らったり、とにかく本能のまま行動する者たちが多かった。殺したければ殺し、喰らいたければ喰らう。人の言葉を話すが汚い言葉を吐くことが多い。姿は醜く、上背の大きいものから子どもくらいの小さいものまで様々だ。


 妖鬼は殭屍《きょうし》など比べものにならないほど遥かに強く、厄介でずる賢い。噂では姿形を変えることもできるらしい。等級は下級、中級、そして上級のさらに上が特級となる。


「特級の妖鬼は美しい姿をしていて、長く生きているため人より賢い。むやみに人を殺す必要もない。特級は数も少ないので、術士たちがその動向を常に監視している。ここに移り住んだのは十数年前のようだが、彼は我々の間では特に有名でね」


「······残虐非道、とか?」


 恐る恐る清婉《せいえん》が竜虎《りゅうこ》の横で訊ねる。ふっと表情を緩めて白冰《はくひょう》は肩を竦める。


「彼は時に目の見えない少女を助けて、麓の村まで連れて行ったり。時に道を塞ぐ岩を砕いて商人たちを通してやったり。はたまた人助けをしたと思えば、同胞であるはずの妖鬼や妖獣を大量に惨殺してひとつの死骸の山を作り上げたりする。とにかく変わった妖鬼なんだ。時に黒い狼の姿で現れ、煙のように消えることから、いつからか彼を狼煙《ろうえん》と呼ぶようになった。真名《まな》は誰も知らない。鬼は自分が認めた主にしか、真名《まな》を教えないからね、」


 宗主や白冰《はくひょう》が冷静なのは、渓谷の鬼が決してひとを殺さないと知っているからなのだろう。ただ気まぐれな妖鬼なので、何をするかわからないという意味では、無明《むみょう》を早く見つけ出して保護する必要があった。


 竜虎《りゅうこ》はそれを聞いて少しだけ安堵したが、ならなぜあいつが連れ去られる必要があるんだ? と疑問が残る。


(あんな女人のような格好をしていたから、興味をもたれたとか?)


 それはそれで本当は男だとわかったら、とても危険なのでは········。ぶんぶんと首を振って竜虎《りゅうこ》は頭に浮かんだ不安を掻き消す。とにかく早く見つけて連れ戻さないと。


「迷いの陣なら、俺が消してみせます。陣の力になっている媒介がわかれば········」


「必要ない」


 すっと前に出たのは、今までひと言も言葉を発していなかった白笶《びゃくや》だった。抑揚のないその声は誰が聞いても冷たいと感じるほどだ。表情もいつも通り無としか言いようがないが、白冰《はくひょう》にだけは伝わっていた。


(うーん。ものすごく苛立っているな)


「この森の木をすべて切り倒す」


「はいはいはいはい。それはダメ。絶対ダメ」


 今にも霊剣を出して実行しかねない白笶《びゃくや》を、閉じた扇で制止する。森の木は殭屍《きょうし》の動きを抑えるためにも必要で、それをすべて切り倒してしまえば、それらが森から放たれて大変なことになるだろう。


 そんなことをすれば金虎《きんこ》の一族が黙っていないだろうし、人ひとり救うための代償としては損害が大きすぎる。


「白笶《びゃくや》、竜虎《りゅうこ》殿に任せるのが良案だ。陣の媒介は白冰《はくひょう》ならすぐに見つけられるだろう。少し落ち着きなさい」


「············伯父上に、従います」


 はあ、と白冰《はくひょう》は大きく嘆息する。一連の言動に竜虎《りゅうこ》は立ち尽くすしかなかった。


「よし。じゃあ竜虎《りゅうこ》殿、一緒に来てくれるかい?」


「は、はい、」


 ほどなくして媒介の動物の骸骨をいくつか見つけ、それを竜虎《りゅうこ》が無効化する。


 金虎《きんこ》の一族の中でも直系の者だけが持つその能力は、どんな術式でも例外なく無効化できるという特殊な力で、無明《むみょう》にはその能力がないが、竜虎《りゅうこ》にはあった。


 その力を利用して、四半刻《しはんどき》もせずに迷いの陣は容易く解けた。そのまま渓谷への道を進み、一行は夕焼けが薄闇色に半分ほど覆われ始めた頃に、長い吊り橋の前に辿り着いた。


 渓谷は二つあって、手前が岩ばかりの谷で紅鏡《こうきょう》の地、奥が大きな滝が流れ落ちる谷で、そこからが碧水《へきすい》の地になる。長い吊り橋もふたつあり、それぞれの土地の名が刻まれた岩が立っている。


「私が行きます」


「俺も行きます!」


 白笶《びゃくや》は隣に並んだ竜虎《りゅうこ》を一瞥する。また『必要ない』と言われると思ったが、意外にもなにも言われなかった。それを肯定として、暗くて底の見えない谷に視線を移す。


 森を抜けるとその先の地は枯れ地で、草の一つも生えていなかった。固い土と岩だけの地は、夕焼け空に暗闇が混ざると不気味としか言いようがない。


「では、失礼」


「え? ————ひぃいっ!?」


 腕を掴まれたかと思った矢先、身体がふわりと浮き、そしてものすごい速度で落ちた。心の準備をしていなかった竜虎《りゅうこ》は、落ちるという感覚がこんなにも心臓がざわざわするものかと思い知らされる。暗闇のせいで距離がわからず恐怖しかない。


 一瞬のような数秒のような、もっと長かったような。とにかく、地面に立った時は衝撃はなく、それは白笶《びゃくや》公子のおかげだったのだろう。そしてぐらぐらする頭をなんとか平静に保ち始めた頃、視界に入った光景に言葉を失うこととなる。


 そこには衣を剥がれているというのに、大人しくされるがままになっている無明《むみょう》の後ろ姿と、その剥き出しの肌に触れている人の姿をした金眼の妖鬼がぴったりとくっついているという、衝撃的な光景だったのだ。


 隣にいる白笶《びゃくや》の怒りが目に見えるほど、ものすごく不穏な気配が身体を覆っている気がする。


(いや、あいつもあいつだ! いったいこんなところで鬼となにをっ!?)


 心配していたこととは真逆で、その行為はどう見ても······。


(鬼と仲良くなるだなんて、どうかしてるぞ! だれとでも仲良くなるその体質をなんとかしろっ!)


 まさか鬼と仲良くじゃれ合っているなどと誰が想像したか! 竜虎《りゅうこ》は頭を抱えるしかない。しかも隣の公子は攻撃態勢だ。


 無明《むみょう》を抱きかかえた妖鬼と白笶《びゃくや》のやり取りに、竜虎《りゅうこ》が横やりを入れる隙などあるはずもなく····。ただ呆然と、目の前の光景を眺めることしかできなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。