表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彩雲華胥  作者: 柚月 なぎ
第四章 臥龍
251/252

4-2 目利き



 璃琳りりんはぷくっと頬を膨らませ、竜虎りゅうこに事の次第を感情的に話し出す。その隣で見慣れない少年があわあわとしているが、青みがかった緑色の瞳からして金華きんかの民で、白い上衣の上に纏っている衣が薄緑色であることから、雷火らいかの一族であることは明らか。


「私たちの前にいたご婦人に、店主がこの磁器を売りつけようとしていて。でもどう考えてもそんな価値があるものとは思えなかったから、ふたりで間に入ったの。私は母様にそういうのの見分け方を教わっていたから、ある程度わかるし。彼も詳しいみたいだったから一緒に見ていたら……取っ手が取れちゃって。やっぱり偽物じゃない、って店主に言ったら怒り出して。それにびっくりした彼が、持っていた磁器の花瓶を落としちゃったの」


「す、すみません……僕が悪いんです。さすがに商品を壊してしまったので申し訳なく思い、弁償しようと思ったのですが、」


「こんなの絶対におかしい! って思って、そのまま口に出したら言い合いになってしまって。気付いたら大騒ぎになっていたの。割っちゃったのは確かに悪いけど、弁償するにしてもこの花瓶に銀貨一枚はありえないわ」


 正直、ここでなにが起きているのかよりも、なぜ金虎きんこの一族である璃琳りりん雷火らいかの一族である少年が一緒にいるのか。そもそもなぜ璃琳りりん金華きんかにいるのかの方が気になったが、竜虎りゅうこはまずはこの場をなんとかするのが先と堪える。


「なにもおかしなことはない。こっちは店の前で騒がれた上に商品を壊され、客にも逃げられたんだ。銀貨一枚で済ませてやるって言ってるんだから良心的だろうが。まさか払えないなんて言わないよな? そこの坊ちゃんは雷火らいかの公子様だし、お嬢ちゃんも身なりからして良家の出だろう?」


 竜虎りゅうこ虎斗ことに視線を送る。ここは骨董品屋のようで、目利きの能力がない竜虎りゅうこが見たところでその価値はわからない。足もとで割れている白磁の磁器だったものは、それらと比べて高価そうに見えるが、実際のところはなんともいえない。銀貨一枚の価値があるかどうかも、この状態でどう証明すればいいのか。


「すまないな。私もこの手のことは教養がない。璃琳りりんたちの目利きも今の状態では確証が持てない」


 そんな····、と虎斗ことの言葉に璃琳りりんは初めて弱気な態度を見せた。証拠がなければ、どちらが迷惑をかけているかという印象で物事を考えるしかなくなる。この場合、商品を壊した上に騒いでいる璃琳りりんたちの分が悪いだろう。白獅子として、公平に裁くのが虎斗ことの仕事だ。いくら姪が可愛いからと言って、店主の言い分を聞かないというのは違うのだ。


「あ、あの……その花瓶に価値があるかどうかを証明すればいいんですよね?」


 そんな中後ろから聞こえてきた声に、皆が注目する。はい、と小さく挙手をして立っていた青年は自信なさげに見えたが、口調はしっかりとしていた。竜虎りゅうこは「壊れてるのにわかるのか?」と、こちらに合流した青年、清婉せいえんに訊ねる。


「ええ、価値のある磁器なら素材も良いでしょうから大体の値段はわかりますよ? これでも昔からその手の目利きは教育されていて得意な方なので、自信もあります。金虎きんこの一族の従者は、ほとんどの者がこの手の教養を必修させられますから」


 本当に大変なんだな、と竜虎りゅうこは改めて従者の大変さを思い知らされる。一方、店主の方は「こんな若造に価値などわかるものか」と毒づく。清婉せいえんはまったく気にしていないようで、その場にしゃがんで無残に割れてしまった花瓶の残骸を手に取っては眺めてを繰り返し、最後に少年が手に持ったままの取っ手に視線を向けた。


「それも見せていただいてもいいです?」


「あ、す、すみません! どうぞ!」


 持っていたことすら忘れていたのか、少年は慌てて清婉せいえんに差し出す。そもそもの原因である磁器の取っ手。じっとその繋ぎ目の部分を観察していた清婉せいえんの目が細められる。


「……はあ。そういうことでしたか」


清婉せいえん、皆に説明できるか?」


 虎斗ことの問いに対して、「はい」となんだか残念そうな表情で応えた清婉せいえんの反応は、どっちの意味で言っているのかこの時点では竜虎りゅうこにはわからなかった。


「確かに、この割れた花瓶にはそれなりの価値があった、と思われます。この割れ方からしても、磁器であることは確かかと」


「ほらみろ。なにが偽物だ。さっさと迷惑料を払ってここから立ち去るんだな!」


 店主は思わぬ味方を得て、さらなる強気な態度に出る。そんな……と璃琳りりんと少年は納得いかないという表情で清婉せいえんに訴えるように視線を向けた。


「けれども、この取っ手がその価値を損ねていたようですね」


 取っ手? と竜虎りゅうこは首を傾げ、璃琳りりんたちの表情が一変して明るいものへとわかりやすく変わった。清婉せいえんが本当に残念そうに肩を落としながら、店主の後ろにある他の骨董品たちを遠目で見つめる。


「……本当にもったいない」


 はあ、と嘆息した清婉せいえんの口からこぼれたその言葉の意味を、竜虎りゅうこはこの後すぐに知ることとなる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ