4-2 目利き
璃琳はぷくっと頬を膨らませ、竜虎に事の次第を感情的に話し出す。その隣で見慣れない少年があわあわとしているが、青みがかった緑色の瞳からして金華の民で、白い上衣の上に纏っている衣が薄緑色であることから、雷火の一族であることは明らか。
「私たちの前にいたご婦人に、店主がこの磁器を売りつけようとしていて。でもどう考えてもそんな価値があるものとは思えなかったから、ふたりで間に入ったの。私は母様にそういうのの見分け方を教わっていたから、ある程度わかるし。彼も詳しいみたいだったから一緒に見ていたら……取っ手が取れちゃって。やっぱり偽物じゃない、って店主に言ったら怒り出して。それにびっくりした彼が、持っていた磁器の花瓶を落としちゃったの」
「す、すみません……僕が悪いんです。さすがに商品を壊してしまったので申し訳なく思い、弁償しようと思ったのですが、」
「こんなの絶対におかしい! って思って、そのまま口に出したら言い合いになってしまって。気付いたら大騒ぎになっていたの。割っちゃったのは確かに悪いけど、弁償するにしてもこの花瓶に銀貨一枚はありえないわ」
正直、ここでなにが起きているのかよりも、なぜ金虎の一族である璃琳と雷火の一族である少年が一緒にいるのか。そもそもなぜ璃琳が金華にいるのかの方が気になったが、竜虎はまずはこの場をなんとかするのが先と堪える。
「なにもおかしなことはない。こっちは店の前で騒がれた上に商品を壊され、客にも逃げられたんだ。銀貨一枚で済ませてやるって言ってるんだから良心的だろうが。まさか払えないなんて言わないよな? そこの坊ちゃんは雷火の公子様だし、お嬢ちゃんも身なりからして良家の出だろう?」
竜虎は虎斗に視線を送る。ここは骨董品屋のようで、目利きの能力がない竜虎が見たところでその価値はわからない。足もとで割れている白磁の磁器だったものは、それらと比べて高価そうに見えるが、実際のところはなんともいえない。銀貨一枚の価値があるかどうかも、この状態でどう証明すればいいのか。
「すまないな。私もこの手のことは教養がない。璃琳たちの目利きも今の状態では確証が持てない」
そんな····、と虎斗の言葉に璃琳は初めて弱気な態度を見せた。証拠がなければ、どちらが迷惑をかけているかという印象で物事を考えるしかなくなる。この場合、商品を壊した上に騒いでいる璃琳たちの分が悪いだろう。白獅子として、公平に裁くのが虎斗の仕事だ。いくら姪が可愛いからと言って、店主の言い分を聞かないというのは違うのだ。
「あ、あの……その花瓶に価値があるかどうかを証明すればいいんですよね?」
そんな中後ろから聞こえてきた声に、皆が注目する。はい、と小さく挙手をして立っていた青年は自信なさげに見えたが、口調はしっかりとしていた。竜虎は「壊れてるのにわかるのか?」と、こちらに合流した青年、清婉に訊ねる。
「ええ、価値のある磁器なら素材も良いでしょうから大体の値段はわかりますよ? これでも昔からその手の目利きは教育されていて得意な方なので、自信もあります。金虎の一族の従者は、ほとんどの者がこの手の教養を必修させられますから」
本当に大変なんだな、と竜虎は改めて従者の大変さを思い知らされる。一方、店主の方は「こんな若造に価値などわかるものか」と毒づく。清婉はまったく気にしていないようで、その場にしゃがんで無残に割れてしまった花瓶の残骸を手に取っては眺めてを繰り返し、最後に少年が手に持ったままの取っ手に視線を向けた。
「それも見せていただいてもいいです?」
「あ、す、すみません! どうぞ!」
持っていたことすら忘れていたのか、少年は慌てて清婉に差し出す。そもそもの原因である磁器の取っ手。じっとその繋ぎ目の部分を観察していた清婉の目が細められる。
「……はあ。そういうことでしたか」
「清婉、皆に説明できるか?」
虎斗の問いに対して、「はい」となんだか残念そうな表情で応えた清婉の反応は、どっちの意味で言っているのかこの時点では竜虎にはわからなかった。
「確かに、この割れた花瓶にはそれなりの価値があった、と思われます。この割れ方からしても、磁器であることは確かかと」
「ほらみろ。なにが偽物だ。さっさと迷惑料を払ってここから立ち去るんだな!」
店主は思わぬ味方を得て、さらなる強気な態度に出る。そんな……と璃琳と少年は納得いかないという表情で清婉に訴えるように視線を向けた。
「けれども、この取っ手がその価値を損ねていたようですね」
取っ手? と竜虎は首を傾げ、璃琳たちの表情が一変して明るいものへとわかりやすく変わった。清婉が本当に残念そうに肩を落としながら、店主の後ろにある他の骨董品たちを遠目で見つめる。
「……本当にもったいない」
はあ、と嘆息した清婉の口からこぼれたその言葉の意味を、竜虎はこの後すぐに知ることとなる。




