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彩雲華胥  作者: 柚月 なぎ
第三章 光架
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3-22 逢魔がほしいもの



 翌日。店主とその息子が三人を見送ってくれた。雪が少し積もり、踏めば足跡が付いた。次の行き先はそう遠くはない。この雪の状態であれば、昼すぎくらいに玉兎ぎょくとの都に着くだろう。そこから姮娥こうがの邸まで辿り着くには夕方くらいだろうか。


 姮娥こうがの一族の公子である黎明れいめいの身分だけは明らかだったので、店主は先に公子に一礼し、それから宵藍しょうらんに一礼した。


「ぜひともこの近くに寄った際はまたご利用ください。次にいらっしゃった時には、この村も以前のように賑わいを取り戻しているでしょうから」


「ああ。その時はよろしく頼む」


 簡単に別れの挨拶を交わし、店主は最後に逢魔おうまを抱きしめた。逢魔おうまもぎゅっと店主に抱きつく。守ってくれたことに変わりはなく、店主がいなければ生きていなかったかもしれない。


 幼いながらも、逢魔おうまはそれを解っているようだった。遠ざかっていく村に少し寂しそうな表情をして、ふたりの手をきゅっと握りしめる。


 見下ろしてくる瞳はそれぞれ違う色を浮かべていたが、逢魔おうまにはどちらも輝いて見えた。



****



 玉兎ぎょくとの都は趣があり、周囲は竹林に囲まれている。竹よりもずっと低い建物が多く、全体的に黒を基調とした木材を使用しているせいか、他の色がよく映える。冬は雪が降れば白が映え、春や夏は緑が、秋には朱が映える。


 公子である黎明れいめい市井しせいを歩く度に、すれ違う人々が神子である宵藍しょうらんを認識し、挨拶をしてくる。しかし面白いことに、すれ違う者たちが皆、こちらを二度見するのだ。


 この都で黎明れいめいを知らない者はいない。神子の華守はなもりになる前から有名だった。幼い頃に都中に広まった噂。姮娥こうがの一族に天賦の才を持つ男児在り。その男児、素手で岩を砕き、五つの時には中級の妖者をひとりで倒した、と。


 華守はなもりに選ばれた時、皆が当然だと自慢した。その後の遠い地で聞こえてくる活躍は、言うまでもない。だが、どうしたことか。神子と華守はなもりがふたりでいるのは当然だが、その真ん中に今まで見たことのない幼子がいたのだ。


「まさか、あの公子様にお子がっ!?」


「神子様とのお子か!?」


「いや、神子様は美しくて可憐だが、間違いなく男だぞっ」


 こそこそと集まって、民たちはああだこうだと考察する。それくらい三人は仲睦まじく親子のように見えたのだ。だがそんな民たちの好奇の目などまったく気にも留めず、三人は市井しせいを見て回っていた。そんな中、ある店の前で足が止まる。


「どうしたの? あれが気になる?」


 ある一点をじっと眺めている逢魔おうまに、宵藍しょうらんは腰を屈めて視線の先を指差す。そこには竹でできた縦笛や横笛がいくつも並べてあった。その中のひとつを逢魔おうまは見つめている。


 それは棚の上に飾ってあり、ふたりには届かない。値も高価なので、触れられないように高い位置に置いてあるのだろう。


「店主、これを」


 黎明れいめいはふたりの間に入り、いとも簡単に高い位置にある横笛を手に取ると店主に手渡す。そして懐から取り出した財嚢ざいのうの中の金をひとつ掴んで支払おうとしたところ、店主が念の為確認してくる。


「公子様がお使いになるのですか? それとも神子みこ様が?」


 上等な黒竹でできたその笛は、先の方に藍色の紐で括られた琥珀の玉飾りがついていて、普通の楽器ではないと一目で判る。ふたりは首を振って、それから黎明れいめいの横にいる、四つか五つくらいの幼子を同時に見る。


 店主は幼子に持たせるのだと気付き、下の方に並べてある別の竹笛を手に取って勧めてきた。


「玩具であればこちらもありますが?」


「いや、これで間違いない」


 はあ、と店主は納得いかないようだったが頭を下げ、最初の横笛と渡された金を交換し、黎明れいめいに手渡す。黎明れいめいはそのまま逢魔おうまにその横笛を与えた。


「これは見事な宝具だね。使いこなせるかな?」


 ふふっと笑って、逢魔おうまの肩に両手をそっと置いて訊ねる。店を出ながら、逢魔おうまは黒い横笛に付いた琥珀の玉飾りを満足そうに眺めて、うんと頷いた。少し遅れて店から出てきた黎明れいめいに対して、ありがとう! と嬉しそうに笛を掲げる。


「····特別だ」


 照れ隠しか、横を向いて黎明れいめいはひと言だけ呟く。それを見上げて宵藍しょうらんはまた笑みを浮かべた。


「優しい公子様、私はあれが欲しいな? 逢魔おうまも欲しいよね? ね?」


「えっと····、うん、欲しい!」


 上目遣いで袖を掴み、あれ、と飴細工を指差して宵藍しょうらんが甘えてくる。逢魔おうまはおそらく気を遣ったのだろう。無表情のまま、黎明れいめいはふたりに連れられて行く。


 このままでは夕方までに都の外れにある、姮娥こうがの一族の邸に着くのは難しくなる。だが、楽しそうにしているふたりをがっかりさせるようなことは黎明れいめいにできるわけもなく、飽きるまで付き合うことにしたのだった。



******



 姮娥こうがの一族の邸は竹林の中にあり、いくつかの邸が同じ敷地内に建てられている。正門には門番がいたが、黎明れいめいの姿を見るなり宗主の元へと案内してくれた。


 一番奥にある大きな邸が宗主の住む邸で、黎明れいめいたちが宗主が座する間に足を踏み入れた途端、薙刀の形をした霊刀の切っ先がただひとりに向けられた。黎明れいめいがそのまま繰り出される剣技を受け流しながら庭の方へと降り立つと、姉であり女宗主である暁明きょうめいがふっと口元を緩めた。


 黎明れいめいも眉目秀麗な顔立ちだが、暁明きょうめいもまたそれ以上の美貌の持ち主だった。血筋なのか、切れ長の眼で表情はあまり変化がない。黙っていても威厳があり、細身で背も高い迫力美人である。


 宗主が纏う特別な装飾が付いた藍色の衣を纏い、薄茶色の綺麗に纏められた髪、耳や首や手首に銀や綺麗な色の石が付いた宝飾が、それとなく自然に飾られている。


「相変わらずの朴念仁ぶりだな、黎明れいめい


「姉上、お久しぶりです」


 雪が積もっている地面に躊躇いもせず跪き、黎明れいめいは腕を前で囲って姿勢正しくゆうする。


「相変わらず激しい挨拶だね、君たち姉弟は」


「神子殿、お元気そうで何より。愚弟はご迷惑をおかけしていないか?」


 暁明きょうめいは縁側に立つ神子に腕を囲って頭を下げる。そしてその後ろに隠れている金眼の幼子に、灰色の眼を向けた。


鬼子おにご····なぜ神子殿が?」


 庭から邸の中へ戻り、一同が座してから黎明れいめいは簡潔に村での出来事を話す。興味深そうに暁明きょうめいは話を最後まで聞いていた。


「神子殿が決めたことに私ごときが口を出すことはないが、黎明れいめい、お前の考えている通り、ここで保護することもできないのが実情だ。だが雪が溶けるまでは好きにするといい。お前の邸は綺麗にしてあるし、従者も付けるから不自由もないだろう」


「姉上、感謝します」


 本邸を後にし、三人はかつて黎明れいめいが使用していた邸へと移る。そこで待っていたのは、もうひとりの姉である聖明せいめいであった。


 こちらの姉は宗主とは真逆で、賑やかしく穏やかなひとだった。活発そうな明るい表情の女性で、誰からも愛されそうな大きな瞳の可愛らしい顔をしている。


 背は神子と同じくらいで一族の中では低く、霊力もそんなに高くない。どちらかといえば、戦うよりも頭脳面で宗主を支える存在であった。


黎明れいめい久しぶりね。神子殿、それに小さなお客様、自分の邸だと思ってゆっくりしていって下さいね」


「····姉上、ここでなにを?」


「あなたが玉兎ぎょくとに帰って来たと聞いて、逢いたくて文字通り飛んで来たのよ。ああでも邪魔をするのは無粋だから、顔も見たし今日はもう帰るわ。また明日遊びに来るわね」


 しばらくは賑やかしくなりそうだ。


 もうひとりの姉を見送った後、はあと嘆息し、黎明れいめいは先に座していた宵藍しょうらんの横に座る。


 疲れたのか、逢魔おうま宵藍しょうらんの膝を枕にして眠っていた。その手には大事そうに横笛が握られていて、微笑ましい。


「しばらくはお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう。もし逢魔おうまが望むなら、ここで色々学ぶのもいいかもね、」


「····そうだな、」


 肩を抱いて、静かに頷く。外はもう真っ暗で、ちらちらと雪が舞い始めていた。外を眺め、寄り添って見つめ合う。ふたり重ねた手を逢魔おうまの手に添えて、同じ感情を分け合った。




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