2-13 豊緋の理屈
紅緋宮。
緋の一族、主に術士たちが住まう居住区で、大小さまざまな邸が建ち並んでいる。蓉緋の住む鳳凰殿が一番高い場所にあるとすれば、この紅緋宮は、紅宮の近く、平地に存在する。
その中でのひと際目を惹く大きな邸がある。そこが、豊緋の住まう邸であった。
十年前。豊緋が十八の頃。あの二年前の謀反が起こる前の、当時の宗主の命で、術士であった両親がある村へと派遣された。
その村はどこからか群がって現れた大量の殭屍に襲われており、緋の一族の術士たち十名だけでその群れ相手に奮闘した結果、ふたりとも命を落とした。生き残ったのはたった三名のみ。七人が命を落としたのだ。
あの時、宗主がもっと術士を派遣してくれていたならば、結果は違っていたかもしれない。
それ以降、その無謀な命を下した宗主に恨みを募らせていたのだが、あの謀反が起こり、行き場を失った恨みは次の宗主へ。鳳凰の儀で晴らそうと思った矢先、その宗主も蓉緋にやられ、結果、また邪魔をされた。
前宗主は謀反を企てた罪で死罪。それに関わった者たちも同じく処された。まさか三人の内ふたりの老師たちも、それに関わっていたとは思いもしなかったが。
「豊緋様、集まりました」
邸に集まった者たちは、鳳凰の儀を失敗させる事を目的として動いていたのだが、どの計画も上手くいかず、挙句、朱雀の神子を攫うために手回しをした、あの花轎の担ぎ手たちは行方不明に。
他の協力者。紅宮の主である姚泉も、助言するばかりで、こちらに直接的に何か手を貸してくれるわけでもない。何を考えているのかもわからない。
だから、彼女の言うことを聞かずに、単独で命を下したのだ。しかしそれがすでにバレているようで、この後呼び出しを受けていた。適当な理由は用意してあるが、はたして逃げ切れるかどうか。
「蓉緋と花緋が反目したと噂に聞きましたが、本当でしょうか?」
「なにか企んでいるのか····それとも、花緋が宗主の座を本気で狙っているのか、」
豊緋は集まった数十名が口々にあの事について真偽を述べる中、ひとつの結論を見出す。
「花緋がこちら側に付くことはないだろう。だが、蓉緋を倒すという目的は同じだ。奴もとうとう自分の欲に素直になったのさ。あんな野良犬が宗主の座に居座るのが、本音では赦せないのだろう。妾の子とは言え、奴の本来の実力は蓉緋以上だと聞く。蓉緋が宗主となった後、護衛にわざわざ下ったのも、噛み付くのを見計らっていたのだろう」
ならば、と豊緋は口の端を上げ、にやりと笑みを浮かべる。
「そっちは勝手にやらせておけばいい。俺たちは残った方を叩けばいいだけだ。宗主になれるのは、朱雀の神子と共に、舞台に最後まで立っていた者、だからな」
ふたりがやり合えば、どちらも無傷では済まないだろうし、体力も削られる。勝負が付いた後、満身創痍のどちらかを潰す。それ以上楽なことはないだろう。
「そこからは、我々の同盟も解除。この中の誰が宗主になっても恨みっこなしだ」
鳳凰の儀を失敗に追い込むという、当初の計画はすでに破綻している。ならば、どんな手を使ってでも、あの蓉緋を宗主の座から退かせるのが、次の目的となるだろう。
「それに、こちらには紅宮が後ろ盾になってくれている。少し誤解が生じたが、この後に会って、前以上に良い関係を築くつもりだ。今日の会合はこれにて終了とする。また折を見て声をかけるので、よろしく頼む」
この反対勢力を利用して、豊緋は自身が宗主になるための道筋を立てていた。この有象無象共を良いように操り、最後にその座を自分のものとする。彼の目的はただひとつ。蓉緋を舞台の上で跪かせること。だだそれだけ。
そんな、一見くだらない目的のために動いている。だがそれが、彼の復讐なのだ。
例えば、宗主になって一族を導く、とか、この地を妖者から守る、とか、豊かにする、とか。そんな崇高な理由はひとつもない。
行き場を失った恨みを晴らすため、それだけのために周りを巻き込んで、こんな回りくどいことをしているのだ。蓉緋が憎いというよりは、宗主という存在が憎い。その憎いと思っている者に成り代わり、あの高い場所から見下ろす。それが復讐になると、本気で思っているのだ。
皆が帰った後、その足で紅宮へと向かう。そこで待つのは、女狐と名高い紅宮の主である、姚泉。あの謀反でさえ、あの女の入れ知恵という噂もあるくらい、抜かりのない策士。顔見知りの宮女たちに通された特別な間で、御簾の奥にいる姚泉がくすりと笑った。
「豊緋様、まさかとは思いますが、私の事を女だからと甘く見てないかしら?私の計画を無視して事を起こそうなんて、どういうおつもりかしら?」
思った通り、花轎の件が筒抜けのようだ。だが、こちらも計画は立てたものの、実行する前に挫かれた状態になっている。そもそも担ぎ手たちが行方を晦ましてしまい、どういう経緯があったのかさえわからないのだから。
「申し訳ない。この件に関しては俺も関与しておらず、事を起こそうとした者たちも行方がわからないため、こちらも困っているところなのです」
「あら、そうなの?私が調べたところでは、あの"福寿堂"が関わっていると聞いたのだけれど?」
姚泉が口にした"福寿堂"という店、否、組織の名に、豊緋は眉を顰める。それが本当だとしたら、手を回したのは蓉緋ということになる。担ぎ手たちは、もしかしたら朱雀宮のどこかに、軟禁されている可能性もでてくる。
「朱雀の神子は、無傷でここに挨拶をしにきたわよ?ある意味、宣戦布告ともいえる言葉を私に言って来たわ」
「というと?」
くすくすと、楽し気に姚泉は小さく音を立てて笑う。御簾越しでは彼女の顔は拝めず、絶世の美女という噂は確かめようがなかった。
「どんな卑怯な手でこちらが来ようが、必ず蓉緋を宗主にする、と」
「朱雀の神子ごときが、戯言を!」
まったくその通りね、と姚泉は肩を竦める。口元は笑みを浮かべたまま、豊緋の反応を観察しているようだった。
「ならば、こちらもどんな手を使ってでも、あいつから宗主の座を奪い、生意気な神子に思い知らせてくれよう」
「それは、頼もしいですね。さすが豊緋様、」
姚泉の言葉に良い気分になり、豊緋は彼女があの件については、これ以上追及しないだろうと、心の中で安堵する。
ふたりでこれからの動きの詳細を話し合い、自分の思うように進んでいることに満足した豊緋は、高揚したまま紅宮を後にするのだった。




