1-2 奉納祭まであと五日
「姜燈が今回の奉納祭も自分が仕切ると言い出して、虎珀もそれを了承してしまったものだから····色々と頭が痛くてね」
姜燈は宗主である飛虎の第一夫人で、虎珀は亡くなった前夫人蘇陽の子。四人いる公子のひとりで、無明から見ると母違いの一番上の兄である。
まだ若く二十歳で、生まれつき病弱で術士としては存在感が薄いが、その博識さと寛容な性格が気に入られ、宗主である父を傍で支えているひとりだ。
姜燈には息子がふたりと娘がひとりおり、なにかと理由を付けては長男に活躍させる場を設けさせていた。
(虎珀兄上らしいと言えばそれまでだけど····)
寛容すぎるが故に、押しにも弱い。頭も良く行動力もあるがなにより優しすぎるところがあった。どちらかと言えば、姜燈夫人の勢いに負けたという方が正しいのかもしれない。
「けど、毎回奉納祭は姜燈夫人が仕切っていたのに、今回に限ってなにか問題でも?」
「奉納祭は毎年行われる国の行事というのは知っているわね? けれども百年に一度だけ、各地方各一族が祀っている四神の宝玉を持ち寄り、光架の民の末裔が四神奉納舞をすることで穢れを祓い、また百年土地を守るための清めを行うの」
「その百年に一度が、今回の奉納祭ってこと?」
そうよ、と藍歌は小さく頷いた。光架の民とは、遥か昔、この地を拓いたという神子の血を引く一族で、今も少数だが存在する。
俗世から離れ、どこかの山の奥の奥に住んでいるとされるが、誰もその正確な所在を知らない。一年に一度行われる奉納祭の時にだけ山を下りて来て、四神への奉納舞を舞い、役目を終えると言葉も交わさずにさっさと帰ってしまうという。
彼らは今もなお先人と変わらぬ高い霊力を持ち、孤高の存在と化しているため、他の一族からも一目置かれているのだ。
十六年前。当時十五になったばかりの藍歌は初めて紅鏡を訪れ、舞を舞った。それに一目惚れをした飛虎の熱心な求婚によって、藍歌は第三夫人となったのだ。
その一年後に無明は生まれ、現在に至る。
つまりは母は光架の民で、母の父は長。無明にとって祖父に当たるその人は、娘の婚姻を反対することもなく、簡単に承諾したらしい。
「百年祭とも呼ばれている大切な行事のため、間違いのないように、事前に手順や準備を頼んでいた虎珀に取り仕切ってもらうはずだったが、」
「でも、奉納祭って五日後じゃ····」
その言葉を受けて、魂が抜けたように宗主は肩を落とす。
さすがに大きな行事に乗じてなにか大事を起こすつもりはないと思われるが、過去にさまざまな嫌がらせや謀をこちらに仕掛けてきた夫人の前科が、肯定するのを迷わせる。
「きっと、大丈夫ですよ。私も気を付けますし、この子もいますから」
ね、と母は少女のように呑気に微笑むが、飛虎は気が気ではなかった。
「父上、なにかあったら俺が上手く動くから、安心していいよ!」
まだ十五歳の息子に励まされ、宗主は威厳のかけらもない緩んだ笑みを浮かべると、さすが私の息子だと満足気に頷くのだった。