6-3 少陰の隠し事
無明も心配だが、あの場に来ることすらできなかった白笶の身も心配だった。
まさか華守が神子と対峙することになるなど、誰も思わなかっただろう。
竜虎が白帝堂に辿り着いた頃には、もうすでに夜は明けており、眩しい太陽が空を照らし出していた。
堂の扉が開いており、覗いてみれば、衣も身体もぼろぼろになった白笶が寝かされていた。
慌てて這うように駆け寄り、生死を確かめる。
「よかった、生きてる」
しかしあまりにも酷い全身の怪我に、竜虎はあの後何が起きていたのかを、語られずとも察してしまう。この怪我は無明が負わせたのだ。おそらく、その身を挺して無明にかけられた術を解き、目覚めさせたのだろう。
無明には一切傷を付けることなく。
その覚悟に、竜虎は言葉を失う。そ、と白笶の身体を起こし、右腕を自分の首に回すと、そのまま重みを感じながら立ち上がる。
この状態で動かすのは良くない気がしてならないが、ここに置いておくわけにもいかなかった。
堂を出て行く後ろ姿を、逢魔と少陰は確認し、お互い目配せをする。
「いや、気になるなら手伝えばよいじゃろうに、」
「なんか、ほら、お互いほとんど初対面だから」
そんなことを気にする神経はなさそうじゃが、と少陰は喉元まで出かかった言葉を呑み込む。そもそも最初から宿において来ればよかっただろうに。
「まあ、良いわ。色々世話になった。結末は最悪じゃったが、問題は解決した」
「けど、色々と疑問は残る」
そもそも蘭明を操り、最後の最後に殺す必要があったのかということ。彼女は別に烏哭の情報をなにか話したわけでもなく、むしろ立ち直ろうとしていたようにも感じた。
「彼女を殺さなくてはならなかった理由は、なに?彼女は何を見たんだ?もしくは聞いた?なんかすごく重要な気がする」
「考えても仕方あるまい。死人に口なしじゃ。いずれ解ることだろう」
少陰は砕け散った宝玉に眼をやる。白い宝玉は、もう元には戻せないだろう。それに気付いた逢魔が、その欠片のひとつを手に取った。
「ねえ、姐さん。四神の契約はこの地に加護と恩恵を齎すけど、神子にどんな影響を与えるの?」
かつての神子は、始まりの神子の魂の半分が転生した身だった。けれど、あの晦冥崗で神子たちはひとつになり、真の神子の姿を取り戻したはず。
なら、無明は人の身でありながら、真の神子ということになる。
しかし、生まれてからずっと見てきたが、そんな片鱗はなかった。かと言って、自分たちのような曖昧な存在でもない。
「それは、······妾の口からはなんとも言えん。神子に聞け」
その含みのある答えに、逢魔は眼を細める。あの時、どうして無明は何も教えてくれなかったのだろう。
白虎の契約の後、明らかに様子がおかしかったのだ。白笶も逢魔もそれ以上は訊けなかったというのもあるが、なんだか胸騒ぎがする。
「まあ、とにかく、あやつが目覚めるまではここにおるのじゃろう?暇なら妾に付き合え。お主も玉兎は久しいじゃろう?」
逢魔は頬を掻いて、まあねと答える。この地は、特別だった。かつての神子に拾われた地。そして、彼と出会った地でもある。
「けどさ、彼があのひとだったなんて、思いもしなかったよ。姐さん、まさか知ってたなんて言わないよね?」
太陰が白笶を見ただけで気付いたのだ。少陰が気付かなかったわけがない。
「さ、さあ······妾は忘れっぽいからのぅ······よく、憶えておらんのぅ」
「あっそ。いいよ、別に。過ぎたことだ」
遠い日々に思いを馳せる。
それは、とてもあたたかく、優しい日々だった。けれども、人と鬼神では生きる時間が違った。
あの頃は、神子を失い、黎明も死に、逢魔はただぼんやりとそこにいるだけだった。
だからそんなことも解らないで、そのほんの少しの安らぎに甘えていたのだ。
「俺は今が、一番良い」
無明がいて、白笶がいる。終わりなどないと信じている。だから、全力でふたりを守る。あの時の後悔を、二度と繰り返さない。ただそれだけだ。
それでも、彼と一緒にこの国を旅した、あの長い月日を忘れたことはない。
思い出す記憶の欠片に、逢魔は何とも言えない表情で空を見上げる。
出逢ったあの日も、雲ひとつない、こんな澄んだ青空だった。




