第八章
レオは相変わらずの、凄まじい速さで大地を駆ける。
アリスは風で乱れた髪を耳にかけながら話した。
「南に行くには、国境の街リングホルムを通過しないといけないわ。リングホルムには私の旧友もいるし、そこで情報を集めていきましょう。王都騎士団から追われている身だけど、彼女なら大丈夫なはずよ」
「我は詳しくないゆえ、道案内を頼んだぞ!」
例の如く、街の手前でレオには影に戻ってもらった。大都市クロンヘイムとは雰囲気ががらりと変わり、城も、高い外壁もなかった。
白を基調とした建物や石畳の地面など、街全体が適度に整備されていて、国境の街というよりは、商業小国家とでも言うべきだろうか。
東京のお洒落なカフェが立ち並ぶ街に迷い込んだような気分になり、足取りが軽くなった。
「では、私はお二人とは別行動で、食料を調達しておきますね。創成魔法で収納することができるので、適任だと思います。」
創成魔法で収納という言葉に、耳がピクリと動いた。
「創成魔法って、そんなこともできるの……?」
「はい、少しだけコツがいりますが、マコト様なら問題ないかと思います。今度、お教えしますね」
イリアはそう言いながら、笑顔で首を傾け、可愛らしいボブヘアを揺らして去っていった。彼女の去った後には、いつもほんのりと香水のような香りがする。隙の無い身だしなみなどを見ると、さすが従者と言うべきか。
「よし、じゃぁ私たちも行こうか。南の町セッテホルムがどんな状況か分からないと、何かと危険だわ。まずは、ギルドに向かいましょう。彼女にも会えるといいのだけど」
「彼女って、アリスの旧友のことだよね? きっと会えるよ。さくっと情報を集めて、早く英雄さんに会いに行こう」
僕たちは、ときどき道行く人に聞きながらギルドへと向かった。といっても、問題になってもいけないからと、僕は喋らずに「ただの野ウサギ」を演じていた。
この世界に来て初めてのギルド、少しだけワクワクしていたが、入ってみると案外想像通りの場所だった。
屈強そうな容貌の男性が多く、昼間から飲む酒はなかなか美味しそうだった。
「騎士団のお嬢ちゃん、そんな可愛いウサギちゃん連れちゃって、ここはおままごとする場所じゃないんでちゅよ~?」
中でも屈強そうな男がアリスに絡み始めた。ほとんど顔が見えないくらい、毛むくじゃらな髪や髭が無駄に暑苦しい。その上、目には真っ黒なサングラスをかけている。
少しムッとした僕は、軽く蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、アリスの冷静かつ動じない反応をみて止めておいた。
「あら、おじさま、ちょっと聞きたいことがあるのだけど。南の町セッテホルムの最近の治安ってどうなってるかしら?」
「おいおい、お嬢ちゃん……こっちの話を無視しておいて、生意気に質問するなんて、このバーキンス様の恐ろしさを知らねぇなぁ? こちとら北の大地で開かれる剣技大会の優勝候補、バーキンス様だぞ?」
剣技大会というワードが出た瞬間、アリスのまゆ毛が一瞬ピクリと上がったように見えた。
バーキンスとやらは、ごつごつとした腕で力こぶを作り、突然筋肉自慢を始める。
(日本人とは違って、目や鼻は彫りが深いのに勿体ないなぁ。サングラスの下はやっぱり、つぶらな瞳なのかなぁ……?)
僕はどうにも腑に落ちなかった。こういう筋肉自慢の脇役キャラというのは、スキンヘッドだったり、はたまたモヒカンだったり、勝手にそういうイメージを持っていたからだ。
いつまでも筋肉自慢をする男に対して、一つだけ「ハァ」と小さくため息をついたアリスは、腰に差している刀をちらつかせた。
ただ、それだけで、毛むくじゃらの大男の態度が一変した。
「ま、まさかあなたさんは……! カタリナ嬢のお知り合いさんですかい……!」
どうにも慣れていない敬語が気持ち悪くて仕方ないが、大男の手のひら返しに、少しだけスカッとした。
「そうよ。話が早くて助かるわ。さぁ、セッテホルムと、あとカタリナについて教えてもらおうかしら」
「へ、へぃ……! セッテホルムは英雄が隠居していると噂をちらほら聞きやすが、死の森を越えねぇといけやせんし、俺らもあまり近付かねぇんですよ。最近はよくわかんねぇ奴らが移住してたり、そっちこっちで火事が起きてるって話も聞きやすが……。っちゅうのも、実は、カタリナ嬢が大怪我をしちまって……」
「なんですって……!」
話を聞いた後、すぐにギルドを飛び出して、カタリナが住んでいるという家へと向かった。
大男の会話の最後、アリスは「あなた、髪を切ったらどう?」と言い放っていた。僕と同じように、アリスの中でも、脇役キャラのイメージと違っていたのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えていると、こぢんまりしながらもアンティークショップのようなお洒落な家の前に着いていた。「ストール」と英語で書かれた表札がついている。
アリスはフクロウの形をしたドアノックをコンコンと打ち付ける。
ゆっくりとドアが開いた――。
「アリス……?」
目の前にいる女性の透明感に呑まれそうになった。
澄み切った声だけじゃなく、白銀の髪に色白な肌、綺麗なエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうになった。アリスのハツラツとした感じとはまた違い、静寂かつ妖艶な雰囲気を醸し出している。
「カタリナ……! 会いたかったわ!」
「私も、会いたかったわ。アリス……!」
空気を呼んだ僕はストンと床に降り、感動の再会を果たして抱き合う二人を眺めた。美女二人が抱き合う姿は絵になっていた。
ふと、僕の体が淡く光る。
この感覚は、先見の明――。
目を閉じて意識を集中させる。
しかし、僕が見た映像は、信じがたいものだった。
両手に大太刀を構えたカタリナが、アリスに斬りかかろうとしていたのだ――。
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