第六章
ゆっくりと歩いてくる謎の女性に向かって、アリスが叫んだ。
「止まりなさい! それ以上近付くと、ただじゃおかないわよ!」
アメジスト色のボブヘアと、ひざ丈の黒いドレスをふわりと揺らしながら近付く。じとっとしたたれ目、深い紅色の瞳は僕を捉えていた。
「マコト! 下がってて!」
アリスは刀の鞘を掴み、居合の構えに入る。女性は丸腰で、ただゆっくりと歩く。
先見の明によって脳裏で見た映像では、女性は大鎌を持っていたはず。
「アリス! 気を付けて! 武器を持ってるはずだ!」
こくりと静かに頷いたアリス。目を閉じ、スーッと息を吸った。
そして、光のような速さで、一合斬り結んだ――。
キィィィン――!
謎の女性は、どこからともなく取り出した大鎌で刀を受けていた。
「あなた何者なの! 私の居合を止めるなんて、なかなかの使い手ね。身長くらいある鎌は、一体どこに隠していたのかしら」
確かに、刀を受ける寸前まで大鎌は持っていなかったはず。
「私は……魔王さまのお側にいたいだけです」
色白で華奢な体で、アリスの刀を弾き飛ばした。咄嗟に僕の横まで下がってきたアリスに伝える。
「僕が話をしてみるよ」
こくりと頷き、「気を付けてね」と小声で伝えられた。謎の女性に近付き、問いかける」
「えっと、一応……魔王なんだけど、何か用?」
街の前で、もう一人の魔王に接触したことを思い出して、絶賛ネガティブ発動中だ。
「あぁ……あなたに、会いたかった……!」
謎の女性は右手を一度振り払うと、持っていた大鎌が淡い光に包まれて消え去った。そのまま歩み寄り、うさぎである僕の目の前で膝をついて、敬意を表した。
「魔王さま……誕生から遅れてしまい、申し訳ございません。私はイリアと申します。あなた様に力を与えるべくして生まれた、ただ、それだけの存在です」
そう言いながら、白くすらりと伸びた指で僕のふわふわした頬を撫でた。
――ピコン!
だいぶ慣れてきた。この音はスキルを得た音だ。
美しいアリスとは対照的に可愛らしい容姿をしたイリアは、次第に表情を曇らせた。
「本来であれば、多くのスキルをあなた様に献上すべきなのですが、不完全な私では、創成魔法と冥府の斬撃しか献上できませんでした。どうか、お許しください」
僕は何を言っているのか理解できず、ただただイリアを見ていた。隣のアリスも同様に、ぽかんと口を開けている。
「ごめんね、イリア。詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「かしこまりました。では……」
その後、イリアから話を聞いた。
どうやら魔王が生まれる時、従者も同時に生まれ、魔王に力を授けた後、従者は消えるという。
そして、魔王が力尽きると、従者にその力が還元され、再び生まれる魔王に力を授ける使命を果たすのだという。
一通り話を聞いたあと、アリスが口を開いた。
「そうだったのね……。さっきは突然ごめんなさい。あなたの話によると、マコトに力を授けて、消えてしまうの……?」
やや沈んだ声でイリアに問いかけた。しかし、イリアは思い悩んだ顔で答える。
「それが、実はもう力を献上したのにも関わらず、消えないんです。もしかすると、わたしの力が不完全だったから、なのでしょうか」
正直、認めたくはなかったが、どうやら僕と、僕の従者ともに「出来損ない」だったのだろうか。
「出来損ない……。僕はついさっき出会った魔王ニルソンにそう言われたよ」
場の空気が重く漂う中、イリアがかすれた声で言い放った。
「でも正直……嬉しいです……! マコト様の力になれなかったので、役目は果たせていないのですが……。力を献上して、また魔王が眠るまで待つのが本来の姿。けれど、私はずっと魔王の側にいたいと願っていました……」
使命だとか運命だとか、そういう言葉を呪いたくなるほど、目の前にいる少女の涙は純粋で、美しかった――。
イリアは抱えていた不安を流しきるように泣いた。
ひとしきり泣いた後、僕はスキル「創成魔法」の使い方を教わった。魔法や物体を創造することができるスキルらしい。
ただし、知らない魔法や、イメージできない物体は作りだせないという。例えば僕が元々の世界で拳銃マニアだったら、拳銃を作りだすこともできたのだろうか。「知識は力なり」まさに今、その言葉を思い知らされた。
イリアによると、その物体を熟知しているからこそ、大鎌を出し入れできるという。
試しにアリスの刀をよく観察して、同じものを創造した。全く同じものをもう一本作り上げることに成功し、アリスと一緒に目を丸くした。
スキルの万能性を思い知らされた僕は、この技術で一稼ぎしようと考えていたが、アリスに見抜かれてしまった。
「へぇ~、創成魔法って色々できて楽しいね! 魔力の消費が激しいけれど、総量が多いおかげで気にならないし。使い方によっては、まだまだ可能性があるね……! これなら、魔王ニルソンにも負けないんじゃない?」
楽観的な僕の考えをあっさりと蹴散らすように、イリアが淡々と言い放つ。
「もう一人の魔王ニルソンも、既に創成魔法を得ていると思いますよ」
「ですよね~」
苦笑いする僕を見て、アリスも笑った。つられるようにしてイリアも笑顔になり、穏やかで平和な時間が流れた。
創成魔法にはまだまだ可能性がある。この言葉はのちに、現実的なものとなる。
深い夕焼けに染められながら、美女二人に囲まれてちょっぴり幸せな気分を味わっていた、その時――。
「あら……! こんなところでまた会うなんて、運命かしら!?」
聞いたことがある女性の声が背後から飛んできた。
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