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第五章

「マコト、魔王はあなただけじゃなくて、もう一人生まれている――」


 アリスの言葉が脳裏でこだまする。



「私はね……」


 アリスはうつむきながら、何かを言いかけたが、やめてしまった。


 重い空気がただよう。いっそのこと、レオを召喚しようとも思った。


「あ! 王都が見えてきわよ」


 正面を指差しながら言い、僕を抱き上げた。


 アリスは時々、僕をこうして抱っこする。綺麗な女性に抱えられるのは、なかなか嬉しい。だが、今はただ、哀しそうにするアリスを温めてあげたかった。


「へぇ〜、大きいんだね〜!」


 まだ遠くにあるというのに、視界の横幅いっぱいまで都市を囲む擁壁ようへきが広がっている。


 その後はアリスと他愛もない話をしながら、あっという間に街の入り口に到着した。


「マコトはここで待っててくれる? なるべく早く戻ってくるから」


「ん? 一緒に行かないの?」


「う、うん。少し話してくるだけだから」


 アリスは形の整ったまゆ毛をハの字にしながら、わずかに口ごもった。


「わかった! 行ってらっしゃい!」


 街の中が気になるけれど、お預けを食らってしまった――。




「この世界に転生して、まだそんなに経ってないが、色々なことが起きたなぁ。そもそも魔王が徳を積むだなんて、おかしな話だ」


 独り言を言い、クスッと笑いながら、日の当たる草むらで横になった。


 魔王がもうひとりいる、か……。仲良くすればいいのに、敵意むき出しなのが難点だ。



 考えても分からないし、「まぁいっか」と言葉を漏らした。



「風が気持ちいいなぁ……。寝ちゃいそう……」


 ふわぁ、とあくびをして、日向ぼっこを満喫した――。




 ふと、耳がくすぐったくて、目が覚めた。


 ぴくぴくと勝手に動き、何かを察知している。


(なんだろうか……悪寒がする。何かを感じて、毛が逆立っている……)



 突然、背後で乾いた指パッチンの音が「パチッ」と鳴った――。




 その瞬間、木々がざわめいた。


 体の芯から悪寒がする。


 突然、背後から声が聞こえた。



「よぉ。出来損ないの、魔王ちゃん――」



 冷え切った手で、心臓を握られるような感覚に陥った。


 中性的ながら、ガラガラとした声からは、深い残虐性のようなものを感じた。



 直感的に分かった。間違いなく魔王だ――。



 手合わせをしなくても、圧倒的な力量差をひしひしと感じた。


「お前……もうひとりの魔王……だよな?」


 前を向いたまま、背後にいる魔王と思しき人物に問いかけた。


「はっはっは! 野ウサギに生まれるほど出来損ないだが、そのくらいは分かるようだな。そうだ、俺は魔王ニルソンだ。本当は今すぐにお前のことを、ぶっ壊してもいいんだけどよぉ……。お前の苦しみに満ちた、絶望する顔が見たくてたまらねぇぜ……!」


 背後から発せられる声は、僕の返事などお構いなしに続けた。


「ん? なんだお前、スキルがすっからかんじゃねぇか? まだ従者にも出会ってねぇのか……こりゃ想像以上の出来損ないだぜ」


「どういうことだ……?」


 この男には、僕のステータスが見えているとでも言うのか。それに「従者」とは一体何なのだろうか。


「雑魚過ぎるお前に、ちょうどいいスキルをやるよ」


 背後の男はニヤリとした声で言うと、僕の体につんと触れた。


――ピコン!


「せいぜい頑張れよ? 出来損ないのおちびちゃん」


「待て……!どういうつもりだ!?」



 振り返った先には、何もいなかった。街を囲む外壁だけがあった。



 圧倒的な力を感じた。今後、僕にとっての障壁になることは間違いないだろう。


「ステータス……」


 目の前に透けたウインドウが出現する。スキルを確認すると「先見せんけんめい」という文字が増えていた。これが、魔王の言っていたものだろうか。



 ふと、体が淡く光り、脳裏に光景が浮かんだ――。



「なんだこれは……。兵士のような何者かに囲まれて、アリスが下を向いている……?」


 スキル「先見の明」。まるでこれから起こることを見ているとでも言うのだろうか。




「――いたぞ! あそこだ!」


 ふいに街の入り口の方から荒々しい声が聞こえた。


 考え事をしていて気付かなかったが、周囲から気配を感じる。



 キョロキョロと見渡していると、街の入り口から出てくるアリスを見つけた。


「お〜い! アリス〜!」


 走って駆け寄ろうとしたが、僕の脚が止まる。


 周囲を囲んでいた兵士らしき人物たちに、取り囲まれたからだ。



(この光景……今さっき、脳裏に浮かんだ映像と全く同じだ……)



 兵士の向こうからゆっくりと歩いてくるアリス。


 うつむきながら一言だけ呟いた。


「ごめんね、マコト」


 僕は悟った。ここまで優しくしてくれていたが、魔王の肩書を持つ危険人物を歓迎してくれるわけがなかった。それに森やアリスの住む場所まで奪ってしまったんだ、当然のむくいだろう。


 そう思いながらアリスを見つめる。桜色の髪がそよそよと風に吹かれていた。


 彼女の美しさを、目に焼き付けた。


「アリス、ありがとう……」


 感謝を伝え、きびすを返し、取り囲まれた兵士の輪から、ぴょんとひとっ飛びして抜けた。


 背後から「うおー!」と兵士たちの声が聞こえる。振り返らずに走った。



 猛々《たけだけ》しい兵士たちの声は、徐々に悲鳴のような叫びに変わっていった。


 拭えない違和感を覚え、振り返った瞬間――。


「ごめんね! マコト! 逃げよう!」


「どういうこと……!?」


 アリスは十数人の兵士たちを華麗な刀捌かたなさばきで気絶させた。


 僕をひょいと抱き上げて走った。


「アリス! こんなことしたら、ただじゃ済まないはずだ! 戻ろう!」


「えへへ! いいのよ! それより、巻き込んでゴメンね!」


 さっきとは打って変わって、笑顔全開のアリスだった。言葉の語尾が跳ねている。


「私、決めたの! あなたと一緒に、英雄の意思を継ぐわ!」


 何を言っているのか、一瞬わからなかったが、少し前のアリスとの会話を思い出して理解した。


「英雄の意思を継ぐってことは……王様と魔王で、和平条約を結ぶってこと!? そんなことできるわけない! さっき会ったんだ、もう一人の魔王に……。 圧倒的な強さだった。とても僕には……」


 自信を無くした僕とは裏腹に、彼女は明るい声色で言い放った。


「大丈夫! マコトと一緒なら、絶対できるよ!」



 見上げた彼女の顔からは笑顔が溢れていた――。



「まずは、話を聞くために『英雄』と呼ばれたマーカス・ロヴェーンを探さないといけないね……! 先代魔王と戦っていた程の強さだから、マコトが言うもう一人の魔王への対策なんかも聞けるかもしれない! マコト、一緒に頑張ろう!」



 僕はアリスの胸元からぴょこんと飛び降りた。


 目を瞑り、口を大きく開け、最高の笑みを見せた。


「うん! 一緒に頑張ろう!」




 アリスの目はキラキラしていたが、徐々に目を細める。



 徐々に表情が曇っていく。


「アリス……? どうしたの?」


「マコト、早速追手が来たみたい。でも変なの」


「変……?」


 アリスの向いている方へと振り返る。


 遠くから、ゆっくりと歩いてくる若い女性の姿があった。確かに「変」だった。アリスのような制服や、兵士の鎧のようなものとは違う服を身にまとっている。


 目を閉じて集中する。


 スキル「先見の明」を発動――。


「なんだ……これは……」


「マコト? どうしたの?」


 僕の脳裏には、アリスと謎の女性が、猛烈な速さで切り結ぶ姿が見えている。


 アリスは刀、女性は禍々しい大鎌おおがまを軽々と振るっていた――。


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