第三章
アリスは目にも止まらない速さで刀を振るった。
「す、すごい……!」
達人レベルの「型」を見た後のような清々しさだった。
ラグナルは左手で後頭部をポリポリと掻きながら、右手を前にかざした。
「はぁ……めんどくさ……まじで、だるすぎっしょ……。こんなとこで使いたくなかったけど、仕方ないか……。いけ!」
彼の足元から、影が立ち上がった。
その影は徐々に、兵士のようなシルエットに変化した。
大きさは二メートルを優に超え、すらりとした体には、西洋甲冑のような鎧をまとっているようだった。影だが、はっきりと見える……手にはすらりと伸びる大剣が。
「マコト……あいつ、多分すごく強い……! 手負いの私たちでは、ちょっとキツイかもしれない……」
「やっぱり……? なんか、相当ヤバイ感じがするよね……」
苦笑いでアリスに言葉を返す。
僕のパラメーターはどれも高い数値を誇っている。しかし、野ウサギの体でどこまで戦えるのか。果たして、通用するのだろうか。
こんな時、人間の体だったら……と、悔しさを覚える。
「アリス、ちょっと刀を貸してね」
「え? マコト、剣を振るえないでしょ?」
「いいからいいから」
アリスが刀を差し出す。鞘を持ってもらいながら、刀の持ち手の部分、柄を咥えて引き抜いた。
僕の体が淡い光に包まれ、アリスから授かったスキル「剣聖」が発動した。
「うん、想像通りだ」
思った通り、スキルは発動してくれた。常人離れしたアリスの身のこなしを見た僕は、スキル「剣聖」の能力が「剣を体のように扱える」であると確信していた。
そして、そのスキルが今まさに発動したのだ。
「キングウルフ、お前はアリスのそばにいてくれ!」
「あい分かった!」
「えっ! ちょっと、マコト!」
ぴょこんぴょこんと、影の兵士へと近付く。
一方、影の兵士はだらんと腕をおろし、様子を見るように佇んでいる。
兵士の大剣の間合いに入った瞬間――。
――ブォン!
兵士は、大剣を切り上げた。風切り音とともに、パラパラと小石が飛んだ。
地面がえぐれたようだ。
それを歩くように、さらりと躱した僕は、刀を咥えながら進む。
もし、一度でも攻撃に当たったら、ただでは済まないだろう。
しかし、僕には兵士の動きが、まるで止まって見えた。パラメーターの高さのおかげだろうか。
兵士は大剣を軽々しく持ち上げ、小さな的めがけて振り下ろした。
大地に刺さるほどの威力だった。
僕はその隙を見逃さず、咥えた刀で薙ぎ払った。
リィィィン――。
耳鳴りがするほどの速さで振り抜いた。
影の兵士は、霧散し始めた。
しかし、その向こうにいたはずのラグナルの姿が無かった。
「キャァァ――!」
アリスの声に気付き、振り返った。
ラグナルの後ろ姿が見える。
手には細身の刀を持ち、キングウルフを串刺しにしている。
「大丈夫か! キングウルフ!」
僕は叫びながら、全速力で戻る。
僕の声で意識を取り戻したキングウルフは、さらに丸まってアリスをかばった。
ラグナルは腕を引いて、次の突きを繰り出そうとしている。
「やめろ――!」
僕は目一杯走り、ラグナルに切りかかった。
「浅かったか……!」
僅かな差で避けられ、急所を外した。
避けたラグナルは軽い身のこなしで二度三度飛び跳ね、その場から離れる。
「あぁ……もう、ほんとめんどくせーなぁ……。なんでもう目覚めてんだよ……」
お互い態勢を整える。
「目覚めって、何の話だよ!」
「お前のことだよ……自覚もねぇのかよ、だっりぃ……」
ラグナルはそう言って、左腕の細身の刀を引いた。
僕も刀を再び咥えなおす。
(跳躍と剣聖のスキルを組み合わせよう……!)
脚に力を込め、獲物を狩るようにして態勢を低くする。
ふと、ヒゲが風を感じ取った。
「今だ――!」
閃光の如く、ラグナルに斬りかかる。
凄まじい程の反応の速さで、幾つか斬り結ぶ。
僕はスピードを生かした手数で圧倒した。
一心不乱に刀を振り回す。
風切り音と、刀のぶつかる音が何度も続く。
耳鳴りが止まらない。
刹那、ラグナルの斬撃が、ヒゲをかすめた。
「でやあああっ!」
速さに適応してきた少年に危険を感じ、彼のみぞおちをありったけの力で蹴り飛ばした。
ズザァ! と音を立てながら、数十メートルほど押し出した。
ラグナルの体は擦り傷だらけになっていた。細身の刀を杖のようにして、かろうじて膝で立っている。
「ハァ……ハァ……。こんなの、聞いてねぇし……ふざけんなよ。覚えてろよ! この糞ウサギが!」
ラグナルは捨て台詞を吐いて、自分の影に潜るようにして消えていった。
気配が完全に消えた――。
僕は安堵のため息ついて、ペタンと尻もちをついた。
「マコト! キングウルフが……!」
背後からアリスの慌てた声が聞こえる。僕はハッと立ち上がり、急いで駆け寄った。
「大丈夫か! キングウルフ! しっかりしろ!」
目の前の大きな獣はうずくまり、血をダラダラと流している。
「かたじけない……だが、約束通り嬢ちゃんは守ったぞ……」
僕たちは、息も絶え絶えのキングウルフに寄り添った。
回復するスキルも、薬草もない。
キングウルフの脈が、どんどん弱まっていく。
言葉は通じなくても、キングウルフの状態を見て、アリスも目に涙を浮かべる。
目の前の絶望を受け入れるしかないのだろうか――。
ふと、僕の前に透けたウインドウが現れた。
『キングウルフの魂を引き抜きますか――? YES NO』
(どういう……ことだ……? 魂を引き抜く……?)
どっちにしろ、このまま放置すればもう時間の問題だ。
何が起こるか分からないが、やるだけやってみよう……!
『YES――』
その瞬間、キングウルフが横たわる地面から、無数の黒い手のようなものが現れた。禍々《まがまが》しい黒い手のようなものは、キングウルフの巨体を包み込み、まるでマジックのようにその場から姿を消してみせた。
「マコト……? 一体、何をしたの?」
「えっと……僕も、よく分からないんだけど……」
僕の目の前に、再びウインドウが現れた。
『名前を決めてください――』
名前と言われても……この場合、キングウルフのあだ名でいいのだろうか。
耳を寝かせて、ヒゲをぴくぴくさせながら熟考し、口を開いた。
「レオ……」
ウインドウの文字が変わる。
『レオが仲間になりました――』
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