第二章
耳がぴょこんと立ち上がった。
振り返ると、遠くに見える森で、多数のカラスが飛び回っている。
「あいつ……大丈夫か?」
薬草を取りに森へと入っていったキングウルフのことを考えていた。
すると、遠くからキングウルフが勢いよく走ってくる。
「あれ……? あいつ、なんか変じゃないか?」
数匹のオオカミに噛みつかれ、ところどころ血を流しながら走ってくる。口には薬草を咥えている。
「大丈夫か……!」
ダッシュで駆け寄り、噛みつくオオカミに向かって、心の中で「やめろ」と叫んだ。
オオカミたちは気を失い、バタバタと倒れる。
思った通り、スキル「王の威厳」が発動してくれたようだ。
「すまない……! 助かったぞ……! 森で薬草を探していたら、錯乱状態になっているコイツらに襲われてしまってな……大半は懲らしめたのだが、どうにもお主にやられた頭が痛くて、本気が出せん……!」
「それは、えっと……ごめんな?」
おでこをさするキングウルフに軽く詫び、薬草を口で受け取る。
使い方が分からず、聞こうと思った瞬間、アイテムウインドウが現れた。
『使用しますか――? YES NO』
咥えていた薬草を女性に乗せ、ふわふわした手で、迷わずボタンを押した。
『YES――』
薬草はほのかに黄色い光を放ち、細かいイルミネーションのように粉々になった。
女性はゆっくりと目を開け、僕の頬を撫でる。
「ありがとう、うさぎさん。ずっとそばにいてくれて。嬉しかったよ」
「君が目を覚ましてくれて良かった……!」
「私はアリス、アリス・ブラントよ。このくらいの怪我、大したことないわ。だからそんなに目をうるうるさせないで?」
元々涙もろく、既に涙が流れている感覚があったが、どうやらこの体では思う存分泣けないみたいだ。
「僕は藍原誠。アリスが無事で本当によかった……」
「アイハラ……? 変わった名前ね」
「マコトでいいよ」
アリスの右手に頭をうずめ、ふわふわと撫でさせた。
「分かったわ、マコト。とりあえず、街に戻りましょう」
若干痛がりながらも、上半身を起こす。
すぐ後ろではキングウルフが、空に向かって遠吠えをして祝福した。
それを見たアリスは、腰に差している剣を握った。
「アリス、どうやらキングウルフは混乱して僕たちを襲ってしまったらしい。話したら分かってくれて、アリスのために薬草を取ってきてくれたんだ」
撫でてくれと言わんばかりに、キングウルフは僕の横に顔を下してきた。
「そうだったの……!? キングウルフと仲良くしてしまうなんて、あなた、一体……ううん、なんでもないわ。ひとまず街まで戻りましょう」
アリスは優しく微笑みながら、キングウルフの大きな頭を撫でた。
「街? 近くに街があるんだね。僕も疲れたし、ふかふかのベッドで寝たいなぁ」
「うさぎさんなのに、ベッドで寝たいだなんて、変なの~」
「我が街に入ったら騒ぎになるゆえ、街の外で待つことにするか」
「えぇ……お前、付いてくるのかよ」
「当然だ! 主に一生ついていくぞ!」
どうやら、この大きな獣にだいぶ懐かれてしまったようだ。
アリスは笑いながら立ち上がり、僕を抱き上げた。街があるという方向に向かって、僕たちは歩き出した。
「あ、そういえば! あのオオカミたちどうしようか……」
アリスの腕からぴょんと降りて、後ろを振り返る。
「あれ……?」
倒れていたオオカミたちの姿がなかった――。
「おかしいな? キングウルフ、何か知ってるか?」
「いや、我は何も手を下していないぞ。ただ、先程から妙な気配がするな」
「妙な気配?」
僕もアリスも、付近をキョロキョロと警戒するキングウルフを見つめる。
キングウルフは鬼気迫る表情で言った。
「何か来る――! 気を付けろ!」
すると、突然。
「めんどくせぇなぁ……」
背後から、若い男の声がした。
キングウルフは僕とアリスをヒョイと咥え、後方にジャンプする。
「お前さ……全然使えねぇーじゃん。だっりぃ……」
「主、気をつけろ! コイツが我の精神を狂わせた悪党だ!」
見たところ、まだ中学生くらいの年頃だろうか。全身を黒いローブで纏い、左手には細身の杖を手にしている。切れ長で、うつろな目が異様さを際立たせている。
自分の毛並みが、まるで鳥肌のように逆立っているのを感じる。隣のアリスも、剣を構えている。
場の空気に呑まれそうになった僕は、声を上げた。
「お前は何者だ! どうして、こんなことをする!」
「あぁ~……。その気配、やっぱりお前が……。俺はラグナル、三神将の一人だ」
さらっとした黒髪から、ちらちらと見え隠れする細い目とまゆ毛が、妙な雰囲気を醸し出している。
「三神将ですって!? 魔王直属の配下が、どうしてここに……」
アリスは目を細めながら言った。ほんの少し、手が震えていた。
「めんどくせぇけど……やるかぁ……」
ラグナルと名乗る少年は苦しそうに胸元を押さえながら、うめき声を上げた。
それに呼応するように、ラグナルの影から何体ものオオカミらしき黒い物体が現れる。オオカミの形をした邪悪なそれは、次から次へと出現し、あっという間に僕たちを囲んだ。
僕はスキルを確認する。「跳躍」、「王の威厳」では太刀打ちできそうにない。現に先程から心の中で「下がれ」と命じているが、彼らには意思が通じないようだ。
「私に任せて」
アリスが一歩前に出た。病み上がりのはずなのに、隙が無い。
アリスは目を閉じ、剣を居合のように構えた。よく見れば、腰から下げているのは、日本刀のような剣だった。
スーッと息を吸い、一気に吐いた。
それは、わずか数秒の出来事だった――。
電光石火の如く影の懐に入ったアリスは、目にも止まらない速さで抜刀し、刀を降り下ろす。
たった一振りで、黒い影が一つ、霧散した。
刀を両手に持ち替え、自然なすり足で体重移動し、数匹の影を寸断した。
瞬きをした瞬間、アリスはもう僕たちの後ろに位置していた。
深く腰を落とし、影を大きく薙ぎ払った。
周囲の影をものの数秒で消し去ったアリスは、刀を二度振り払い、鞘に納めた。
「さぁ、次はどうする?」
可憐な声で、キメ台詞のように言い放った。
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