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第十六章

 魔王ニルソンの強さを超えるため、マーカスから過酷な修行を受けている。


 つい最近は呼吸が出来ない水中で「水の主」と戦わされたり、レナードやエリックから授かったスキルを使いこなすための修行をしていた。


 もちろん、魔王だとバレないように魔力を放出しないための術も学んだ。


 修行が始まり、気づけば一ヶ月ほどが経過していた。



 僕は今、国境の街リングホルムに来ている――。


 目的はカタリナに二刀流を教わることだ。さすがのマーカスでも、両手で剣を扱うのは難しいという。マーカスは情報収集、僕はカタリナに修行をつけてもらっていた。


「マコト、あなたはとても筋がいいわ……。私なんて、そこまで扱えるようになるまで何年もかかったのに。私は、何をやってもダメね……」


 相変わらず、ネガティブさが冴えているカタリナだ。


 最初はお互い敬語で話していたが、一週間ほど毎日修行をつけてもらっているうちに、お互い気軽に話していた。


「そんなことないよ、カタリナの教え方が上手なんだよ」


 カタリナの家の庭、僕は大太刀を両手に構えて型の練習をしている。


「やっぱりマコトは優しいね……。アリスの気持ち……分かるわ」


「ん? アリスがどうかした?」


 ぶんぶんと振り回す大太刀の音にかき消されながらも、アリスの名前が聞こえた気がした。


「カタリナ、君のおかげでだいぶ慣れてきたよ、ありがとう」


 僕はカタリナと握手をした。ウサギではなく、人間の手で。


「いいえ……。私もあなたと修行ができて、とても楽しかったわ。いつでも立ち寄ってね……?」


 休憩がてら、カタリナの部屋でお茶を一杯だけもらった。棚の上には、タイガーエンペラーのぬいぐるみが大切に飾ってあった。


 他愛もない話をして、半分ほどのお茶をぐいっと飲み干した僕はカタリナに別れを告げ、テレポーテーションで師匠の元に帰る。



「師匠、ただいま戻りました!」


 マーカスの家に帰ってきたが、その姿はなかった。


「あれ……? コーヒー農場で、木の世話でもしてるのかな?」


 マーカスの姿を思い出し、強くイメージする。瞬きをしながら、声に出す。


「テレポーテーション――」



 目を開けると、マーカスの背中が見える。ここは、どうやら農場の外側のようだ。


 マーカスは背中越しに話しかけてきた。


「マコト、ちょうどいいところに帰ってきたね。君のお客さんのようだ」


「お客さん……?」


 マーカスの背中から、ひょいと顔を出して正面を見た。



 ――そこには、三神将ラグナルの姿があった。


「おいおい……久しぶりじゃねぇかよ。魔王ニルソン様から、お前に苦痛を与えてこいって言われてるんだ……いつの間にウサギから人になったんだ? めんどくせぇけど、今串刺しにしてやるからよ……」


 三神将ラグナルはこの世界に転生してまもなく出会った魔王ニルソンの配下。相変わらず気だるそうにしている。


 さらりとした髪の隙間から見えるうつろで切れ長な目。以前は恐怖心を抱いていたが、修行を積んだ今、怖さは微塵もなかった。


「ラグナルだっけ? 久しぶりだね。悪いけど、僕は師匠に修行の成果を報告しないといけないんだ。魔王ニルソンの情報だけ渡して、さっさと帰ってくれないかな?」


「はぁ……? 意味がわかんねぇ。ニルソン様の情報を与えるわけねぇだろ……俺は本当に認めたやつの言う事しか聞かねぇんだよ……」


 三神将ラグナルはイライラした様子で、ぼりぼりと髪を掻きむしる。


「そのニルソン様とやらが、平和な世の中を願ってくれてるのなら、僕だって、毎日こんなに血豆を作らなくても済むのになぁ」


 これ以上は話してもらちが明かないだろうと思い、臨戦態勢に入る。


 以前は創生魔法を使う際、物体をイメージするために目を閉じて集中する必要があったが、今では、小規模な物なら瞬きをする間に創造することができるようになった。


 しかし、まだ武器は出さない。


 ボクシングのような姿勢で構え、ラグナルの隙を探る。


 マーカスからは戦闘の心得だけでなく、相手の隙の見破り方まで徹底的に指導されている。体の中心、いわゆる正中線ががら空きになる瞬間は、まさに狙い目だ。視線や行動、その全てが戦いに繋がっている。


 ラグナルは影の使い手。暗殺系の技に特化した僕は、何かを召喚される前に決着をつけるべきだろう。


 目の前の少年はまだ動かない。僕をじっと睨んでいる。


 僕は先手を打つ。


 先手と言っても、武器を振りかざしたりするのではなく、先を見通す。


 そう、あのスキルだ。


「スキル、先見の明――」


 マーカスに何度も死線をみせられたおかげで、今では自由自在に使えるようになった。


 ラグナルは両手で自分の胸元を押さえつけ、苦しそうにうなりながら、影から何かを召喚する未来を確認した。


 そして、実際にラグナルが腕を動かそうとした瞬間――。



「スキル、賢者――」


 土の呪文でラグナルの足場を奪い、若干よろける。



「スキル、テンポ――」


 すかさず、スキル「テンポ」を発動する。これはレナードから授かったスキルで、一瞬だが相手の時間を遅らせたり、自分の動きを早くしたりできる代物だ。


 態勢を整えようとするラグナルの時間を遅らせる。


「悪いな、ラグナル。君が過去に戦った、あのウサギの頃の僕とは、もう違うんだ」


 何も持っていない右手を振りかざし、投擲のフォームに入る。


 振り下ろす瞬間に短剣を創造する。


 スキル「テンポ」を発動させ、高速で腕を振った。


 凄まじい速さで放たれた短剣は、ラグナルの右のこめかみ外側に一直線に飛ぶ。


「スキル、テレポーテーション――」


 足場を奪われ、顔をのけぞったラグナル。


 態勢が完全に崩れた彼の背後に瞬間移動する。


 利き手である右手を奪い、背中で拘束した。


 僕の左手をラグナルの肩に乗せ、創生魔法で二本目の短剣を作った。


「ぐっ……なんだ、その強さ……聞いてねぇぞ……」


「ほんの一ヶ月前、君が僕のところに現れていれば、軍配は君に上がったかもしれないね。でも、今となっては、百回勝負しようが、負けることは一度もないだろうね」



 スキル「呪術」発動――。


 ラグナルに自白する呪いをかけた。


「さぁ、ラグナル。質問に答えてくれ。魔王ニルソンは今、どこにいる。そして、君を仕掛けてきた今、やつは何を企てているのか」


 首元に刃を突きつけられた少年は、呪いによってぽつりぽつりと話し始める。


「ニルソン様は、次に北の大地で行われる剣技大会に刺客を送ると言っていた……。女が、危ないだろうな……」


 アリスの身に、危険が迫っている――。


【応援いただけると幸いです】


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 物語の続きを書く上で、大変励みになります。


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