第十四章
「君には人間になってもらう――」
マーカスの言葉に、僕たちはぽかんと口を開けた。
脳内では、希望が膨れていく。
人間になれるかもしれない――。
この世界に来てから、ずっとウサギの体で動いていて、既にだいぶ慣れている。
しかし、ご飯はいつもペレットとかいう牧草を固めたような固形の餌。
人間としての記憶が残るだけに、アリスたちが食べるご飯がいつも美味しそうだった。
そんな生活と、ついに、おさらばできるかもしれない――。
マーカスが準備した豪勢な食卓を囲み、僕たちは明るい未来に向けて乾杯をした。
寝る直前、暗い部屋の中でアリスがコソコソと話しかけきた。
「ねぇ、マコト? まだ起きてる……?」
「あぁ、起きてるよ。どうしたの? アリスは眠れないの?」
「そうなの。ようやく和平条約の糸口が見えた気がして。それにあなたが人間になるだなんて、なんだかこっちまで緊張するわ」
「僕も緊張してるよ。この体だと色々と不便なことも多いから、どっちかって言えばワクワクの方が強いけどね」
「あなたが人間になってしまったら、もう、ふわふわで愛くるしいうさぎを抱っこ出来なくなってしまうのかしら……」
アリスの声が少しだけ哀しそうだった。
「大丈夫だよ。僕が人間になったあとも、抱っこしたっていいんだよ?」
「もう〜、悩んでるのがバカバカしくなってきたわ」
哀しそうだった声からは、笑みがこぼれていた。
翌朝、まだ日も昇らない時間から、マーカスに叩き起こされた。
「ほら、起きなさい。山に登るぞ」
僕たちは意味もわからず、マーカスの言葉に戸惑う。アリスは……まだ夢の中のようだ。
「森の長老に会いに行くぞ」
なかなか起きないアリスをなんとか起こし、言われるがまま身支度を整え、朝食を簡単に済ませた。
ハムエッグトーストとミルクの組み合わせは、なかなかのものだった。
レオを召喚しようとしたが、森の長老を刺激するといけないという理由で、徒歩で向かうことになった。
傾斜がきつく、ぼこぼこと荒れた地面を進む。
しかし、それはただの散歩ではなく、マーカスの一言で修行へと変わった。
「よし、走って登ろうか。しっかり付いてきなさい」
そう言うと、マーカスはあっという間に視界の奥の方へと消えていく。
僕たちは顔を合わせてコクリと頷き、マーカスの後を追った。
ゴツゴツとした石や木の根が足の裏に不快な刺激を与える。不安定な地面は、踏み込む足を何度も邪魔してきた。ウサギの体ながら、疲労感が拭えない。ステータスが高いものの、体の痛みなどは感じてしまうようだ。
アリスとイリアも同じように疲労感が漂っているが、しっかりと食らいつく。流石は騎士団幹部と魔王従者だ。
十数分、森を駆け抜け、頂上で佇むマーカスの背中を捉えた。
「よし、いいだろう」
僕たちは驚愕した。
五十歳を超えているであろう見た目のマーカスだけ、全く息切れしていなかったのだ。
見渡しがいい丘の上、正面には石でできた小さな祠のようなものがある。
肺が若干苦しいと訴えているが、風が心地よかった。
マーカスは片膝を地面につけて立ち、祠に願いを捧げ始めた。僕たちも同じように手を合わせる。
「森の長老よ、お久しぶりです。あなたの力が必要です。力を貸してください」
マーカスが小さな声で唱えると、祠がパァッと光る。
まばゆい光はやがて変形し、真っ白に輝く鹿の姿へと変化した。
その生き物は、じっと佇み、脳内に直接言葉を送り込んできた――。
「心美しき魔王よ……。世界平和のため、この力を授けましょう」
神々しい鹿のような生き物は一直線に駆け寄り、まるで煙のように僕の体をすり抜けた。
ピコン――!
「マーカス、後は頼みましたよ……」
一言だけ残し、その生き物は細かい光りに変化して消え去った。
まるでイルミネーションのようで、とても綺麗だった。
「お任せください」
マーカスは祈りを捧げ終えた。
振り向き、僕にスキルを使うよう催促した。
ステータスウインドウにはスキル「人間化」が追加されている。
三人に見守られる中、僕は目を閉じ、スキルを唱えた。
「人間化――」
――その瞬間、先程の神々しい生き物と同じような光に包まれた。
光の中は温かく、すべてがまばゆく、キラキラして見えた。まだ明け方だというのに、空や木々が光り輝いていた。
僕の体はすぐに光から解放された。
下を向いたまま、ゆっくりと目を開ける。
地面が遠い。
僕の、両手が見える。
成功……したのだろうか。
「マコト〜!」
アリスの声がして、前を向いた瞬間――。
桜色の髪がふわりと頬を擦った。
くすぐったさを感じながらも、アリスの頭に腕を回す。
「あなた……! ついに人間になれたのね!」
どうやら成功したようだ。
マーカス、イリアも小さな拍手を送ってくれている。
アリスから一旦離れ、創生魔法で手鏡を作り上げた。
覗いてみると、そこには前世の僕……よりも、凛々しく端正な顔立ちをした僕がいた。
目にかかるくらいのグレーの髪、鼻筋が通り、整った顔立ち。目の色は、ウサギの頃と同じ薄いブルーだ。
よく考えてみれば、髪の色や瞳はウサギの頃の自分とリンクしているようだ。腕に付けていた金のバングルもそのままだった。
「成功したようだな」
マーカスが肩をぽんぽんと叩き、安堵の声を漏らした。
ピコン――!
「スキルを確認してみるといい」
マーカスに言われるがままに、ステータスウインドウを開いた。
「暗殺……者?」
「はっはっは、聞こえは悪いが、私のスキルだ。素早さの上限を大きく引き伸ばし、暗殺向けの武器を巧みに扱うことができる。あと、私のお下がりだが、この短剣を君に授けよう」
「ありがとうございます!」
シンプルながら、持ち手が黒く、ところどころ施されたシルバーの装飾が高級感を醸し出している。
スキルのおかげか、初めて持つ武器だが、自然と手に馴染んだ。
いや、久しぶりの人間の手だからこそ、しっかりと握れている感覚になれたのだろうか。
「さて、では君たち。本格的な修行に入ろうか――」
マーカスの不敵な笑みに、僕たちは苦笑いで応じた。
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