第十三章
街を出て、小さな森へと差し掛かる瞬間。
突然背後から斬りかかってきた男性は、自分の名を名乗った――。
「私はマーカス・ロヴェーン。魔王の君を探していたよ。それにしても、随分とちっぽけな姿に生まれ変わったものだね?」
「あの、僕、マコトと言います。どうしてこんな野ウサギの僕が、魔王だとわかったんですか……?」
マーカスはワイシャツを着こなし、腕まくりをしている。袖から見える傷だらけの腕は筋肉でごつごつとしている。
若干長めに生えた白い顎ひげを触りながら、目を細める。
「そんなに魔力を放出しっぱなしで、私じゃなくても分かる人はいると思うがね。ここじゃ目立つ、私の家まで移動しよう。そこでゆっくりと話を聞こうじゃないか」
想像していたよりも気さくな人で、たじたじな僕たちは顔を見合わせる。
「レオ――」
キングウルフの影、レオを呼び出した。タイガーエンペラーといい勝負をしていたキングウルフ。今では足としてばかり使ってしまって、不服ではないだろうか。
レオはふるふると尻尾をふり、「伏せ」をした。
口を開けて、ハァハァと息を荒立てる。
「主! 乗ってくだされ!」
どうやら……不服ではなさそうだ。
レオの背中。
マーカスに疑問を投げかけようとした瞬間、背後に座る彼が先に口を開いた。
「先に、君の目的を聞いておこうじゃないか」
後ろに声が届くよう、大きめの声で伝える。
「僕の肩書きは一応、魔王だけれど、ここにいるアリスと決めたんだ。王様と和平条約を結んで、平和な世の中にしたい」
「そうかそうか……それはよかった」
後ろからマーカスの声が、若干かすれていた。
「先代の希望は託されたようだな……。しかし、気になっていることがあるのだが。どうして従者とともに行動している? スキルは受け継いでいないのか? 私が先代魔王に聞いた話では、従者はすべてのスキルを魔王に捧げ、泡のように消えゆくというが……」
マーカスの問いに、イリアが悲しげに答える。
「どうやら、私の力不足のようです。本来であれば、マーカス様がおっしゃる通り、私はスキルを捧げて消える予定でした。しかし、十分にスキルを持たずに誕生してしまったマコト様と私では、イレギュラーが起きているようです。今世では、マコト様のほかに、もう一人魔王が生まれているようですし……」
「なんだと!? もう一人の魔王だと……!? 詳しく聞こうではないか」
その後、持っている情報を共有したところで、レオの快速によりあっという間に南の町セッテホルムに到着した。
僕たちは町の外れにある「レオンファーム」というアーチ看板をくぐり、農場を歩く。三メートルほどのコーヒーの木の間を抜け、マーカスの家に到着した。
「お邪魔しま〜す」
六帖ほどの広さのリビング、隣の部屋にはキッチンが併設されている。全体的に明るい木材が使用されていて、落ち着きがある。清潔感のある部屋には心地よい日差しが入り、コーヒーの匂いが鼻腔を満たす。コーヒーが好きな僕にとっては、なんと素晴らしい住居だろうか。
「適当にかけて、待っててくれ」
マーカスは僕たちをソファに案内し、コーヒーを淹れてくれた。
アリスはミルクと砂糖を多めに入れ、カフェオレを作っている。イリアは何も入れず、そのまま飲み始めた。
僕もコーヒーを飲みたかったが、目の前には皿に入ったミルクが置かれていた。
美味しいコーヒー、ミルクを飲んだ僕たちのホッとした顔を、温かい目で見守ったマーカスは、神妙な面持ちで話し始めた。
「道中聞いた、もう一人の魔王だが、あまり時間はないようだな。接触してきている上に、タイガーエンペラーの件の元凶は間違いなく魔王ニルソンだろう。話から察するに、もう一人の魔王とやらは、本能に従い、破壊と殺戮を繰り返すだろう」
ズズッとブラックコーヒーを飲み、続けた。
「先代魔王、レオンとは戦友でな。先代魔王は次に生まれてくる魔王が、我々人間と穏やかに暮らすことを願っていた。そう、マコトのようにな。ただ、魔王として生まれた者は、破壊衝動が本能に刻まれているようだ」
アリスはマーカスの目を見つめ、疑問を投げかける。
「英雄と呼ばれたあなたなら、今後どうしますか? 魔王ニルソンがいる以上、和平条約を結んでも争いは続いてしまう……。かといって、私たちが束になったところで、本来の強さを持った魔王ニルソンには、とても……」
マーカスは椅子から立ち上がり、腰に差している短剣を引き抜いた。短剣をじっと見つめたあと、僕の目の前にストンと突き刺した。
「マコト、君には私の元で修行を積んでもらう――」
「修行、ですか……?」
「正直、魔王ニルソンが素直に和平条約を結ぶことは、あり得ないだろう。そうなれば、少なからず戦いが起こる。私が持てる技術を、君たちに授けよう。しかし、従者のように簡単には授けられん」
マーカスは渋い顔でニヤリと笑い、不気味な表情で続ける。
「死ぬことになるかもしれないから、今のうちにガールフレンドと最後の言葉を交わしておくといい」
とっさに、アリスと顔を見合わせた。ガールフレンドの意味をあとから思い出し、気恥ずかしくなり目線を反らした。
「おっと、お嬢ちゃんたちも、そのままという訳にはいかない。私の方で特別コーチを手配しておくから、覚悟しておくように」
アリスとイリアも修行をするようだ。
「マコト、早速だが……。君には人間になってもらう――」
僕たちは目を丸くして、ポカンと口を開けた。
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