第十一章
僕はタイガーエンペラーのもとを離れ、国境の街リングホルムに一瞬で移動した。
「よかった、ちゃんと使えた」
以前、ウサギの親子の父親、スヴェンさんから授かったスキル「テレポーテーション」が、無事発動してくれた。
スキルの効果はおおかた予想通りで、知っている場所をイメージしながら使えば、瞬間的に移動できるようだ。便利なことこの上ない。
それから僕は街にある建築関連の施設に向かい、カタログ本を読み漁った。二軒目にこっそり入って、戸棚の本を読もうとしたが、見つかってしまった。
「何だこのウサギめ! いっちょ前に本を読みやがって――!」
という声が聞こえたが、スキル「呪術」をちょっとだけ悪用して、見つかった瞬間の記憶だけ消させてもらった。
テレポーテーション――。
「マコトおかえり~!」
「ただいま、お待たせ」
アリスが笑顔で出迎えてくれた。そういえば、彼女はいつからこんなに曇り一つない、満開の笑顔を見せてくれるようになったのだろう。
(まぁ、アリスは動物好きで、僕がウサギだからか)
「タイガーエンペラーも、待たせて悪かったな。早速だけど、どの辺がいい?」
僕の声に反応した大きな獣は、尻尾をぶんぶんと左右に振り、目を輝かせた。
「そうだなぁ! 我はどこでもよいが、強いて言うのであれば……この辺だな!」
「よし、分かった! 早速やるぞ! みんな、ちょっと離れててね」
右手を前に出し、スキル「創生魔法」発動。
目を閉じて、頭の中でイメージする。
一度目の人生を終えた。因縁の、あの動物園を――。
ところどころ地面をならし、あえて森を残しつつ整地をする。広々とした空間を確保したあと、宿舎を作り上げ、中には日向ぼっこができるスペースや水飲み場も用意する。
タイガーエンペラーの見た目は、巨大なホワイトタイガーのようなもの。トラがどんな遊具を好むかわからないが、丈夫なキャットタワーのようなものを創造する。
目を開けると、脳裏でイメージしていた通りの広場と宿舎が完成していた――。
「ふぅ……こんなもんかな」
背後からどよめきが聞こえる。
建物の外観をイメージすることはできても、素材や内部の構造などは流石にわからなかった。欠陥品を作り上げても仕方ない。僕はそのために、一度街に戻って建築物のカタログを読み漁っていたのだ。
もちろん、細部に至って完全に再現できるとは思えなかったため、壁などは簡単な構造にさせてもらった。そして、かなりの強度をイメージして創造した。
「小さき者、いや、偉大なる者よ! この立派な住居を、本当に我の住処にしてもよいのか!?」
タイガーエンペラーはウサギの僕の前で伏せをして、上目遣いで聞いてくる。額を撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑った。
「あぁ、だからもう悪さはやめてくれ。誰かが悲しむのは、もうたくさんだ。僕はね、誰も傷つかない優しい世界にしたいんだ」
にこにこと頷くタイガーエンペラーを見て、僕も微笑み返す。
途端にふらつき、そのままタイガーエンペラーの大きな顔に倒れ込んだ。
「マコト様!」
イリアの声がする。
伝わるかはわからないが、僕はメッセージを込めて尻尾をふるふると動かしておいた。
無事だよ、と――。
大きく、ふかふかしたベッドで目が覚めた。落ち着いた空間の部屋に連れてこられていたようだ。
隣の部屋からは女性たちの談笑する声が聞こえてくる。アリスとイリア、あともう一人はカタリナだろうか。
と、いうことは……。僕が寝ていたのはカタリナのベッドだったのか。
前世では女子との絡みさえあまりなかった僕は、妙に恥ずかしくなってくる。
さっきまでは感じなかった女性の甘い香りが鼻をかすめる。こんな経験はなかなかない。もう少し寝ておいた方が得だろうか。
結局、うしろめたい気持ちとともに、もう一度目を瞑った。
「マコト? 起きてる? ……まだ、寝てるよね」
隣の部屋からアリスが来たようだ。返事をしようかとも思ったが、タイミングが分からなくなってしまった。アリスは丸くなった僕の体をふわりと持ち上げ、膝の上に乗せて話を続けた。
「私ね、あなたと出会えてよかったわ。森や私の家を破壊された時は、正直……腸が煮えくり返るほどの思いだったけれど、今はあなたのこと、大好きよ」
今まで出会った中でもトップレベルの美女に「好き」だなんて言われると、心がくすぐったくてフワフワする。
「あなたが言っていたように、私も……もう悲しむ人を、見たくないの……。もう一人の魔王が一筋縄ではいかないことはわかってるつもり。でも、どんな手を使っても、あなたと一緒に平和な国を作りたい。マコト……、私の勝手な我儘に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
僕の小さな額に、生ぬるい水滴がぽたりと落ちた。
「……一緒に平和な国にしよう」
寝ているフリをしていたことも忘れ、自分の口が勝手に動いていた。アリスは案の定の反応だった。
「え、え……!? あなた、起きてたの……!?」
みるみるうちに頬を赤らめていくアリスを見て「好き」と言われたことを思い出した。僕まで恥ずかしくなってきて、起きていたのは途中からだということにしておいた。
アリスはほっとしたような表情を見せ、みんなの元へと僕を運んだ。
移動中、僕の鼓動も鳴り止まず、それがバレてしまわないか不安に駆られていた――。
談笑を続けていたイリアとカタリナも話を止め、僕たちを迎えた。
僕をちょこんとテーブルの上に乗せ、これまでのことを話してくれた。
タイガーエンペラーのため、少しでも良いものを作ろうと頑張りすぎた結果、どうやら僕は魔力を消費しすぎて倒れてしまったようだ。魔力の大量消費は命の危険にもつながると、イリアからはこっぴどく怒られてしまった。
透明感の具現化とも言えるカタリナが、僕のことをじっと見つめる。
「色々と、聞かせてもらいました。マコトさん、ありがとうございました。私からできるお礼をと、色々と考えてみたのですが……あなたに、二刀流を授けますね。とても珍しいスキルなので、お役に立てるかもしれません」
静かで、丁寧な口調で告げたカタリナは、僕の頭をそっと優しく撫でた。
ピコン――!
ステータスウインドウを表示すると、スキルの欄に「二刀流」と確かに書かれていた。
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