第九章
カタリナの家の中。
ふと、スキル「先見の明」が発動し、カタリナがアリスを襲う未来が見えてしまった。
カタリナが考えていることは分からないが、アリスに危険が迫っていることは間違いない――。
目を瞑って、どうしようか考えてみる。
喋るわけにもいかないし、カタリナはアリスの旧友だから手を出すわけにもいかない。
悩んだ結果、僕はアリスの足元から、いきなり外に飛び出してみることにした。
ドアは上手く開けられないが、幸い窓は開いていた。
「マコト!? え、どうしたの!?」
窓から飛び出して、アリスに姿を見せるようにして家から離れる。
路地を曲がったあたりで、待機した。
「どうしたのよ突然、何かあったの?」
「あったってもんじゃないさ。アリス、あのままだとカタリナに斬りつけられていたよ」
アリスはきょとんとしながら数秒固まり、徐々に笑い出した。
「そんなわけないじゃない。マコト、夢でも見てたんじゃない?」
「いや、もう一人の魔王から受け取ったスキル「先見の明」で見えたんだ。カタリナが両手に大太刀を持って、アリスに斬りかかる姿を――」
さっきまで笑っていたアリスの顔は、段々と青ざめていく。
「え……。私、カタリナが大太刀の二刀流使いだなんて一言も言ってないのに……」
アリスは怯えた声で続ける。
「そのスキル、本当なのね……」
「あぁ、そうなんだ。これから起きる何か嫌なことを、事前に見させられるようだ。嫌がらせにしては、魔王も趣味が悪いよね。王都前で兵士に囲まれる情景、それから君がイリアと斬り結ぶ様子も、少し前に知っていたんだ」
口元を抑えて今にも泣きそうなアリスは、信じられないとでも言いたげな顔をしている。なかなか現実を受け入れられない、それだけ仲が良かったのだろう。
「あら、こんなところで合流できるとは。お二人とも、どうなされたんですか?」
買い出しをしていたイリアが現れて、現状に困惑する。路地裏で僕がアリスを泣かせようとしているように見えたのだろう。
起きたことをざっくりとイリアに伝えた。ついでに、創成の回復魔法でカタリナを治したいということも話した。しかし、普段物静かなイリアが声を荒げて答える。
「マコト様! それは絶対に回復魔法を使ってはいけません!」
「イリアが大きな声を出すなんて珍しいね、どうしてだい?」
「私が推察するに、それは呪いの可能性が限りなく高いからです。南の森……通称「死の森」を住処とするタイガーエンペラーのものだとは思いますが、呪いというのは、下手に回復魔法を使えば、術者に跳ね返ることもあるのです……」
「そんな……。じゃぁ、どうすればカタリナを助けることができるの?」
僕と半泣きのアリスは、イリアの顔を覗きこむようにして見つめる。
「まず話しておかないといけないのですが……。アリス、あの呪いは術者が持っている負の心を増加させるもので、そもそもあなたへの負の気持ちがないと発動しません……」
「そんな……! カタリナとは小さい頃からずっと一緒に、騎士になるために頑張っていたのよ。負の心だなんて……」
イリアは目を瞑り、静かに続ける。
「タイガーエンペラーは基本的には温厚な性格と言われていますが、どうして人の子に呪いをかけたのか……。呪いを解くには、説得か、討伐するしかありません」
「アリス……突然どうしてしまったの? それに、そちらの女性の方は?」
後から追いかけてきたカタリナが突然言い放った。
僕たちの肩が、同時に高く上がった。
カタリナは苦しそうにしながら、ケホッケホッと何度か咳をする。そんなカタリナを抱き寄せるようにして、アリスは「大丈夫だからね」とだけ伝えた。
僕たちはカタリナを家まで送り届けて、すぐさま死の森へと向かった。
街を出て、ひんやりとしたレオの背中、アリスに詳しい話を聞いた。
「どうしてアリスに負の心だなんてものを持っているんだろう?」
「ごめんなさい、私にも分からないわ。私たちは二人とも騎士の家系で、小さい頃から父親に剣術を習っていたの。その厳しさから、時々二人で愚痴を言い合ったり、ふざけ合ったりしたわ……。あの子、元々物静かな子だけれど、私には本心を打ち明けてくれてたと思っていたの……」
事情を聞いていたレオが、走りながら会話に入ってくる。
「これは、あやつに聞いてみるのが手っ取り早いな」
「レオはタイガーエンペラーのことを知ってるの?」
疑問に思った僕はレオに問いかける。
「あやつとは大昔にちょいとやり合っておる。やつは厄介なことに呪術を扱う。我とは対照的で、気が長いはずだが……何かあったに違いない」
レオの速さで、あっという間に森に到着した。
魔力がじわじわ吸われるのが厄介だけれど。
今回は隠れる必要もなく、レオに乗ったままタイガーエンペラーのもとを目指した。広大な森から探さねばいけないかと思っていたが、レオ曰く、匂いで分かるそうだ。
「気を付けろ、やつが近いぞ……! 呪術をかけられないよう、集中しろ!」
僕たちはコクリと頷いて、ゆっくりと進む。
霧が立ち込め、前が見えなくなってきた。
レオに乗っているが、果たして本人も前が見えているだろうか。
「レオ……大丈夫? 前は見えてる?」
少し待ってみるが、応答がない。タイガーエンペラーを探すことに集中しているのだろうか。
気を引き締めて、背中に座り直した。
ふと、背後から金属が擦れる音が微かに聞こえた。
振り返ると、アリスが刀を振り被っていた――。
「アリス! やめろ!」
レオの背中から飛び降りて、アリスに再び叫ぶ。
「しっかりしろ! 君は今、操られているだけだ!」
アリスもレオの背中から飛び降り、そのまま刀を振り下ろす。
僕はそれを避けながら、何度もアリスの名前を呼ぶが、応答がない。
聞こえているはずなのに。
アリスは剣道の構えのように刀を持ち直す。
刀身を正面から三時の方向に傾け、横払いの構えに入る。
僕のパラメーターを持ってしても、避け切れる自信がない程、隙が無い。
アリスの初動の音を聞き取るため、目を閉じて耳を澄ませる。
その瞬間、先見の明が発動した。
ウサギである僕の小さな体。
その顔と胴体の間に、刃が入っていく瞬間が脳裏に浮かんだ――。
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