ある春の昼下がりに2(過去)
あの日から、なかなか町には行けなかった。その理由は父が外出することが減ったことだ。気が付けば、私を悩ませるお茶会の日になっていた。
「お嬢様?今日はお茶会ですよ!起きてください!」
リリーが私を起こしに来る。いつもは、リリーより早く起きるのだが、今日だけは、起きる気力がなかった。
___こんな憂鬱な日は久しぶりだ。
リリーは突然くすくすと笑っていた。
「なによ」
「だって、お嬢様って最初は、苦手なこともないような完璧な人だと思っていました。でも、そんなことは、ないんだなぁと思って」
「私だって、苦手なこといっぱいあるわよ」
「お嬢様は、ルナ先輩が言っていたまんまの人だったってことですよ。上から目線でごめんなさい」
「上から目線っていう自覚はあるのね。でも、ありがとう。用意するわ」
そのあと、しょうがなく起き上がり目まぐるしい準備を終え、庭園に向かった。
まだ、誰も来てはいなかった。
「お嬢様、奥様達は少し準備が長引き遅れているようです」
リリーが耳元でささやくと私は頷いた。
暇だからと、庭園をキョロキョロと見まわした。いつものように整えられている。いつもならこの光景に何にも思わなかっただろう。けれど、この前見た光景が世界の秘密のようで私は、あの風景をまた見てみたいそう強く願っていた。
「お姉様、初めまして。ルークといいます」
その目の前にいたのは可愛らしい男の子だ。
「初めまして。私はエラと申します。失礼ながら、何歳になられたのですか?」
「5歳です」
年の割には落ち着いている。あの女性から生まれたなんて考えられない。
「エラ様ご無沙汰しております」
そう声をかけたのは、ルナだった。
「ええ、久しぶりね。ルナ。元気だったかしら?」
「ええとても」
この人数だけで、お茶会を始めて終われればいいのがそんなこともできまい。
「あら、ごきげんよう、愛しのルーク」
「お母様、お父様。ごきげんよう」
エラがあいさつをする前にルークが挨拶をすかさずした。
「ああ、ルークごきげんよう」
父は穏やかな声で答えた。5年以上その声は聞いたことがない。けれど、これでよかった。
さすがに、異母弟だとしてもきつく当たられるのは私だけでいい。
「お前は、挨拶もできないのか?」
私に向き直ると、父はいつもの調子だった。すぐさまドレスの裾をつかみお辞儀する。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。お父様、お義母様。ごきげんよう」
そのあとは、いつもの通り、私はただ味のしない紅茶をすするだけだった。クッキーなどに手を出したいが、いちゃもんをつけられても困る。それに、紅茶だけすすっていれば何事もなく終われると思い。そのままじっとしていた。ただ外から幸せな家族を眺める従者だ。昔は、私もあんな風に話していたんだろう。それは遠い昔だが。なにもされない無関心が一番私にとってうれしく思うのは何でだろうか。
「お姉様は何が好きなのですか?」
「え、ええと、花が好きですわ」
いきなり振られた質問に戸惑いを隠せなかったが、何の曇りもない目で見てくれるのはこの中ではルークただ一人だろう。そう考えていると、頭の中にはもう一人の顔も浮かび始めた。だが、考える間も無く、また、質問される。
「どんなお花が好きなんですか?」
「ええと、マーガレットという花が好きですわ」
「知っています!この前見ました!この庭園で!」
「そうなんですね。ルーク様は、活発でいらっしゃいますね」
私は、そう答えるしかなかった。きらきらとした眼差しは、私にとってはまぶしくてさらに居心地を悪くさせた。
「今日は、少し体調がすぐれないため自室に戻りたいと思います」
机の横に立って頭を下げた。どうも、仲のいい家族を見せられると、うらやましいとは思わないが、自分が一人だと突きつけられてつらかった。
「あら?ルークがせっかく主催してくれたのにあなたはそんな恩知らずなのかしら?」
レクシーはエラにくぎを刺してきたが、それよりもこの場所を抜け出したくて、深々と頭を下げると振り返らずに自室に戻った。
***
「お嬢様、体調が悪いとおっしゃっていましたが、大丈夫ですか?」
リリーは、私の顔色を窺っていた。
「いいえ、仮病をしてしまったわ」
私は少し肩をすくめるとベッドに横たわった。
壁には、ドライフラワーにしたシロツメクサの冠が飾られている。それをじっと眺めるとなんだか落ち着く気がした。それと同時に、冠をかぶせられた時の事を思い出しては顔から火が出そうになった。