ある春の昼下がりに(過去)
「お前、なにあほな顔してるんだ。口半開きだぞ」
気が付くとまたこの酒屋に来てしまう。
(病気だろうか?)
ここで、外の話を聞くのは、リリーに聞いている時よりも10倍も情報量が多くて楽しいからかもしれない。
「ごめんなさいね。私は、もともとこんな顔なんです」
目の前には、珍しいご飯が並んでいる。どこから手を付けようか迷って真ん中から手を付けることにした。
今日は、少しのお金でこの間の情報量ということでおごっているのだが、おごるならせっかくだから食べようと思い自分の分も頼んだのだ。
「それで、今日は金回りがいいな」
「うるさいわね。今日は、この間の情報提供の代金です」
「それで、おごりか?俺、別に一介のメイドにおごられるような甲斐性なしではないけど」
「だまって、食べてるじゃない?」
目の前には、きれいにお皿から食べ物がなくなっていた。
「まぁ、どうしてもっていうから。今日は、何の情報が欲しい?」
私は口ごもった。これ以上聞いて引き返すことができなくなったら……。所詮は、自分の命欲しさになってしまう。
「いや、今日は、大丈夫」
「何か主にでも言われたか?」
いいや。と、首を横に振る。気になることは多いが、私にできることは限りなく少ない。それに証拠を入手すること以上に困難なことはないだろう。
「お前、今日ちょっと時間はあるか?」
予想だにしない質問にためらったが、好奇心には勝てなかった。
「少しなら。けれど、3時ぐらいには帰らなくてはならないから」
「許容はしてくれるんだな、お前の主は」
そうね。と、頷くとエラは、多くは語らなかった。
食べ終わった後、彼の後を追った。エイリーに連れてこられたのは、町のはずれの草原だった。そこにはシロツメクサが一面に咲いていた。
「どうしてこの場所に?」
「いや、女の子はこういう場所に連れてきたら喜ぶって言われて」
(エイリーは誰かに騙されている)
こういう場所に連れてくるのは恋人だろうに。私は、今の姿は一介のメイドだが、本当は、このセシール領のお嬢様だ。
(でも、こうやって話をして楽しい人と一緒にいるのは楽しいだろうに……。)
エラは、そう考えてはっとして首を横に身震いのように振った。そしてくっすくすと笑い始めた。
「さっきから、何も言わずにくすくす笑いやがって」
「なによ。うれしいけど、こんなところに連れてくるなんて……恋人みたいだなって。それに私16よ。結婚適齢期の女の子連れて何がしたいのかしら?」
意地悪に問いかけたが、エイリーは赤い顔をして黙り込んだ。少し意地悪が過ぎたかもしれない。
「もういいわ。ちょっと言ってみただけよ。あまりに面白かったものだから」
「お前な」
「ごめんなさい。でもうれしいわ。こんなところあったなんて……」
エラは深呼吸をした。花の蜜の甘いにおいが、エラの胸をいっぱいに満たした。ここの花は庭園にはない花だ。一面の白い花畑は目を一杯満たしている。
「お前は、こういうところ来たことないのか?」
「あるわけないじゃない……」
いつも、外に出ることは許されない。庭園を歩いていても整備されたものばかりでつまらなくなっていた。それに、あの庭園を歩けば、誰に会うかなんてわからない。いつも気を張って、花なんて眺める余裕なんてこれっぽっちもなかった。
「おまえ、どうした?」
へ?っと、かしげると目からは涙があふれ出てくる。それは、止めどなく。こんな風に、ただただきれいだと思って花を見ているなんていつぶりだろうか……。
「俺、なにかしたか?」
私の隣であたふたするエイリーは見ものだった。ものすごく戸惑っている。やっとの思いで、エイリーは、ハンカチを差し出した。私はそれを受け取ると、鼻水をかんでしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、いい。落ち着いたのなら……」
そっぽを向いて答える彼は何となく安心する。こんな腫れた顔を見られたら乙女心としては傷つく。それも考えて彼なりの配慮なのだろう。
「これ、洗って返すわ」
「いや、いいよ」
「それって私が鼻をかんだから?」
ムスッとしながら言うと彼はケラケラ笑った。
「お前、本当に面白いな」
「ありがとうございます。誉め言葉として受け取っておきます」
エラはそういうと座って花をより近くで観察した。
「お前、花、摘まなくていいのか」
私は首を横に振った。咲いている花を採取するのは好きではない。ここで咲いているから美しいのだ。
上から、頭に何かかぶせられた。
「何これ?」
「知らないのか?シロツメクサで作った冠」
存在は知っているが、作ってもらったことは一度もなかった。本当に、はた目から見たら恋人同士だと思われても仕方ないだろう。
「ありがとう……」
耳の先があったかくなるのがエラでも分かった。なぜか、ドキドキする。うれしいと感じた。即座に立つとよろけてしまった。そこを支えたのはエイリーだった。エイリーからは、安心するにおいがする。花の匂いとは別に。そんなこと思っては心の中で頭を振った。
「連れてきてくれて、ありがとう。もう、行かなきゃ。あまり遅いと怒られてしまうから……」
「ああ、そうか。おい、待って」
「何?」
「また会ってくれるか?」
「……それはこっちのセリフよ。また、ハンカチ返さないといけないから」
いじわるっ子の様に笑って私は、その場を後にした。本当は、理由もなく会いたいと言いたかったのに、その言葉を口にしてしまったら今の関係が壊れる気がして何も言えなかった。
___あまり走ってないのに心臓の音がうるさく聞こえた。