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ある春の日2(過去)

「エラ様。お帰りお待ちいたしておりました」

裏口まで、たどり着くと待っていたのはルナだ。だがルナは少し分が悪そうな顔をしている。


「どうかした、ルナ?」


様子をうかがっているとルナの後ろから父が顔を出した。


「おまえ。なんという格好をしているんだ。もしや、町に出ていたわけじゃなかろうな?」

その言葉に、私は背筋を凍らせた。


言い訳をしてもいいが、ばれていた場合は、問答無用で謹慎か、それよりも重い罰が与えられてしまう。


「おまえ、口がきけないのか?」

私の頬を平手で殴った。顔には赤い跡がついている。



「いえ……。申し訳ございません。今しがたガーデニングをやっておりまして」

少し言い訳にしては、ずさんだが、動きやすい格好には変わりがないし、遠くまで出かけたことにはならないはずだ。


「そうか。ならいいが。私の質問に早く答えんか。今度、外に出る様な格好でいたらどうなるかわかっているだろうな?ただじゃ済まさんからな。早く、お前は、こいつの服をどうにかしてこい」

そう言い放つと父はまた邸宅に戻っていく。


 その後姿を見ながら、ルナはお辞儀をして、かしこまりました。と、見えなくなるまで頭を下げ続けた。



「お嬢様。大丈夫ですか?」


見えなくなるとすぐさまエラの頬の傷を見てさわり状態を確認した。



「どう……なっているの?」

やっとの思いで声が出せた。まだ頬はひりひりと痛む。



「申し訳ございません。今日は、旦那様はお帰りにならない予定だったのですが、つい先ほどいきなり帰ってこられ、エラ様に新しい奥様を紹介するというのです」


緊張が解けたようで、ルナの目には涙がたまっていた。今すぐにでもこぼれそうだったがそれをルナは耐えながらこちらを見ていた。



「それで、カモフラージュのために裏口で待っていたの?どうするのよ。私が遅かったら……」


エラは少しでもそう考えるとぞっとして鳥肌が立った。何をやらかすかわからない。母が亡くなった今、私には、後ろ盾何てないのだから。



「お嬢様。時間がありません。早くお仕度しましょう」



深く考える間もなくルナに促されるまま、私たちは急いで自室に戻った。そこで用意されていたドレスに着替え、化粧をして応接室に行った。まだ、頬の赤みは残っていたがルナのメイク術によってチークを塗ったような形にはなった。



***

「遅れて申し訳ございません」

エラはドレスの裾をつまみ深々とお辞儀した。



「お前。遅かったな。あれだけ、早く来いといったのに。まあいい。座りなさい」

返事をすると、父の隣には、新しい母親がいた。


 どんな人だろうと顔色をうかがうが、つかみどころがない。そして、にじみ出る美貌だ。顔も一つ一つが美しい。エラの実母とはタイプが違った。エラの実母が可愛らしいというタイプなら、目の前にいる人は、可愛らしいではなく美人というタイプだった。



「こちらがこれからお前の母になる、レクシーだ」

父は、先ほどまでとは考えられないような機嫌の良さだった。



「ごきげんよう。お父様からお話は存じております。私は、エラと申します」

エラは、即座に座りながらお辞儀をした。


「あら、存じてらしたのね。あなた、もうここは居心地が悪いわ。あの、貧乏くささが移ってしまうわ」


エラは、レクシーからのいきなりの言葉に茫然とした。ここまで、罵られるとは思わなかった。気の狂った人が連れてくる人に期待を抱いていたわけでは決してないが、ここまでひどいとも思わなかった。

ここまで嫌われているとは逆に清々しい。



「申し訳ございません。今日は、自室にいますので何かございましたらお呼び頂けると幸いです」

エラは、社交辞令を言ってその場を後にしようと立った時だった。


「まだ、私はお前に用がある。レクシー、君は用意した部屋に行くといい。そこにいるお前が案内しろ」


ルナは、言われたとおりにお辞儀するとレクシーとともに部屋を後にしていった。

 この部屋の中には使用人は数人いるが父のお抱え使用人ばかりでどうすることもできない。たった一人で敵陣に乗り込んだみたいだ。



「お前。さっき言ったことを忘れてはいないだろうな?これからお前の異母弟もできる。自覚を持て。それから、冬の終わりには結婚をしてもらうからな。わかったなら自室に戻りなさい。以上だ」


自室の帰り道。一人が一番心細い。いつもはルナがちゃんと怒ってくれるから私は、立ち直れるのだが、そんなルナも今はいない。結婚。異母弟。こんな重大なことを言い放たれて、こんな不幸な日はない。自室に戻っても誰かいるわけではない。エラはそのままの服で、ベッドに横たわった。思い返してみると今日は外に出ておいしいご飯も目の前まで来て食べることは叶わなかった。



一人で考えているとため息ばかりが増えていく。結婚もどうせ二回りも上のような人格破綻者とさせられるのは目に見えている。


***

「お嬢様。ルナです。失礼いたします」

ルナは少しよそよそしく入ってきた。


「どうかしたの?」

エラはゆっくり体を起こすとベッドに座った。


「申し訳ございません」

ルナはただ謝るばかりだ。そしてエラの部屋にはいつものように入ってこない。どうも、様子が変だ。



「あの……。私、その、お嬢様のお付きメイドを離されてしまいました」

その言葉に私は絶句した。それは、いつも一緒だと思っていたからだ。日常はいつも音もなく壊される。



「何かの間違いでしょ?ね?ルナ?これからルナはどうするの?」

私は、困った顔をしながら部屋の入口に立っているルナに抱きしめた。ルナからほのかに花の香がした。


「私は、これから奥様のお子様。エラ様の異母弟のお付きメイドになれと、言われました」

エラにとって、これからできるわけではなくて、もう後継ぎとしていたんだ。盲点だった。


「お嬢様。申し訳ありません。本当に……」

エラは、頭の整理はついていなかったが、何か言わないと、そう思い必死だった。



「いいの。私こそ今までお付きのメイドとしてありがとう。お屋敷が違うわけじゃないんだから……また、ホットミルクでも入れて頂戴」



「かしこまりました」

ルナはか細い声で言った。


一生の別れではない。けれど、いつもあるものがそこに次の日もあるかと言われたら多分ないのだろう。



次の日から、ルナはこの自室に来ることはなくなった。きっと、忙しく屋敷を走り回って仕事をしていると思って、深くは考えないようにした。


 ルナと入れ替わるように配属されたのはリリーだった。リリーはまだ、この屋敷に入ったのはつい先月だ。そして、ルナのように読み書きが完璧にできるわけではないと言っていた。今は、ルナに空いている時間で教えてはもらっているらしい。


 リリーは孤児院から来たメイドで、この家で働くことが一番安泰な仕事だと語っていた。



「あの、エラ様?この荷物どこに置けば」

まだ慣れていないのかリリーは四六時中質問攻めだ。しょうがないことだとわかっているがいまだに違和感は慣れなかった。



「少しお茶にしない?私の部屋の掃除は少しさぼっても大丈夫そうだし」


「あ、はい!お嬢様がそうおっしゃるのであれば……。いま、お茶の道具ご用意いたします」


「ゆっくりでいいのよ」


「はい!」

リリーは元気がよく裏表がない性格だ。

いい意味ではそうだが、


(裏表のない性格が、仇にならなければいいけど……)


そう考えながら、バルコニーへ続くドアを開けた。春風が蜜の甘いにおいを誘う。


「お嬢様準備ができました」


「ありがとう。いただくわ」

エラは、ソファーに座って目の前に用意されたティーカップに口を付けた。


紅茶からはとても苦い味がする。一か月でルナのような味を出せるなんてそんな逸材多分いないだろう。まだ来て間もないのはしょうがないことだ。


「リリー。ありがとう」


「お嬢様。おいしいですか?」


「少し苦いかな?」


「あ……ごめんなさい」


「いいえ、いいの。ゆっくり覚えていけばいいのだから。ねぇ、リリーもそこに座って外の世界の話をしてくれない?」



 使用人から聞く世界はとても輝く世界のように感じる。けれど、その世界にはいつも忖度がある。しかし、リリーから聞く話には信ぴょう性があって、世界はこの庭の先につながっているんだと感じられた。


それと同時に、庶民の世界は、私が思っている以上に深刻さが進行していた。修道院もお金がなく孤児が安らぐところでもなくなったという。また、人身売買や奴隷商があるとも言っていた。そのことが本当なら、この領地は、壊れかけている。


その日の夜、エラは眠れなかった。


(なんとしても確かめなくては)


と思う正義感ごっこのようなものに取りつかれていた。


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