プロローグ
エラは、自分を照らす太陽を見上げる。確かにそこには太陽があって、こんな日には、町中をスキップして、踊りだしたい気分になるだろう。けれど、今のエラにはそんなことをすることも、気力すらない。
目の前には血塗られた処刑台がそびえたっていて、刃物だけは手入れされ、太陽を反射させていた。処刑台は、見ているだけで気分が悪い。そして、これからそれで殺されると思うともっと気分を悪くさせた。
エラの手首にも足首にも冷たい金属の鎖がつながれている。その鎖は歩くたびにエラの足首を刺激し激痛が走っていた。けれど、そんな中でも私は、嫌な令嬢を演じなければならない。
これは、最後に、想い人にできる唯一の罪滅ぼしなのだから。私が、こうやって“悪”というものになれば、民衆はそれを倒した革命軍のリーダー、これから領主になるエイリーを称賛するだろう。逆に私が、妙に良い令嬢であれば、そんなエイリーに民衆は疑問符をつけるかもしれない。
知らなかったでは、済まされる問題じゃない。この家に生まれたからには、同じ穴の狢なのだ。
「最後だ、エラ・セシール。助けを求めてもいいんだぞ」
エイリーの声は今まで聞いたことのないくらい低い。そして、どこまでも冷徹だった。あのころの聞いた穏やかな声はみじんも感じられなかった。
けれど、鎖につながれた今でも、私はこれっぽっちも彼が憎らしくなかった。ただただ、悲しい。その言葉だけだった。
夢を見ていた。いつかこのお城を飛び出して、エイリーと一緒になって楽しく暮らすという夢を。けれど、こんなことをいまさら語っていたら、この広場にいる民衆はみんな鼻で笑い始めるだろう。愚かな娘が愚かな夢を見ていると。
「聞いているのか?エラ・セシール」
エラは、手首の激痛に耐えながら、隣にいる兵士を殴ろうというそぶりをして見せた。そして、鎖で痛む肺に空気を入れると叫ぶように声を出した。
「うるさいわね。あなた。あなたの問いかけになんて答える筋合いなんてないの。だって私は、セシール家の男爵令嬢よ?あなたはただの革命軍とうたった、反乱軍のリーダーで、庶民じゃない。私があなたに問いかけるのが筋合いってもんじゃないの?」
精一杯の“悪”だ。言葉の棘は全部自分に刺さって、エラの心のあちこちから血が流れていた。
「君の言い分はよく分かった。最後の言葉でも言わせようと思ったが無駄なようだ。残念だ。早く、エラ・セシールを処刑しろ!」
その怒号に満ちた声はあたり一帯に響き渡った。
民衆たちはその言葉に盛り上がりを見せていた。
エイリーは遠くで私の処刑を眺めている。ちょうど処刑台の目線にある舞台で座って。首を差し出すとちょうど彼が見えた。
最後の最後まで私は、彼を一目見れてよかった。彼と目が合ってほしい。そんな異常な心で満ちていた。愚かなエラだ。今、そのエイリーに殺されるというのに。
刃は、振り落とされた。辺り一帯に血しぶきが飛び散っていく。その瞬間私は、彼の幸せを祈って、この世界を後にした。
『__どうか、彼が幸せになりますように』